御嶽はまたまた少し休んで
別の話題です。
今日は地蔵盆の日でした。
地蔵盆とは、旧暦の7月24日の
地蔵菩薩の縁日に行われる
地蔵菩薩のお祭りのことです。
ここでいう地蔵菩薩とは、
寺にまつられている地蔵ではなく、
道の辻々にいる辻地蔵の事です。
三途の川で小石を積み上げる
子供たちをそれをつぶそうとする
鬼から守るために、地蔵菩薩が守ったそうです。
なので今も地蔵盆は子供を守る行事
として広まったものです。
縁日ですからあの世とこの世が
近づく日です。
そこで、地蔵そのものをきれいに飾り、
新しいよだれかけを付けてお祈りし、
そこを訪れた子供たちに
お菓子をあげたりするのが、
地蔵盆の役割りなんです。
我が町の地蔵は、子供の時から
ずっと同じ場所におられます。
自分の子供の時の景色を思い出すときも、
記憶の片隅にその地蔵が
いたような気がします。
doironの母親が花を買ったり、
そこを掃除する役割をずっと持ってました。
体調悪くなってから、別の人が
受け継いでくれています。
そのうちに、doironが地蔵を大切にする
団体である地蔵講の代表になり、
今に至っているところです。
今もこの地蔵は、子供たちをこっそり
守ってくれています。
小学校の通学路に5体が建って
見守ってくれているのです。
でもこの地蔵講も後継ぎがおらず、
これからどうしよう
というような状態になっていました。
地蔵盆は村中の人が集まる
一大イベントでした。
それを取り仕切らねばならないのです。
それに地蔵講に入ると、
この地蔵盆の時だけでなく、
いろんな場面で負担があったから、
もう入会しないという人が
多くなってきたのです。
さてこういう状況をどうしようというときに、
あいつになんかええ加減でもいいから
講が維持できるようになんとか
やってもらおうと
白羽の矢が立ったのがdoironでした。
もうそういう状況はわかっていますので、
はてさてどうしようかと悩んでいるときに、
コロナ感染の問題が起こりました。
みんな集まってということもできない中、
悶々と地蔵の日々を過ごしていたのです。
その間は以前の役員とかと
個別に会談をしてきました。
こういう問題を可決するために
こう変えていきたいと話しても、
なかなか相手にしてもらいません。
総会ではかれば?
みたいに言われ続けました。
でも総会でいきなり図っても
これまで同様、制度を変えていくことには
多くの人が反対することは目に見えています。
じゃもうこうなったら、
個人的にも色々はなさいないと
仕方ないということで、
幸い同時に自治会長にもなったので、
接する機会もどんどん増えてゆきました。
そのようにして4年間。
いやこの問題が起こるであるうと、
予想されていた10年間の講の方針を
少しずつ変えてきました。
そんなまだるっこいことしか
でけへんのって若い者には言われましたが、
それしか方法が思いつきませんでした。
そして今年の地蔵盆が近づいてきた
今年の夏のある一日に、
総会を開き今年はこれでやりたいし
これがうまくいけば来年以降も
この方法で行いたいという意見を出して、
若干付属意見もありましたが、
おおむね了解されたのです。
うれしかったですね。
これで動いてゆけます。
これからの地蔵講を継続してゆくために、
こうなったんだよと示すのが次の地蔵盆。
すなわち昨日の地蔵祭りだったのです。
ではどんな祭りだったのか。
あしたに続きます。
続く
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