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第7話/せせらぎの宿 1
~失恋の心の傷に効く温泉?!~
<こんな寂しい夜だから>
Sentiment travel 気まぐれな秋風に 背中を押されるように
行き先も決めずに 片道切符を買って汽車に乗る
荷物といえば ふたりの五年の思い出を詰めるのには ちょっと小さすぎるけど
Happy travel 初めてふたりが旅行する時に買った
紺の揃いのスーツケースが一個だけ 淋しすぎよね
住み慣れた都会(まち)を汽車が離れ ひと駅ひと駅と通り過ぎて行く度に
愛を刻んだあなたとの またひとつ思い出が遠ざかっていく
「真実(ほんとう)の愛に 気づく時間(とき)もないまま・・・」
お互いに傷つけ合うほど ah別にたいしたケンカをしたわけでもないのに
別れ話が切り出されて ah心の鍵を掛けあった二人
Traveling alone I am very lonely
ああひとり旅は初めてじゃないのに 頬を涙が濡らすのはやっぱりあなたが隣にいないせいですかね?
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ありさと同席したのは、初老の年の割にはとても華やか格好をしている女性だったが、たまたま通路を挟んで隣の席に座っている若い二人連れの女性が面白い話をしていたので、その話を座席にもたれて眠った振りをして聞くことにした。
その話は、失恋した時の恋の傷に効くという、温泉宿が岐阜の白川郷にあるという話だった。
まあ、それは単なる噂話だろうとは思ったが、まだ別にどこへ行くかも決めていなかったので、「もしかしたら、何かいいことあるかな・・・」なんて興味もあったりもして、その温泉に行ってみることにした。
新幹線を名古屋で降りると、JR高山線の電車に乗り換えて飛騨高山まで行き、バスで白川郷に向かった。
しかし、白川郷に着き、新幹線の中で若い二人連れの女性が話していた、失恋した時の恋の傷に効くという温泉宿のことを駅員や町の人たち聞いても、近隣の「子宝の湯」のとして有名な平瀬温泉郷には、リウマチや皮膚病、糖尿病などに効くという様々な温泉宿やビジネスホテルはあるもの、誰ひとりとして白川郷自体にそんな温泉宿があることなど知らなかった。
ただ、彼女自身よくよく自分で考えてみると、もう二十七歳にもなる女がこんな幼稚で恥ずかしい話をしていることにかなりの抵抗を感じたが、もう今さら白川郷まで来た以上そう簡単に引き返す訳にはいかなかった。
仕方なく、これから先の行動に困ったありさは、とりあえず白川郷の荻町にある観光協会を訪ねて、その話について尋ねてみることにした。
白川郷の観光協会は、荻町の世界遺産にも指定されている合掌集落の手前にある合掌造り民家園の駐車場(せせらぎ公園駐車場)のすぐ傍にあった。
合掌集落内には、車の乗り入れが禁止されているために、いったん観光客はここでバスや車を降りて駐車場の代金を支払い、集落内までに四、五分ほどかけて歩いて行き、合掌集落内の建物や風景などを見学するシステムになっていた。(ちなみに、その後の合掌集落内においての入場料については、自分が立ち寄った家屋ごとに支払うことになっているという。)
だが、ありさの場合は合掌集落を見学することが本来の目的ではなかったために、民家園の駐車場でタクシーに待ってもらうと、すぐに観光協会がある建物に向かった。
観光協会の建物自体も、茅葺屋根に本を開いて立てたような三角形をした合掌づくりで、まるでその外観のすべてが童話の世界にでも出てくるような、ファンタスチックそのものだった。
年の頃は、五十歳前後ってとこだろうか?
かなり、自分の中でも子供じみた話しを聞くことへの照れ臭さはあったが、タクシーを待たせているぶんその料金のことを考えると、そんなことも言っておれずに観光協会の中に入ると、すぐに案内係の窓口に座っているその女性に、恋の傷に効く温泉宿のことについて尋ねてみた。
そのとたん、その女性は掛けていた眼鏡を何度となく上下にずらしながら、「この人は何を言っているんだろう?」というような、まるで呆気に取られたような顔つきをして、ありさに少し待ってくれるように伝えると、すぐに上司らしき人物の所へその話を確かめに行った。
その上司らしき人懐っこそうな中年の男性は、おそらく出された名刺に観光案内課の次長“大竹博”と書かれているだけあって、この白川郷の地域の事情については、かなり詳しい人物なのだろう。
すぐに、その窓口係りの担当をしている女性の話を聞いて、すぐにありさが尋ねていることに対してピン来たようだった。
「きっと、小春さんがやっている“せせらぎの宿の”ことだろう・・・」と言って、その宿がある場所を快く教えてくれた。
そして、ありさがお礼を言って帰ろうとすると、「小春さんの温泉宿は、お客さんにとって何が一番効くかというと、小春さんの笑顔と人柄かな・・・」と、ひと言にこやかな笑顔で付け加えて言った。
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その噂の温泉宿は、さっきまでありさが居た観光協会の建物と同じように、茅葺屋根に本を開いて立てたような三角形をした合掌づくりで作られており、その名の通りに小川に面して“水のせせらぎの音”が聞こえる場所にあった。
そして、確かに新幹線の中で若い二人連れの女性たちが話していたように、宿の玄関口の温泉の効能が書かれている楯看板には、普通の温泉宿が書いているようなリウマチ、運動器障害、虚弱児童、婦人病などの文字はまったくなく、一期一会、家族の温もり、心のやすらぎ、涙のかけ流し、失恋傷の心の治湯、などの文字が書かれている、かなり風変わりの温泉宿だった。
ただ逆に、ありさはその楯看板に書かれている効能の文字を見て、ますますこの温泉宿に心を引きかれ、一時も早くこの温泉宿の暖簾をくぐって、さっき白川郷観光協会の観光案内課の次長大竹博が話していた、この温泉宿の女将の小春さんという人に会ってみたかった。
きっと、そんな感情の高ぶりからだろう、タクシー料金のつり銭を貰うのを、うっかり忘すれてしまい、そのままタクシーを返してしまった。
せせらぎ宿の中に入ると、ありさの予想していたイメージ以上の、人のよさそうな初老の上品な着物姿の女性が、にこやかな笑顔を見せながら応対に出て来た。
おそらく、ありさはこの上品な着物姿とにこやかな笑顔を見て、この人が観光協会の大竹博が話していた、このせせらぎ宿の女将の小春さんっていう人だろうとピンと来た。
「当宿によくおいでくれましたね。どちらからいらっしゃっんたんですか?」
「東京です・・・」
ありさが、小春の問いかけにそう答えると、彼女は相変わらずのにこやかな笑顔で「長旅で疲れたでしょうね・・・」と言いながら、すぐに仲居さんを呼んで足を洗うための盥を用意させ、彼女の足を洗ってあげるように指示した。
ありさは、そのこれまでの旅では一度も体験したこともない、小春の細やかな気遣いに恐縮して、自分で足を洗うことを提言したが、彼女にこの宿の決まりだからと丁重な口調で説明されたために、この場はそのまま彼女の言葉に素直に従うことにした。
そしてその後、仲居さんがありさの足を洗うのが終わると、すぐに小春は今日ありさが宿泊する、一階の廊下の奥にある“蛍”と書かれた名札の部屋に案内した。
その部屋は、露天風呂までついている上に、小川に直接面していて水のせせらぎ
の音がよく聞こえる、とても心が休まる部屋だった。
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長年宿泊客を見て来ている感からだろうか?
すぐに、小春はありさがただの旅行目的の客ではないことが分かったらしく、部屋に着くなりお茶の用意をしながら、今回の旅行の目的について尋ねて来た。
「あなたがどんな理由があって、この宿のやって来たのかは分かりませんが、いつも私は今日一日が平凡に過ごせますようにと思って、暮らしているの・・・」
「私はそれが、一番人にとって必要な心がけだし、大切なことだと思いますからね・・・」
「ただ、逆に言うと平凡に生きることって、一番簡単なようで一番難しいことですけどね・・・」
ありさは、小春のちょっと話を聞いただけでも、すっかり彼女の人情の温かさを感じる人柄に触れ、 “この人なら本当のことを話してもいいかな・・・”とついつい思うようになった。
そして、これまでに自分の身の回りで起きたすべてのことについて打ち明けて、たとえそれが一期一会の旅行者との触れ合いとはいえ、これまで色んな客の人生模様を見て来て、ずっと普通の人よりは人生経験が豊富だと思われる、小春に自分の悩みの相談に乗ってもらう決意をした。
※本作品は、白川郷の合掌集落や観光協会をあらすじの舞台として取り上げて描いていますが、本作品中で描かれています人物名や宿名、その他のすべてのものがフィクションであり、いっさい白川郷の合掌集落や観光協会とは無関係であることをご了承ください。
OCNブログ「おとぎのお家」
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