昨日は一回目の発表ライブでした!!
いらしてくださったお客様、ありがとうございました。
ゲストのぶちさん、さいくん、ありがとうございました。
そして参加者のみなさん、おつかれさまでした。


「ヘン顔で!」の写真ですが、この写真を見る限り「私を超えた」人材は見当たりませんな。
おぬしら、まだまだじゃ!!
(写真は私のスマホの画質が悪く、KTMさんからいただいたやつです)
ーーーーーーーー
全体を通してリハーサルから本番まで通して非常に感じたことは、
足音がよくなったなあ
ということです。
足音が独りよがりの「ただガツガツ踏んでいるだけ」でなく、「何を言いたいのか」(たとえ失敗したとしても「何を言いたかったのか」)がすごく分かりました。音量も適切でした。
これは「人の音を聞けるようになったから」ということではないかと思います。
私はよく足音を会話に例えますが、「何のテーマで会話をしているのか」「相手が笑っているのか・怒っているのか」「相手の声の大きさはどうか」「周囲の雑音はどうか」ということで「自分の声の調子や音量」は決まって来ます。イッパヒトカラゲに「この音量」というわけではない。
「相手の音」「周囲の音」を聞いて、「自分の言いたいこと」があれば、「適切な音量」はおのずと導きだされる。
そういうことが、ずいぶん出来るようになってるなあと思い、とても感心しました。
コンパス感・リズム感というものも、かなりこの部分が関係するのではないかと思っています。
が、リズムについては「自分の中の絶対的リズム」というものも(たぶん)不可欠で、そのへんのトレーニングはどうしたらいいのかな?というのが昨日の打ち上げで出てきた「私の課題」です。パルマを打つ時とかね。ひょっとしたら「そういうことではない」かもしれないとかも思っているのでそのへんはゆっくり考えます。
ーーーーーーーー
個別には打ち上げで話してて
「努力した分の成果がちゃんと出た」
という結果のようだったのでよかったなあと思います。
「努力<成果」は「ラッキー」だけど、長期的に見るとあんまり良いことではありません。
「努力=成果」は当たり前のようですが、これもなかなかラッキーなことです。
「努力>成果」が普通かもしれません。
で、今回はみなさんどうだったでしょうか?
「努力」は人にどうこう言われるものではなく、自分だけが行い、自分だけが知っているものです。
ものすご〜〜〜く努力したのに成果が出なかった。「努力>成果」の不等号記号が大きすぎる!!、というときは、「努力の方向」とか「努力のやり方」または「何をもって努力とみなすか?」とかを見直す必要があります。
ただ、打ち上げでの話と、今回私が見ている範囲では、そういうことは無かったようでよかったです。
「小さい努力=小さい成果」というのも悪くないのです。
別にみんながみんな「大きな努力=大きな成果」を求める必要などありません(実はこれは最近気付いたことですけどね。人間年とってみるもんです。)。
ただ「見合った結果になったか」ということは考えたらいいですね。
ここをクールに見つめれると、次へつながるステップが見えるかもしれません。
一日たって考えも変わるかもしれないし、打ち上げでは言えなかったこともあるかもしれませんので、努力した!という人も、あんまりしなかった!という人も、ちょっと考えてみてください。
ということで、ぶちさんが言った名言をもって終わりにしましょう。
「不満は出発点」(ちょっと違うけど正確に覚えてない)。
ではちょいと休んで、新しいクラスにむけて動き出します。
あと2回の発表ライブ出演の方はこれから大詰めですね。打ち上げの出欠書いてない方は階段室の張り紙に書いて下さい!!
いらしてくださったお客様、ありがとうございました。
ゲストのぶちさん、さいくん、ありがとうございました。
そして参加者のみなさん、おつかれさまでした。


「ヘン顔で!」の写真ですが、この写真を見る限り「私を超えた」人材は見当たりませんな。
おぬしら、まだまだじゃ!!
(写真は私のスマホの画質が悪く、KTMさんからいただいたやつです)
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全体を通してリハーサルから本番まで通して非常に感じたことは、
足音がよくなったなあ
ということです。
足音が独りよがりの「ただガツガツ踏んでいるだけ」でなく、「何を言いたいのか」(たとえ失敗したとしても「何を言いたかったのか」)がすごく分かりました。音量も適切でした。
これは「人の音を聞けるようになったから」ということではないかと思います。
私はよく足音を会話に例えますが、「何のテーマで会話をしているのか」「相手が笑っているのか・怒っているのか」「相手の声の大きさはどうか」「周囲の雑音はどうか」ということで「自分の声の調子や音量」は決まって来ます。イッパヒトカラゲに「この音量」というわけではない。
「相手の音」「周囲の音」を聞いて、「自分の言いたいこと」があれば、「適切な音量」はおのずと導きだされる。
そういうことが、ずいぶん出来るようになってるなあと思い、とても感心しました。
コンパス感・リズム感というものも、かなりこの部分が関係するのではないかと思っています。
が、リズムについては「自分の中の絶対的リズム」というものも(たぶん)不可欠で、そのへんのトレーニングはどうしたらいいのかな?というのが昨日の打ち上げで出てきた「私の課題」です。パルマを打つ時とかね。ひょっとしたら「そういうことではない」かもしれないとかも思っているのでそのへんはゆっくり考えます。
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個別には打ち上げで話してて
「努力した分の成果がちゃんと出た」
という結果のようだったのでよかったなあと思います。
「努力<成果」は「ラッキー」だけど、長期的に見るとあんまり良いことではありません。
「努力=成果」は当たり前のようですが、これもなかなかラッキーなことです。
「努力>成果」が普通かもしれません。
で、今回はみなさんどうだったでしょうか?
「努力」は人にどうこう言われるものではなく、自分だけが行い、自分だけが知っているものです。
ものすご〜〜〜く努力したのに成果が出なかった。「努力>成果」の不等号記号が大きすぎる!!、というときは、「努力の方向」とか「努力のやり方」または「何をもって努力とみなすか?」とかを見直す必要があります。
ただ、打ち上げでの話と、今回私が見ている範囲では、そういうことは無かったようでよかったです。
「小さい努力=小さい成果」というのも悪くないのです。
別にみんながみんな「大きな努力=大きな成果」を求める必要などありません(実はこれは最近気付いたことですけどね。人間年とってみるもんです。)。
ただ「見合った結果になったか」ということは考えたらいいですね。
ここをクールに見つめれると、次へつながるステップが見えるかもしれません。
一日たって考えも変わるかもしれないし、打ち上げでは言えなかったこともあるかもしれませんので、努力した!という人も、あんまりしなかった!という人も、ちょっと考えてみてください。
ということで、ぶちさんが言った名言をもって終わりにしましょう。
「不満は出発点」(ちょっと違うけど正確に覚えてない)。
ではちょいと休んで、新しいクラスにむけて動き出します。
あと2回の発表ライブ出演の方はこれから大詰めですね。打ち上げの出欠書いてない方は階段室の張り紙に書いて下さい!!
盛り盛りでたのしかったです。
観てる方は成果もそうですが、大の大人がひたむきに取り組んでる姿に心打たれましたよん!正に大人の部活っすね。若者も欲しいなぁ。2回3回も楽しみです^_^オレー!!
あとで酒のむところが違うけどね。
そして若者。。。
若者、欲しいですね。。。