えんどうえこばなし

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10年経った

2021-03-12 11:23:00 | えこばなし
昨日、2021年3月11日はクラスの生徒さんとネパール料理を食べてにいって、楽しく過ごしていたので、14時46分は気づかないうちに過ぎていた。
帰り道に「時間過ぎたな」と思いながら、10年前のことをなんとはなしに思い返す。
私は、親族も友人も東北地方にはおらず、だから完全に「東京の人」として10年前の震災を経験している。
それでも自分としてはそれなりに重大な衝撃で受け止めていたと思うが、10年経って改めて思い返してみるとやはり自分は所詮「東京の人」だったのだと思う。
胸をかきむしられるような感情は起こらない。
あれこれあった他の思い出と同等の、一つのピースとして自分の中に収まっている。

軽いな、と思いながら昨日は寝た。
何かに対して申し訳ない気持ちになった。

朝起きた頭で考えてみれば、別にその軽さは悪いことではなく「所詮東京の人だから出来る事」というのもあると思う。
人間は自分のフィルターでしか物を見れないわけだが、そういう意味で考えれば、私のフィルターはあの時に明らかに変化している。だから10年後に胸をかきむしられるような感情が湧き起こらなくても何かを申し訳ながったりする必要などないのだが、この申し訳ない気分というのはどうしようもなくまとわりついてくるし、これこそが10年前から私の中で変わらない思いなのかもしれないと思う。

この勝手に頭の中で作り上げた罪悪感との戦いのグルグル思考は、何も生み出さないので、この辺でやめて、「じゃあどうしたのか・どうするのか」ということを考えることにする。

あの時に痛烈に思ったことは(主に原発関係で)、「なんとなく嫌だなと思うことを、そのまま放置して勉強もせず意見も言わずほったらかしておくと、手酷い目にあったときにめちゃくちゃ後悔することになる」ということで、そこから導き出された結論は「ウザがられてもいいから、これはおかしいと思ったら自分が動かなくてはならない」ということであった。

さて、現在の自分はどうだろうか。

今朝のニュースでは東電の本社前で原発反対集会があったと聞いた。
あの事故で、日本の原発は終わりになると思ったが、そうは問屋が卸さないという事実が一つ。
喉元過ぎれば熱さを忘れているのは、自分も同じであるという事実が一つ。
再生エネ重視の電力会社に乗り換えたことと、脱原発を表明した銀行にメインバンクを移したことと、自分ちで小規模太陽光発電をしている程度というのは「自分が動かなくてはならない」に入るのか、否か。

う〜む。
どうなんだ?
何もしないよりマシであることは確かだが、胸を張って「動いてます」とも言えないなあ。
スタジオの電力会社は相変わらずそのままだから、これは今からやることにする。

地震の備えについてはどうだろうか?
こちらもやってるような、やってないような。
サバイバル能力は上がったし、使いながら備蓄するシステムもまあまあ悪くないとも思うが、新たに起きたプラごみ問題との兼ね合いでも、改良できるところはかなりある。及第点止まりになっているところを洗い直す事にする。

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いきなりだが、今年で50歳になる。
うまいこと70歳まで生きれるとすればあと20年。
間違って100歳まで生きるとすると道は折り返し地点である。

残りが短くても長くても、後悔のないように生きていくしかない。

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