皆さまこんにちは~(✿✪‿✪。)ノコンチャ♡
今日は少し前に書いた『今伝えたいこと』シリーズの記事の続きです(・ω・)/デス
お題は
なぜ飴なの?これが問題の構造(・ω・)b
という記事だったのですが、この記事の中で「なぜ飴なのか」ということについてはしっかり書いたものの・・・
「問題の構造」についてはその前の記事でサックリと書いたため、あまり触れなかったもので。。
それでは
お題と違うぢゃんブー
ということで、今日は前回は殆ど触れていなかった「問題の構造」について
問題の構造はエゴの構造と同じ
なので、『新エゴの解放』シリーズの中では木に例えて説明しました。
で、最近になって改めて理解できたことがあったので、今日はそのことも含めて最新の内容です(・ω・)/ヨロ
少し前の記事では問題の構造を飴に例えました。
で、なぜ、飴に例えたのか
飴であることの重要なポイントを前回の記事で書いたわけですが、今日は問題(自我)の核にあたる部分を組織に例えます。
飴で例えたなら、飴で説明すればいいぢゃん
と思うでしょうが、問題(自我)の核にあたる部分を説明するには組織に例えた方が分かり易いので、そこはち~とご勘弁を
悩みの多い人も、不幸街道まっしぐらな人も、ごくごく普通の平凡な人も・・・
どんな人も
問題(自我)の大本の核にあたるものは大抵3つ
それは
無価値感と無力感と罪悪感
罪悪感・・・というのは
生まれてきてゴメンナサイ
というような、キリスト教でいう原罪意識的なものです。
キリスト教ではないのに、なぜ原罪意識なんて・・・
と思うかもしれませんが、罪悪感を持つに至った原因というのは、無力感や無価値感の他の2つも同じになるけど、大抵が幼少期の親との関係。
例えば、ご飯の支度で忙しいお母さんに
ねえねえ、ママ、あのね・・・
と話しかけたら
もういま忙しいんだからアッチへいってて
と言われたことに酷く傷ついて
わたし・・・いらない子なんだ・・・。゜(゜´ω`゜)゜。ピー
となって、さらに
わたしなんて・・・生まれてこなければよかったんだ・・・(。´Д⊂) ウワァァァン!
となって罪悪感無価値感の核が造られる。。
といったカンジ。。
まぁ、これはカナリ控えめな例えで、人によってはもっとヘヴィな出来事があったりしますが。
で、この3つの核がそれぞれの組織の本部になります。
官庁でいうところの各省庁のようなものです。
その組織の直近には官庁だと天下り先になる特定法人があったりして。
で、さらにその特定法人などから、さらに細分化した組合などがあり。。
そうやって一つの組織から何段階にも細分化していきます。
ツリー構造ですね
で、あるとき、組織を存在させていた人(これはもぅいわずもがな、自分自身です)が
この組織、もぅ、これ以上は存在し続けなくてもいいんぢゃない
と気づいて、組織(問題となる核)自体をなくそうとします。
さて、そうするとどうなるでしょう
末端あたりは簡単に潰すことができますが、大本である組織の本部の場合。。
この本部が倒れてなくなってしまうと、その直下にある支部は大いに困ります。
本部あってこその存在なのですから
ぢゃぁ、どうするかといえば
必死に何が何でも本部がなくならないように守ります
だから、一つの切り口から本部の直近である支部を解体し、本部まで切り込んでも、他の支部が必死に本部を守ります
これが最近、理解したことなんですが。
だーかーら
現実に起こった不快な感情や問題から、核となる無価値感や無力感、罪悪感まで辿り着いて、しっかり解消統合しても・・・
また別の問題が起きて、観て行ったら、解消統合したはずの無価値感や無力感、罪悪感がでてきて。。
それはもぅ解消統合したはずなのになんでぇ~( ̄▽ ̄;)エェェーーー
となっていたわけヽ( ´ー`)ノフッ
ぢゃぁどーすればいいのさー) ̄ε ̄( ブー
というと・・・それは
色々な切り口から支部にあたる部分を一つずつ解消統合して行くしかないのかなぁ~と。。
まぁ、いずれにしても
コレ一発でALLクリア~
とはいかないようです。。
何事も一つずつ、一歩ずつ確実に(・ω・)/デスネ
次回はまとめです(・ω・)/ヨロ