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本文の中の図表はプリントすると綺麗に見えます。
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2008/4/8
塔ノ岳登山所要時間の変化とその要因に関する一考察
2008年第1四半期の塔ノ岳(大倉尾根)往復総括
Flower-hill_2005
<はじめに>
2008年1月から3月末日までに,大倉尾根経由で延べ15回塔ノ岳に登頂した。それに4月に入ってから,4月7日現在で2回登頂した。その合計17回の登頂データを基にして,今回は,少々真面目に解析することにしたい。
このようなデータを積み重ねることによって,より安全で合理的な登山ができるようになりたい。
なお,以後,特に断りのない限り,バス停大倉から大倉尾根経由で塔ノ岳山頂までの所要時間を単に“所要時間”,塔ノ岳の山頂のことを単に“山頂”と標記する。
1.対象となる山域の概要
(1)登山ルートの概要
図1-1に登山ルートの概要を示す。バス停大倉(標高290m)から大倉尾根を経由して塔ノ岳(1,491m)に至るルートである(通称バカ尾根)。
(2)地形の概況
図1-2は大倉尾根経由のプロフィールマップである。このルートの地形的な特徴は以下の通である。
1.大倉尾根から見晴茶屋までは,緩やかな勾配の歩きやすい登山道が続く。
2.見晴茶屋を過ぎると,急な階段道になる。その後,やや急なガレ道になる。
3.一本松を越えると,暫くの間,ほぼ水平な尾根道が続く。
4.急な階段道を登り詰めると駒止茶屋に到着する。
5.駒止茶屋から堀山の家までは,ほぼ平坦な尾根道が続く。
6.堀山の家から戸沢分岐まで急な階段道が連続する。
7.戸沢分岐からすぐ上の萱場平を通過,長い階段道を登って花立山荘着。
8.花立山荘から短い坂道を登ると,吹き曝しの花立場に至る。
9.花立場から馬の背(ヤセ尾根)を過ぎると金冷シで,鍋割山稜と合流する。
花立場付近から,気温が急変して低くなる。残雪も多くなる。
10.金冷シから山頂まで,坂道と平坦な道が交互に続く。
山頂直下は急坂になる。遅くまで残雪が残る。
2.調査目的
この考察の目的は,筆者が経験している登山の実態を細かく分析,検証することにある。
今回は,実態の手掛かりとして,所要時間とその支配要因の相関関係を分析の田尾症として取り上げ,予備的な考察を試みることにしたい。
3.解析の方法
(1)5項目の視点
前項1.に示した目的を満足するために,今回は,以下に示す5項目の視点から,最近の実績データを分析する。
1.所要時間の実績はどのような推移になっているか。
2.所要時間のバラツキはどの程度か。
3.10時頃の山頂の気温と所要時間の間に相関関係があるか。
4.ほぼ同じ条件下で,所要時間にバラツキが起きる原因は何か。
5.山行に際して,軽登山靴と長靴のどちらが有利か。
(2)分析の対象
今回の分析の対象となる山行は,以下の各項に該当するものである。
1.登頂期間
2008年1月1日から4月7日までの山行。
2.単独山行
通算17回登頂しているが,その内,他の登山者に同行した山行(以下グループ山行と略す)は除外する。なお,該当期間でのグループ山行は4回である。
3.月別の対象となる山行
前項の1.および2.項に該当する山行の月別分布は以下の通りである。
1月:3回(7日,15日,28日)
2月:5回(2日,5日,18日,21日,28日)
3月:3回(1日,12日,25日)
4月:2回(1日,5日)
4.基礎データ
(1)最近の登山歴
最初に,ここ数年間の筆者の登山歴の中で,塔ノ岳の位置づけをする。
ここ数年における筆者の登山概況は,以下の通である。ただし,1回当たりの累積登攀高度が300メートル以上または水平移動歩数が10,000歩以上の山行を登山と定義している。この条件を満足していない山行(例えば鎌倉アルプス縦走)は,登山回数にはカウントしていない。
1.年間登山日数 約120日/年(内,40~50回は塔ノ岳登頂)
2.年間累積登攀高度 約90,000メートル/年
(2)塔ノ岳の位置づけ
1.塔ノ岳登攀回数 40~50回/年(全体の33~42%)
2.塔ノ岳一回当り登攀高度 約1,250メートル
塔ノ岳年間累積登攀高度 約41,000~62,000メートル(全体の50~60%)
5.所要時間の実績
(1)所要時間の推移
図5-1は,3.項で示した2008年1月から4月上旬までの塔ノ岳(大倉尾根)登頂所要時間推移を示す。この図の縦軸は所要時間,横軸の数字は登頂の順番を示している。しなわち,2008年度1月は,1回目から6回目まで,2月は7回目から12回目まで,3月は13回目から15回目まで登頂したことを示している。図中の■印は単独山行,△はグループ山行を示す。なお,本稿の主要分析対象は,■印の単独山行である。
この図から明らかなように,所要時間は2時間17分から,2時間42分の間に離散しているが,およその傾向を見ると,2月初旬から中旬の期間の所要時間が比較的長いのに対して,1月下旬と4月上旬からの所要時間は比較的短い。
(2)山頂の気温の推移
図5-1の下部に示した細実線の折れ線(右側の目盛り)は,塔ノ岳山頂(以下単に山頂と略す)における10時頃の気温の推移を示している。山頂の気温は概ね-6.4℃から+4.6℃の間で推移している。なお,所要時間が長くなる最大の要因は,後述のように,登山道の積雪と凍結したアイスバーンの状態である。
(3)山頂の気温と所要時間の関係
図5-2は,山頂の気温と所要時間の関係を表している。縦軸は所要時間,横軸は山頂の気温(℃)を示している。図中の■印は単独山行の実績である。
この図から明らかなように,データはかなり離散して分布しているが,-10℃から+5℃の間では,気温が上昇するに連れて,概ね所要時間が短くなる傾向があることが分かる。データが大きく離散する最大の要因は,登山道上の積雪およびアイスバーンの状態にあることは自明である。
(4)登り速度の推移
図5-3は登攀速度(以下登り速度と標記)の推移を示す1)。■印は単独山行,△印はグループ山行を表す。この図の縦軸は毎時平均登攀距離(登り速度)(m/h)を,横軸は登攀の順番を表す。
この図から明らかなように,単独山行では,登り速度は概ね440m/hから530m/hの間に分布している。一方,グループ山行はメンバーと参加人数によって大きく変動している。ただし,本稿では単独山行を主題にしているので,グループ山行の分析は省略する。
6.実績データの分析
(1)山行実施日の環境条件
表6-1は山行実施日の環境条件を示した一覧表である。横方向に実施順番,催行月/日,種別(単独山行,グループ山行,長靴使用),山頂の気温(概ね10時過ぎ),登山道の状況,所要時間(ただしカッコに囲まれた数字は参考値),備考を示している。
この表から明らかなように,所要時間は,登山道の状況によって,大きく変動している。4月に入って,残雪が殆どなくなると,所要時間が2時間10~20分台に落ち着きそうである。
(2)その他の要因による影響の事例比較
登山道の状況以外の要因で,所要時間に影響を与えそうな要因として,登山者自身の体調,と風が考えられる。
図6-1は,ほぼ同じ登山道の状況のもとで,所要時間に差異が生じた事例をグラフ化したものである。図の縦軸,横軸ともに所要時間を示している。目盛りのピッチは縦軸,横軸ともに同じである。
この図は,登山道の条件がほぼ同じの第16回(4月1日)の所要時間を縦軸に,第17回(4月5日)の所要時間を横軸に取っている。両日ともに残雪の量には大差なく,天候もほぼ同じである。また,山頂の気温には,多少の差があるが,山麓から花立山荘付近までは,同じ程度に温暖な気候であった。
ただし,第16回,4月1日は,終日,強風が吹き荒れ,登山者である筆者自身の体調もやや優れなかった。大倉尾根のかなりの部分は深い杉林の中や,風下にあるので,強風下でも,それ程歩きにくいことはなかったが,花立山荘手前の吹き曝しの階段,金冷シ手前の馬の背(ヤセ尾根)では,強風をまともに受けて,極めて歩きにくかった。ただ,強風をまともに受ける時間は,それ程長くはなかった。
もし,両日ともに所要時間が全く同じならば,両日のデータは,破線で示した45度の斜線上に乗るはずである。そして,もし第16回の所要時間の方が遅い場合は,この対角線の上に,逆に早い場合は対角線の下に表示される。
この図を子細に眺めると,強風で体調が芳しくなかった第16回のデータが,終始対角線の上に表示されている。この表示から,以下の特徴を読みとることができる。
1.大倉から駒止茶屋までは,単調に時間差が開いている。
2.駒止茶屋から堀山の家の間で,時間差が拡大している。
3.堀山の家から花立山荘までの間は,どちらも同じ所要時間である。
4.花立山荘から金冷シまでの僅かな間で,所要時間に2分の開きが出ている。
(3)事例の分析
プロフィールマップを参考にして,上記の4項目から得られる結果は以下の通である。
1. 単調な登り坂で所要時間に差が出た。
大倉から駒止茶屋まで単調に続く坂道で,徐々に所要時間が開いた原因は,体調の良し悪しにあることは自明である。
2.平坦な場所で歩行速度に差が生じた。
第16回山行では,駒止茶屋と堀山の家の間,および,馬の背の平坦な場所で,十分に歩行速度を上げることができなかった。この原因は,体調がやや不良だったために瞬発力に欠けていたことにあると推察される。
ただ,差が生じたどちらの場所も,強風をまともに受ける所なので,体調と強い風の両方の影響を受けたと考えられる。
3.急坂の登攀速度には差がなかった。
堀山の家から花立山荘までの急坂では,第16回,および第17回のどちらにも,優位差が見当たらない。これは,体感できる体調以外の要素,たとえば心肺機能,足の筋力などが限界に達していることを意味していると考えられる。
なお,図中にエリアマップに記載されている標準時間を参考までに掲載した(図中の△印;第17回山行では,標準時間より73分(1時間12分)速かった)。
(4)長靴の特性
図5-1,図5-2,図5-3から明らかなように,大倉尾根で使用する限りでは,所要時間には軽登山靴,長靴の間に特段の差は感じられない。ただし,長靴で急坂を下る場合は,注意しないと足の爪先を痛める可能性がある。
また,長靴の場合,軽アイゼンの装着具合は余り良くない。他方,石畳の道は長靴の方が,道路の状態に馴染んで,極めて歩きやすい。
手入れや泥落しは,軽登山靴より長靴の方がずっとやりやすい。また,長靴の耐久性に一抹の不安が残る。
以上の結果,大倉尾根に限定して長靴を使用する場合は,ほとんど問題ないと言える。気を付けて長靴を利用すれば,むしろ軽快に感じることが多い2)。
7.結論
(1)検討結果
今回の一考察で得られた検討結果は,以下の通りである。
1.筆者の歩行速度は,概ね2時間15分から2時間40分である。
2.所要時間を左右する最大の要因は,登山道の残雪とアイスバーンである。
3.体調によって,平坦な登山道で,所要時間に大きな差が出る。
4.山頂の気温が10℃から+5℃の間では,気温が上がると所要時間は短くなる3)。
5.軽登山靴と長靴との間には,顕著な優位さは見当たらない。
(2)今後の検討課題
今回の考察は,大倉尾根に限って成り立つものである。したがって,今後,「自立した登山者」を目指すためにも,もう少し汎用性のある自己管理の方法と手順を習得したい。そのためにも,他の山域でのデータの収集を進めて,今回の考察結果の汎用化を図りたい。
おわり
注
1)大倉尾根の累積登攀高度は,約1,250メートルだが,ここでは塔ノ岳山頂の標高1,490メートルとバス停大倉の標高290メートルとの差,1,200メートルを標高差として,登り速度を計算している。従って,実際の登り速度は,この値より若干速くなる。
2)これは大倉尾根に限ってのことであって,本格的な岩稜歩きには,長靴は明らかに不適である。
3)山頂の気温は,単独山行のときは,概ね10時10分頃の気温。グループ山行のときは,山頂への到着時間が,12時頃から13時頃まで大幅に変動するので,気温はあくまで参考値である。
参考文献
磯谷猛,他著,1999,『丹沢を歩く』山と渓谷社,pp.20-23.
大野久著,2005,『山と高原地図28丹沢』昭文社