転載「アッ=シャアラーウィ―師(ラヒマフッラー)が、クルアーン(コーラン) 物語章22-24節の解釈(タフスィール)を説明された時に述べたエピソード
✨ ✨クルアーン ✨ 物語章22-24節 ✨ ✨
✨ {㉒かれは顔をマドヤンの方に向けて、「主は、わたしを平和な正しい道に御導き下さるかもしれません。」と言った。
㉓それからマドヤンの水場に来てみると、かれは一群の人びとが(その家畜に)水をやっているのを見た。また、かれらの片隅に、2人の婦人が(懸命に家畜を水場に近よらせまいとして)後方に控えているのを見かけた。かれは言った。「お2人はどうかなされたのですか。」2人は言った。「わたしたちはその牧夫たちが帰るまで、水をやることが出来ません。わたしたちの父は、大変年老いています。」
㉔そこでかれは2人のために(家畜の群に)水をやり、それから木陰に退いて(祈って)言った。「主よ、あなたがわたしに御授けになる、何か善いものが欲しいのです。」}✨
(日本ムスリム協会解釈訳。ムーサ―(モーゼ)様(彼に平安あれ)が預言者になる前のエピソード)
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1950年に、私はサウジのある大学で教鞭を取るために赴任しました。運転手が私を学部に送迎する為にやって来ました。しかし、途中で停車し、彼は車を降りました。すると彼は、ある家の前に行き、何かを取って戻ってきて、それを車に乗せました。
私は聞きました:「これは何ですか?」
彼は言いました:「それは、パン生地です。あの家の女主人が、パンを作るために用意したものですよ。」
その後、彼は次のように説明し、私の疑問を解消してくれました:
「パン生地が家の前においてあるという事は、あの家の男主人は不在か、
亡くなった(つまりその家の住人の面倒を見る男性ががいない)という事です。
だから、あの家の女主人は、パン生地を準備したら、家の前に置いておき、家のドアに鍵をかけるのです。
そうすると、誰でもその前を通りかかった男性が、それをパン屋に持って行って焼いてもらい、
又持ち帰って家の前に戻しておくのです。後で彼女がそれを取りに来られる様に。」
アッ=シャアラーウィ―師(ラヒマフッラー)は言いました:
「アッラーに誓って、このエピソードは、アッラーのお言葉{そこでかれは2人のために(家畜の群に)水をやり、それから木陰に退いて・・・}の解釈を行動によって説明したものです。」
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シリアでもそうでしたが、イスラームが深く根付いている社会では、女性が一人で生きる事がそう難しくはありません。
知り合いがいようといまいと、ムスリム同士は兄弟姉妹なので、「アッラーのご満悦」を求めて、手伝ってくれる人が沢山います。
パン屋に生地を持って行き焼いてきてくれる男手がなけば、外に置いておけば誰かがやってくれます。
重い荷物を持っていれば、知らない男性が「持ちます」と言って、希望の場所まで持って行ってくれ、顔も見ず、何も言わずにそのまま立ち去ります。
美味しいご飯を作った近所の人は、何も言わなくても余分に作って配達してくれます。
しかも、人間から見返りを求めているわけではないので、お礼を上げる必要もなく、気を使う必要もなく、「ジャザークムッラーフハイラー(アッラーがあなたに善き褒賞をお与え下さいますように)」とドアーをしてあげれば十分です。
残念なことに、人々がイスラームから遠ざかりつつある地域では、そういう現象も減りつつあるようですが、日本ではこれから増やしていけますように。アーミーン」
記事元:https://www.facebook.com/wordsqurandifficult/posts/1776397639330993
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