今年ももう、七月の末。
7年前の七月は、震災から四か月で、至る所で解体や修繕などの工事中だった仙台。
市内を蛇行しながら流れる広瀬川は、南下して南部道路辺りで名取川と合流する。
合流点辺りまでは津波被害が大きいが、広瀬橋付近から上は川の風景に目立った変化がなかった。
しかし、生き物も難儀していた。
例年は、六月初めに遡上する稚鮎だが、この年の六月は姿が見られなかった。
どうなるだろうと心配していたが、7月13日に見に行くと、そこに跳ねる稚鮎の姿があった。
そして、ゴイサギも待機していた。
稚鮎の通り道を確認し、狙いを定めている。
そして、跳ねたところを、さっと口を開けたかと思うと、
見事、その嘴には鮎が挟まっていた。
震災の傷跡だらけでも、生きる力の輝きがそこにあった。
あれから7年たった今年の7月も、広瀬川で人々が鮎釣りを楽しんでいる。
昔は、政宗公も鮎漁を楽しんでいたそう。
時に脅威となるも、川は多くの恵みをもたらす、かけがえのない存在だ。
(参考:せんだい市史通信第23号/河北新報7月2日『さお引く感触今年も アユ釣り解禁』)