僕の人生の今は何章目ぐらいなんだろう?

昨日に戻りたいと思うよりも、
今日を楽しみ、
明日が待ち遠しいと思える、
そんな人生を送りたい。

一分 いちぶん

2006-12-06 10:24:53 | ヒトの気持ち
「一分」と書いて「「いちぶん」について書いてみる。

今封切り中の「武士の一分」が評判がいいようである。
譲らない心。譲れない愛。人には命をかけても守らねばならない一分がある。

ということらしい。
このタイトルに出てくる「一分(いちぶん)」を若い人たちはどんな意味なのかわかるのだろうか。
なんとなく「面目」ということだろうとは推測できるのだが、
正確な意味はどういうことなのか・・・調べてみた。
まずは、おなじみ広辞苑から。
①10に分けたものの一。
②一人の分際。一身の面目、または職責。
③一様。同様。
 このなかでは、②に相当するだろう。

次は、角川漢和中辞典から。
①本分。一身の面目
②その人ひとりの身分
 これは、①だろう。

さて、だいたいおわかりになったと思う。
「一分」とは「一身の面目」、
すなわち「一人前の存在として傷つけられてはならない、譲ることのできない威厳(名誉)」ということだろうか。

 広辞苑には次のような用例が載っている。
・ 一分捨つ……一身の面目を失う。「一分廃(すた)る」とも。
・ 一分立つ……一身の面目が立つ。
・ 一分を捌(さば)く……自身の身の振り方を独りで処理する。

「武士の一分」の三村新之亟(木村君)は、
「一分捨つ」状態になり、
「一分立つ」ように「一分を捌いた」ということだろう。

さて、ここで都橋のマスターの一分であるがみんなで考えてみよう。
都橋のマスターは一分起つ・・・・これは最近では逝ったあと一分でしぼむという意味。
とかね。
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