7. 原油と天然ガス:禁輸に伴う代替可能性と異なる深刻度
そもそも天然ガス価格は昨年秋から、ロシア要因だけではなく、欧州や南米における再生可能エネルギーの出力不足やアジア諸国の積極的なLNG購入による欧州へのLNG流入減少に伴う欧州の天然ガス在庫の低迷、天然ガス需給の引き締まり、石炭価格の高騰といった複合的な要因で高値を付けてきた。
北東アジアの指標JKMは2021年初にも30ドルを越え史上最高値を更新したばかりだったが、同年9月にはその2倍に近い56.3ドルを付けた。欧州でも同9月に34.4ドル、そして、年末にはJKMを越え、60.7ドル史上最高値を更新した。そこに発生したロシアのウクライナ侵攻とこれまで述べてきた禁輸措置によって、今年3月には一時JKMは84.8ドル、欧州ガス価格は72.3ドルという高価格を付け、現在は30ドル前後で推移している。
現時点の価格がまるで安いように見えるが、2020年5月にはコロナ禍とはいえ欧州ガス価格最安値である1.2ドルを付けたことを考えると異常な価格であり、他エネルギー源に対して価格競争力のない天然ガスに対する人気を貶める危機的な価格帯が続いているのが現下の状況である。
(1) 供給余力と柔軟な輸送方法のある原油、そうでない天然ガス
ロシア産エネルギーの禁輸という側面で見た場合、原油と天然ガスでは事情が全く異なるということにも留意が必要である。
それは1. 供給余力、2. 輸送インフラ、3. ロシアの生産地域の特徴という3つの違いに起因している。
1. 供給余力
原油はスイングプロデューサーとしての地位を有するサウジアラビアを筆頭に中東産油国を中心に、供給余力(スペアキャパシティ)が世界に日量300万バレル程あると言われている。ロシアの輸出量が同533万バレル(2021年)であることを考えれば、十分な量とは言えないが、OECD諸国の在庫や戦略石油備蓄(SPR)と併せ、市場にも本格的な供給途絶の際に一定の安心感を与えているのも事実である。
他方、天然ガスには現時点ではサウジアラビアのようなスイングプロデューサーが存在しない。供給側にスペアキャパシティと呼べるものはなく(ロシアだけが欧州に対してパイプライン供給余力を有するが、その欧州がロシア産ガス離れを加速しようとしている)、欧州の在庫は低迷しており、その他の消費国におけるガス貯蔵・在庫の整備も十分とは言えない。
2. 輸送インフラ
天然ガスは輸送において気体でのパイプライン輸送(国と国を結ぶ国際パイプライン)か、液化しなければならない特殊な海上輸送という硬直的なインフラを使うことが特徴である。
常温常圧で大量輸送が可能である原油とは異なる。
ガス供給余力を有するロシアもそのガスを、パイプラインを有している場所にしか運べない。
液化するのには巨額の投資が必要であり、その長期間に及ぶコスト回収の必要性からマーケット(買い手)が付く見通し数量での設計生産(液化)容量とならざるを得ない。
供給余力=設計余裕という概念は経済性を棄損するため、そもそも存在しないのがLNGプロジェクトの特徴=欠陥と言えるだろう。
3. ロシアの生産地域の特徴
端的に言えば、ロシアは原油については東西がパイプラインで接続されている一方、天然ガスは東西がパイプラインで結ばれておらず、
欧州向けの天然ガスは西シベリア・ガス田から、
中国向けの天然ガスは東シベリア・ガス田と、異なる生産地域から輸送されている。
欧州の代替市場と考えられるのが成長著しい中国であるが、
まず天然ガスについては欧州向け西シベリア・ガス田と中国を結ぶパイプラインの建設(後述の「シベリアの力2」)が必要である。
現時点で露中が速やかに合意に至った場合2024年建設を開始し、2029年頃の完成という可能性があるものの、一朝一夕に欧州の失われた天然ガス市場を中国で代替することにはならない。
また、原油については、確かに東西は結ばれており、西シベリア産原油の輸出がアジア太平洋にも始まっているが、油種が異なるという点も指摘しなければならない。
欧州向けはウラルブレンドと呼ばれる比較的重い原油(API比重:29.8~30.4/硫黄分:1.5~1.7%)であり、アジア太平洋向けはESPOブレンドという軽質・低硫黄原油(API比重:35/硫黄分:0.5~0.6%)である(表3)。
但し、ESPOブレンドは既に西シベリア産原油を受け入れた実績があり、その際にはESPOブレンドの定義を緩和することでロシア政府が対応した実績がある。つまり、技術的には欧州が買わなくなった西シベリア原油を東シベリアへ輸送し、中国やアジア太平洋市場に販売することは可能と言えるだろう。
(2) EU制裁第5パッケージがもたらす天然ガス・ショート(供給途絶)
石炭禁輸が注目され、余り大きく報道されていないが、4月8日に発動されたEU制裁第5パッケージにはLNG関連6製品(液化技術を含む資機材)が含まれている。このLNG製品の対露禁輸措置は世界の天然ガス市場に大きな影響を及ぼす可能性がある。
欧米がパテントを有し、ロシアではまだ黎明期の天然ガス液化技術が制裁対象となれば、ロシア政府が目指す2035年に向けたLNG拡張計画が大きく狂うことは確実となる。それは将来の話だけでなく、ドイツLindeの技術を採用しているアルクチク(Arctic)LNG-2及びバルト海ウスチ・ルーガLNG(バルチックLNG)プロジェクトにも影響を及ぼす。
4月12日付けのコメルサント紙は「同制裁がロシアのLNG拡張計画の棺桶の蓋に最後の釘を打つことになる」と述べている。
年間約2,600万トンの拡張(上記両プロジェクト)の稼働時期が不透明となるためである。ロシアは2019年に中規模・大規模LNGプラントで使用する極低温熱交換器の100%、極低温ポンプの95%を輸入に依存していた。
政府の輸入代替プログラムの下では依存シェアは2024年までにそれぞれ80%と40%に減少する計画だった。
EUの制裁では2022年2月26日より前に締結された契約はこの5月27日までにWindfall(猶予)期間が設けられており、この対象がアルクチクLNG-2(1,980万トン/年)、ウスチ・ルーガLNG(1,300万トン/年)である。
同紙ではこれまで主要な機器は8割以上完成しているアルクチクLNG-2の第一トレインには供給された模様であると報じている。
欧州政府がなぜ今回、ドイツ企業が技術供与し、フランスTOTALを中心に中国及び日本も参画するプロジェクトに影響を与えるLNG製品禁輸措置を盛り込んだのかは現時点では不明である。
先立って、米国と共同で発表した3月25日の「欧州のエネルギー安全保障に関する共同声明」(6.(1)参照)で謳われたように、ロシア産天然ガス依存度を低減するための米国からの追加LNG供給に関する協議が何らかの影響を与えた可能性があるかもしれないが真相は分からない。
アルクチクLNG-2については全3トレインの内、第1トレインについて、欧州制裁を回避して全ての資機材調達が5月27日に完了し、2023年内の稼働開始が実現する可能性もある。
しかしながら、世界のLNG需要の今後の上昇と、現在計画されているLNGプロジェクトの供給見通しを見ると楽観はできない。
図9世界のLNG供給余力の見通し
出典:JOGMEC
出典:JOGMEC
<下記URL
参照
>
の通り、今回のEU制裁によって、アルクチクLNG-2について、第一トレインのみが稼働するという前提では2025年から2026年にかけて、世界のLNG需給は逼迫することが見通され、第一トレインが稼働しなければショート(供給途絶)を起こすことが確実となっている。
現下のガス価格の高止まりも2025年に向かって供給が縮小することにより、継続していく可能性が見込まれる。