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ガラパゴス化から飛躍:小電力無線IEEE802規格開発会議・・・への寄与活動拡充

学術会議を法人化 政府有識者懇が論点整理2023年12月13日時事ドットコムニュース

2023-12-13 17:32:32 | 連絡
日本学術会議の在り方を検討する政府の有識者懇談会(座長=岸輝雄・東京大名誉教授)は13日、現行の「国の特別の機関」から法人への移行を求める論点整理をまとめた。
国からの独立性を担保するのが狙い。
報告書の取りまとめに向けて議論を続ける。
 論点整理では、法人化により活動の幅が拡大し、財政基盤の多様化が進む可能性があると指摘。
産業界との連携が可能となった場合、活動水準が向上するとも強調した。
 国の財政支援については、国が会議の活動を支援する義務を負う必要があるとして継続を求めた。
会員選考では国がプロセスに関与せず、学術会議側の選考が尊重される仕組みが望ましいとした。
学術会議は法人化について「協議が不十分」などとして懸念を示しており、
今後の調整は難航が予想される。
会合後、岸氏は記者団に、学術会議側に国の機関でなければならない理由
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【独自】中国「千人計画」に日本人確認、日本学術会議代表 大西 隆 会長国会招致質疑公開か
https://blog.goo.ne.jp/globalstandard_ieee/e/d7eb2aaf6927f9989f107963a20dee90

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を説明するよう求めたことを明らかにした。



 

じつは「日本が発祥」だった「意外な商品」ビーチサンダル・・・胃カメラの数々2023.12.13鴻上 尚史

2023-12-13 17:13:57 | 連絡
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作家・演出家
鴻上 尚史
KOKAMI Shoji
作家・演出家。1958年愛媛県生まれ。1981年に劇団「第三舞台」を結成。
現在は、プロデュースユニット「KOKAMI@network」と、「虚構の劇団」を中心に活動。
87年「朝日のような夕日をつれて’87」で紀伊國屋演劇賞団体賞、95年「スナフキンの手紙」で岸田國士戯曲賞受賞。
97年に渡英し、俳優教育法を学ぶ。
10年に戯曲集「グローブ・ジャングル」で第61回読売文学賞戯曲・シナリオ賞受賞。主な著書に、『「空気」と「世間」』『クール・ジャパン!?』『不死身の特攻兵』(以上、講談社現代新書)、『「空気」を読んでも従わない』(岩波ジュニア新書)、『鴻上尚史のほがらか人生相談』(朝日新聞出版)、『孤独と不安のレッスン』(だいわ文庫)、『ドン・キホーテ  笑う!』(論創社)ほか多数。
舞台公演のかたわら、エッセイや演劇関連の著書も多く、ラジオ・パーソナリティ、テレビ番組の司会、映画監督など幅広く活動。  
 
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〇ビーチサンダルからストーンウォッシュのジーンズ、こんなものも日本発
地下足袋がカラフルになっていると書きましたが、同じカラフルな「ビーチサンダル」は、草履が元になっています。
日本で一九五二年にアメリカ人の提案を受けた日本のメーカー(内外ゴム)が、ゴムで草履を作りました。
ゴム草履の別名が、ビーチサンダルなのです。
最初はなかなか売れませんでしたが、やがて、世界的に受け入れられるようになり、海外のブランドもビーチサンダルを出すようになり、まずはハワイで爆発的に受け入れられました。
 
そして、「アロハシャツ」の柄は、和服が起源だという説が有力です。
一九世紀終わりから二〇世紀初頭、ハワイに移住した日本人移民が、農作業の時に洋風の開襟シャツを着ました。
これは格子柄など、地味なデザインでした。
やがて、日本から持ってきた着物を再利用して開襟シャツ風に仕立て直したものが「アロハシャツ」の起源と言われているのです。
着物の柄ですから、派手なものが多く、それをハワイの人たちが好み、今のアロハシャツに通じる雰囲気が生まれたという説です。
今、日本人がアロハシャツを好み、輸入したり、日本発のものを作ったりしているのは、いわば、里帰りと言えるのです。
「ストーンウォッシュのジーンズ」は日本人が始めたものです。
新品のジーンズを軽石と一緒に洗って、穿き込んだ感じを演出するものです。今や、世界中にこの方法は広がりました。
多くの外国人が「子供の頃からストーンウォッシュのジーンズを穿いていたよ。
日本発なんて知らなかった」と答えました。
最近は、表面をこすって穿き皺を出したり、ガスバーナーで表面を焼いて年代物の深みを出そうとするものもあります。
こうして、世界的に、おしゃれなジーンズとして受け入れられているのです。
書道の筆の技術を使って作られた「化粧筆」は世界的に有名になり、トップモデルやハリウッドの俳優たちが使っています。
名の知れたいくつかのメーカーのものは、かなりの値段ですが、それでも世界中から注文が殺到しています。
日本が最初ということでは、「胃カメラ」もそうです。
一九五〇年、世界で最初に胃カメラが日本で実用化されました。
超小型のカメラを開発することで胃の中を見ることが可能になったのです。もちろん、世界中が注目しました。
さらに連載記事<日本の「アイスコーヒー」、じつは「外国人」には「衝撃的」だった…! その「意外なワケ」>では、「アイスコーヒー」が外国人に与えた衝撃について、詳しく解説しています。


(^。^ ) 谷村新司/昴-すばる

2023-12-13 16:23:51 | 連絡
(^。^) 滑舌 歌唱 腹筋トレ 脳トレ洋楽 足裏マッサージ 散歩 縄跳び 黒木瞳 舘ひろし 中村雅俊

(^。^ ) 谷村新司/昴-すばる

 
 

【フォトギャラリー】谷村新司さんお別れの会、最後に全員で「昴」合唱 アリス・堀内孝雄「もう少し一緒にいたかったな」2023/12/12サンスポ

2023-12-13 15:33:47 | 連絡
優しくほほ笑む谷村さんの穏やかな人柄をあらわすように、カスミソウなど白い花で彩られた祭壇=東京・港区(撮影・山田俊介)
https://www.iza.ne.jp/gallery/20231212-V6GDNVBIBZGS3FO52MBWZNHLOM/?utm_source=yahoo%20news%20feed&utm_medium=referral&utm_campaign=related_link




谷村新司さんお別れの会、最後に全員で「昴」合唱2023/12/12(火)

2023-12-13 15:15:15 | 連絡
「谷村新司さんお別れの会、最後に全員で「昴」合唱 アリス・堀内孝雄「もう少し一緒にいたかったな」 初のディナーショー開催の思い出の会場「飛天の間」で…〝75回目 〟 の誕生日に」

10月8日に死去した3人組バンド、アリスのリーダーでシンガー・ソングライター、谷村新司さん(享年74)のお別れの会が11日、東京都内で開かれた。アリスのメンバーで歌手、堀内孝雄(74)や発起人の歌手で俳優、加山雄三(86)ら約600人が参列。
この日は谷村さんの誕生日で、会場には生前の活躍をまとめた特別映像が流れた。堀内は「もう少し一緒にいたかった」としんみり。
この日はファン向けの「お別れの会」も開かれ、約2000人が参列した。 【写真20枚】堀内孝雄や五木ひろし、堺正章らが参列 
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フォトギャラリー】谷村新司さんお別れの会、最後に全員で「昴」合唱 アリス・堀内孝雄「もう少し一緒にいたかったな」2023/12/12サンスポ
https://blog.goo.ne.jp/globalstandard_ieee/e/cf9f4369a301f79cf469c84a1e8ad9f3
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10月16日に流れた突然の訃報から約2カ月。
この日、谷村さんの叙情豊かで伸びやかな歌声が会場で〝復活〟した。 
お別れの会ではヒット曲「チャンピオン」
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(^。^ ) チャンピオン/アリス#チャンピオン」のモデル カシアス内藤さん「人生の支えに」ぽかぽか竹ツボ体操ソング・Foot-Pressure-Points-Stepping-Song
https://blog.goo.ne.jp/globalstandard_ieee/e/5fe3aa9eb9ee8b38754908b7cebfd5fb

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「冬の稲妻」、
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介護予防 元気アップ歌声エクササイズ アリスの「冬の稲妻」
https://blog.goo.ne.jp/globalstandard_ieee/e/8f277bfce70b8857b6304d7ac4beb8c5
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山口百恵さんへの提供楽曲「いい日旅立ち」
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などを歌う故人の姿を大型画面で放映。
昨年のライブ映像を見つめた堀内は「めちゃくちゃ元気に歌ってますね」と懐かしみ「逆に今日(お別れの会)が夢みたいで…」と喪失感を吐露。
「残されたものの責務としては自分の歌を大事に歌うこと」と約束する一方、「寂しいですね…」と本音も明かした。 
会場は谷村さんが83年に初のディナーショーを開催したグランドプリンスホテル新高輪の宴会場「飛天の間」。
年末の会合やイベントが続く中、谷村さんの誕生日であるこの日だけ催事などがなかったという。
出席者は谷村さんが好きな赤ワインなども味わい、最後は全員で「昴-すばる-」を合唱した
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会場の隣接スペースには祭壇を設置。
お別れの会の前には堀内が、白い歯で柔和にほほ笑む遺影を10秒ほど見つめてから焼香をした。
ほかに愛用の帽子16個やギター6本、ステージ衣装3着なども展示。
出席者は故人の人柄に思いをはせた。
アリスのもう一人のメンバー、矢沢透(74)はこの日、スケジュールの都合で欠席となったが、堀内は囲み取材にも対応。
谷村さんに誘われてアリスを結成し、72年にデビューして50年以上。
時には肩を組み、時にはぶつかり合ったといい「頑固者でしたね。でも気持ちは柔らかくて、相談したら大きく受け止めてくれる」と振り返った。
「欲を言えば、もう少し一緒にいたかったな」とポツリ。「いずれ(天国へ)いくから、もう少し頑張ります」と力を込めた。
 ◆発起人でもある音楽評論家、湯川れい子(87)
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86歳が考える人生で後悔しないための「5つの原則」…幸せはお金や肩書きからは生まれない、2022年7月6日、湯川れい子
https://blog.goo.ne.jp/globalstandard_ieee/e/a900d81a5e5fc2c44514e353884a623e
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「たまたま谷村さんがお亡くなりになった日に、表彰式に出ていたんです。
フォーマルな黒い服を着ているときだった。放送局の方から谷村さんが亡くなりましたっていきなり言われて…。そういう役割を『れい子さんやってよ』って言われてる気がした」 
◆番組などで共演してきたタレント、松本明子(57)「すごく、いい会でしたね。すぐそばにいる感じ。谷村さんは本当に、どんな人とお会いしても同じ笑顔で目じりを下げながら、同じように…。ずっとずっと(歌が)聞き継がれていくんだと思います」
 ◆故人の音楽に影響を受け、親交も深い歌手、デーモン閣下「吾輩にとって谷村さんは師匠。吾輩が世を忍ぶ仮の中学生の時からファンで、自分の金でチケットを買って見に行った最初のアーティストがアリスだった。アリスの復活コンサートも見に行って、一曲目から号泣。そのコンサートを見て、聖飢魔Ⅱも期間限定で再集結したんです」
◆対談やデュエットなどで共演してきたタレント、森口博子(55)「対談をさせていただいたんですけど、共通のことが多くて。まだまだ一緒にお歌を歌わせていただきたかった」 
★主な参列者 日枝久、堀内孝雄、都倉俊一、千住明、湯川れい子、
加山雄三、
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(^。^ ) サライ/谷村新司、加山雄三「永遠の『サライ』を谷村くんと共に」
https://blog.goo.ne.jp/globalstandard_ieee/e/b7b883b2575d192a7d5fbc737c567f47
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森喜朗、武田鉄矢、THE ALFEE、堺正章、五木ひろし、ゆず、デーモン閣下、松本明子、森口博子、軽部真一、有働由美子 ※順不同、敬称略