“死を覚悟する”コツは? 医師の心に残る「40代で逝った女性の言葉」〈週刊朝日〉
4/6(月) 7:00配信
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“死を覚悟する”コツは? 医師の心に残る「40代で逝った女性の言葉」〈週刊朝日〉
帯津良一(おびつ・りょういち)/1936年生まれ。東京大学医学部卒。帯津三敬病院名誉院長。西洋医学だけでなく、さまざまな療法でがんに立ち向かい、人間をまるごととらえるホリスティック医学を提唱。「貝原益軒 養生訓 最後まで生きる極意」(朝日新聞出版)な...
西洋医学だけでなく、さまざまな療法でがんに立ち向かい、人間をまるごととらえるホリスティック医学を提唱する帯津良一(おびつ・りょういち)氏。老化に身を任せながら、よりよく老いる「ナイス・エイジング」を説く。今回のテーマは「死を覚悟するために」。
【写真】帯津三敬病院
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【ポイント】
(1)死を覚悟するのに年齢は関係がないのかも
(2)死後の世界に対して好奇心を持って臨む
(3)死後の世界があると思うのが覚悟のコツ
ナイス・エイジングの終着点には死があります。ですから、自分自身の死を想うことはとても大事です。それについては、以前にも書きました。でも、死を想うことと、死を覚悟できるかどうかは別問題です。
儒学者、佐藤一斎は『言志録』の中で「聖人は死に安んじ、賢人は死を分とし、常人は死を畏る」と説いています。つまり、「聖人は生死を超越している。賢人は死を受け入れている。しかし、常人は死を畏れてじたばたする」というのです。
がん診療が専門の私は、死に直面する方と数多く付き合ってきました。その患者さんたちの死に対する覚悟は様々です。
死を覚悟することについては、年齢は関係ないのかもしれません。40代で逝った女性の言葉がいまでも思い浮かびます。決して美辞麗句でも大言壮語でもない言葉が、心に残っているのです。
その女性は末期の卵巣がんでした。私の病院に入院していて、毎週金曜日の夕、院内の気功道場でおこなう私の講話に毎回出席し、いつも最前列でにこにこしながら聴いてくれました。
私の講話では死や死後の世界について語ることが多いのですが、そういう話にとても関心がある様子でした。彼女は小康を得て退院し、通院していたものの、がんの進行で通院が難しくなりました。その時彼女から手紙が届きました。
「先生、私、ホスピスに行くことにしました。ほんとうは病院でなく、家で死ねればとも思いましたが、苦しんで家族に迷惑をかけたくないので、ホスピスを選びました」
「私は、先生もご存知のように、とても好奇心が強い人間なので、初めて行くホスピスが楽しみでワクワクしています」
彼女の死を真正面に見据えながらも落ち着いた心境がうかがえる手紙で、その覚悟に感嘆しました。最後にはこうありました。
「私がいま60代ぐらいまで生きたのであれば、きっとじたばたしないで死ねるのでしょうが、40代では少し早いですよね。でも仕方ありません。先生! 宇宙のどこかできっとお会いしましょう。その日を楽しみにしています」
彼女はホスピスに移って間もなく亡くなりましたが、その報に接し思わず「BON VOYAGE(よい旅を)!」と心から祈りました。
彼女は40代にして、なぜそこまで死を覚悟できたのでしょうか。私は彼女が死後の世界に対して、持ち前の好奇心を持って臨もうとしたからだと思います。
作家の遠藤周作さんは、
「70代の前半ともなると、もう一つの大きな世界からの囁きが聞こえてくる」とおっしゃっていました。彼女は40代にしてその囁きが聞こえたのでしょうか。
私は自分にとって、自分の死は存在しないと思っています。死んでしまった自分はそれを知ることができないのですから。死に意味があるとしたら、死後の世界がある場合だけです。ですから、死後の世界はあると考えるようにしています。それが死を覚悟するためのコツでもあります。
今までは焼かれてしまうんだから死後の世界なんてないと思っていましたが
あると思った方が良いのかも知れませんね。
死んだら父に逢いたいし、ファンだった渡瀬恒彦さんにも絶対逢いたい!!
と色々考えてたら逢いたい人が沢山いましした。
のんびりはしてられなそうです(笑)
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安倍晋三や痴呆自治体のコロナ対策もロクなもんじゃないし経済最優先の世の中で相変わらず企業は稼働し人の外出は止まらない。感染拡大はこれから。
もう老若男女問わず死を覚悟しろって事なんだろう。
遺書でも書くか。
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