犯罪大国フィリピンに巣を作る不良日本人、、 鈴木英司氏事件について
この事件を私は<<バコロド鈴木事件>>と呼ぶ。
事件の概要
1、鈴木氏は、日本で建設関係の会社に勤務していた。
2、そこの社長から<<バコロドにいる知人がレストランをしてるんだが、お金を貸してやってくれないか>>と話を持ち掛けられた。
3、鈴木氏は、会社を有給で、社長の知り合いと言うバコロド市内にあるレストラン(小さなモール内にあった、、、名前は裏覚えだが、、故郷とかおふくろ、、のような記憶がある、、、私は1度だけ、ここで食事をしたことがあるが幸い、この日本人経営者は居なかった)に行き、日本人経営者に金銭を貸した。
このレストラン経営者の日本人は、やたらに日本人らから銭を借りまくり踏み倒すことで有名だったが、日本の鈴木氏は知る由もない。
4、その後、しばらくして金銭を返済してくれと国際電話などで催促したが、この日本人は返済する意思がなかった。
5、そこで業を煮やした鈴木氏が、再度借金取り立ての為にバコロドを訪問した。
6、日本人に借金返済を迫ったが一向に返してくれない。
7、あきらめて帰国することになり<<バコロド空港に向かう>>
8、すると、空港にピンキーと言う女が<<レストラン経営者の日本人から頼まれた、あなたに土産がある>>と、バコロドの菓子が入ってる箱を渡された。
9、鈴木氏は、箱を受取、マニラ国際空港へ向かうために空港の持ち物検査に向かった。
10、すると、この渡された箱を職員に調べられ<<中からアルミ箔に包まれたマリファナが入っていた>>
11、すると、即座にフィリピン国家警察の警官らが来て、鈴木氏を逮捕。
12、ところが、警察署に行かずに<<一般民家に連れ込まれ>>
開放するから金を払えと言われた。
13、日本で暮らす日本人の鈴木氏は、こんな理不尽なことは日本では考えられないと<<自分は無実で、女から箱を渡されただけだと言い張ったが>>言い訳は通らない。
14、再度、警官らが<<金さえ払えば、即座に開放する>>と、脅迫した。
15、しかし鈴木氏は断固と断った。
16、すると、今度は警察署に行き拘留された。
17、起訴され裁判となるが<<弁護を依頼した弁護士は、着手金をもらうと逃走して二度と来なかった>>
18、仕方なく別の弁護士を頼む。
19、法廷では自分は無罪だと一貫して主張した。
この頃には、日本マスコミに話が流れテレビなどが多数取材に来た。
20、鈴木氏の父親が拘留所に来た。
マスコミのインタビューに<<憔悴しきって、、親不孝も、、孝行のうち、、、>>と、訳のわからないことを話していた。
((失礼ながら1994年当時、私は日本で暮らしていてテレビで観たが、この親は無知の塊で、これは相当厄介なことになると感じた、、、これでは息子をレスキュー出来ないだろう))
21、その後、裁判を重ねたが死刑確定判決、モンテンルパに収監された。
22、再審を何回も請求したが却下された。
マスコミの取材は継続された。
23、長年収監されていたが、フィリピン女性が何故か食物などを差し入れるようになり結婚した(らしい)
フィリピン刑務所は劣悪で差し入れがないと餓死する危険性がある。
多数の日本人が獄死している。
24、その後、事件から16年して大統領恩赦で解放された。
レストラン経営の日本人は、事件がマスコミに広がると日本に秘密裏に帰国して現在も逃走している。
鈴木氏は、必ず捕まえてやると執念を燃やしている。
以上
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