中国経済減速でも中国人訪日客が減らない理由
ビジネスマンであれば大国・中国の景気動向に敏感になるのは当然だろう。しかし、報道に振り回されては本質を見失う。私は旅行業とホテル事業にかかわる者として、ときに疑問を感じることがある。
8月上旬の人民元切り下げとそれに伴う株価の乱高下に「中国ショックだ」「リーマンショックの再来か」と嘆き、国慶節(10月1~7日)には「今年の爆買いはいかに!?」と息を詰めるように量販店の店頭を覗き込み、GDP(7~9月期)が6年半ぶりに7%を下回るや「バブル崩壊!」と、いよいよ隣国の経済が低迷期に突入したかのごとく報じる日本のマスコミ。
しかしGDP報道と同じ日の紙面では「訪日客消費2.6兆円」(朝日新聞)と、この1~9月に外国人観光客が日本に落としたお金が過去最高にのぼったと告げている。なかでも中国人が最大の「お客様」で、7~9月の旅行消費額でみると全体の46%が中国人の財布から出ているという。
新聞やテレビの、これらの報道を順に追っていくと、「2015年の前半は景気よく金を使ってくれたけど、中国の経済は(やっと?)厳しい局面に入った。もう旅行者も期待できない」と言いたげである。これまでの購入意欲もアベノミクスによる円安が追い風となったから、とか、訪日外国人消費(インバウンド)が伸びるのはせいぜいが2020年の東京オリンピックまで、など、自虐的といってもいいほど「外国人(特に中国)のお客様に期待してはならない」という論調が目立つ。
が、そんなことはない。
結論から言って、私はこれからもアジアのお客様、中でも中国人の訪日観光客は増え続けると考えている。第一に、中国人の日本旅行ブームは「まだ始まったばかり」だからだ。第二に約14億の人口という「巨大なスケールメリット」が理由として挙げられる。
訪日客激増の理由はただ一つビザ発給要件緩和に絞られる
今年(2015年)の訪日外国人数は前年の約1.5倍、1900万人が見込まれている。ここまで一気にインバウンドが増えた理由は、実は1点に絞られる。中国はじめアジア各国に対する日本政府のビザ発給要件が大きく緩和されたことだ。
中国政府が一般国民の海外旅行を認めたのは1997年。それまでは商用や留学など特定の目的が必要だった。日本政府も不法就労を恐れ、年収が数百万円以上の中国国民にしかビザを発給しなかった。
しかし中国は「世界の工場」として著しい経済成長を遂げる。国内の消費先細りに悩む日本政府は中国人の中流層を呼び込むため、2009年に発給を決めた個人観光ビザの収入要件を翌年に大幅緩和、また今年1月にも大きな要件緩和を行った。それは一定期間内であれば何回でも入国できるというものだ。下のグラフでは2015年は7月までの数値しか反映されていないが、そこまでで比べても訪日外国人のなかで中国人の占める割合が今年になって一段と増えていることがわかる(2014年17.9%→2015年24.9%)。
21世紀に入って中国の国民は「旅」を知った。統計によれば2000年から毎年10~12%の割合で旅行市場は膨らみ、国内旅行者は毎年三十数億人、海外旅行者も2014年にのべで1億人を超えた。この勢いが、先に述べた訪日中国人が減らないと考える第一の理由であるし、「1億人」という数字が第二の理由に挙げたスケールメリットだ。
現在、日本の人口は約1億2690万人。うち海外に出かけた人は2014年の統計で1690万人、人口比で13.3%だ。成長率▲0.06%(2014年)の国民でも、これだけ海外に出ている。かたや中国の人口は約13億6800万人。彼らが今の日本人と同じ程度、旅に出るとすれば、1億8000万人が海外旅行をすることになる。
計算が単純すぎる、と笑うだろうか? 確かに中国では政府が経済へ過度に干渉するリスクがあり、貧富の差も極端だとされる。また近年になって来日するようになった中国人は、日本でいえば年収400~500万円にあたる、いわばわれわれと同じ庶民である。いったん不況の波に襲われたら海外旅行どころではないはず、と想像するのもたやすい。
しかし、いちど知った「旅」の魅力を、人はそうやすやすと忘れないのだ。
日本人は不景気でも「旅」を続けた中国人も決して「旅」を止めない
中国の「バブル」がよしんば崩壊したとしても、中国人観光客は減らない。少なくともあと20年程度は高い数値を保ち続けるはずだ。それは日本人の過去を振り返っても自明である。
下のグラフは1980年から2012年までの日本人の国内宿泊旅行人数だ。日本人は年間でのべ約3億泊を旅先で過ごしており、この数字はここ30年大きく上下していない。バブルが崩壊して「失われた10年」が通過しても、人々は旅をし続けたのである。
生命と生活の安全がある程度確保されると、人は外部へとその触手を伸ばす。未知の環境においてあらためて立ち現れる自己が、心理学者・マズローのいう段階欲求の最高位「自己実現欲求」を満たすからだ。言葉の通じない外国で相手に自分の意思が伝わったときに感じる嬉しさ、誇らしさは自分の能力や感性を再確認する喜びなのである。これを一度知ってしまうと、人は日常生活だけでは飽き足らなくなる。
日本で外貨の持ち出し制限が緩和され、海外旅行が自由化されたのは1970年代になってから。農協ツアーなどの団体客がハワイ、ヨーロッパなどに繰り出した。SF作家の筒井康隆が彼らのマナーの悪さを強烈に揶揄した中編「農協月へ行く」を書いたのは1973年のことだ。
筆者は学生だったが、「友達の○○ちゃんが家族でハワイに行ったんだって」「じゃあウチもこの夏はハワイに行くか!」といった会話が周囲でもドラマでも頻繁に交わされていた。現在は中国の一般家庭でこうした会話が交わされていることが、ありありと想像できる。「まだ」1億人しか国を出ていないのだ。
先にも述べたように、日本人が旅に出る動機や回数は、高度経済成長の頃から現在までそう変化していない。年に一度、楽しみにしている海外旅行や恒例の家族旅行が、景気や為替の動向で増減することはあまりないのである。マスコミが懸念していた今年10月の「爆買い」も、結局は前年を上回る勢いだったという。中国株バブル崩壊は、日本への買い物ツアーに影響を与えなかった。
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