「姥ざかり」

田辺聖子著
昭和56年新潮社刊より

9、姥スター  ①

2021年09月18日 07時33分30秒 | 「姥ざかり」田辺聖子作










・四月は毎年、大さわぎである。

九十過ぎた叔母を連れ、
宝塚へお花見兼観劇にゆかねばならない。

私も宝塚は好きでよく見るが、叔母ときたら、
大正三年、宝塚少女歌劇創立以来の愛好者で、
演しものの変りごとに行く。

とくに、四月は初舞台生の口上を見るというので、
二回か三回は行きたがる。

切符の手配も、私の長年のファン仲間である、
さる会社重役夫人が口をきいてくれる。

花も見ごろ、さあ~~と思っている最中、
またウチのバカ嫁どもと電話で言い争ってしまった。

ことのおこりは、
亡夫の友人だった細木老人がボケたというニュースである。

細木老人は元々、
昔話と死んだ人のことしか言わない人であった。

世の中の新しいことに関心も興味もなく、
見るからに老人くさくて、ボケもするであろう。

長男の嫁がそれを聞いたといって電話してきた。

「お姑さんはよく外を出歩かれるから、
ウチのパパが『ワシの名刺、いつも持ち歩くようによういうとけ』
というてましたけど」

「ボケになる時はなるやろうし、しょうがおまへんな」

「そんなことないですわ。大丈夫ですとも。
お姑さんみたいにシッカリしてはる方は」

「そらわかりまへん。
梅田あたりの陸橋の上から一万円札ばらまくかもしれまへんデ」

私はふざけて言う。

この長男の嫁はマジメで融通の利かぬ女であるから、
私はいつもからかいたくなる。

「え~~っ!まさかお姑さん、
そんな現金お手もとに置いてらっしゃらないでしょうね」

「近ごろ株でちょっとばかし、もうけましたよってな」

「お姑さん、株やってらっしゃるのですか」

嫁はギョッとする。

「シロウト株なんて、そんな怖ろしいこと・・・」

嫁は泣き声を立てている。

「ラジオや新聞の株式市況が楽しみでねえ。
老いの楽しみ、いうてもよろし」

「でも株で身上すった、という話はよく聞きますから・・・」

「よう気ぃつけていたら、そんなことあらへん。
この間も三百万もうけましたデ」

「・・・」

嫁は黙ってしまう。

「そやけど、これもボケへんうちのこと。
ボケたら梅田の陸橋から一万円札ばらまいて交通マヒをおこすか、
牛乳箱へ一枚ずつほりこんで、お助け婆さんになるか、だす」


~~~


・次は理屈いいの三男の嫁。

「お姑さん、ボケの兆候でも出ましたの?」

この嫁はズケズケいいで、
ボケたかどうか、本人に聞いて失礼だとも思わない。

「ま、何にしても、宝塚見とったら、ボケにはなりまへん。
あれは動脈硬化をほぐすのに一番や。
あんたも見なはれ」

嫁はせせら笑い、

「何ですか、ああいうチイチイパッパは・・・もひとつ。
その分のお金を頂けたら、あたし春のブラウス買いたいんですけど」

チイチイパッパとは何や!
見ずぎらいでバカにしている。

春のブラウスより春の踊りの方が女には必要。

「私ゃ、もうけた分だけ、宝塚で遊びますのや。
それこそボケの妙薬」






          


(次回へ)

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