
・四月は毎年、大さわぎである。
九十過ぎた叔母を連れ、
宝塚へお花見兼観劇にゆかねばならない。
私も宝塚は好きでよく見るが、叔母ときたら、
大正三年、宝塚少女歌劇創立以来の愛好者で、
演しものの変りごとに行く。
とくに、四月は初舞台生の口上を見るというので、
二回か三回は行きたがる。
切符の手配も、私の長年のファン仲間である、
さる会社重役夫人が口をきいてくれる。
花も見ごろ、さあ~~と思っている最中、
またウチのバカ嫁どもと電話で言い争ってしまった。
ことのおこりは、
亡夫の友人だった細木老人がボケたというニュースである。
細木老人は元々、
昔話と死んだ人のことしか言わない人であった。
世の中の新しいことに関心も興味もなく、
見るからに老人くさくて、ボケもするであろう。
長男の嫁がそれを聞いたといって電話してきた。
「お姑さんはよく外を出歩かれるから、
ウチのパパが『ワシの名刺、いつも持ち歩くようによういうとけ』
というてましたけど」
「ボケになる時はなるやろうし、しょうがおまへんな」
「そんなことないですわ。大丈夫ですとも。
お姑さんみたいにシッカリしてはる方は」
「そらわかりまへん。
梅田あたりの陸橋の上から一万円札ばらまくかもしれまへんデ」
私はふざけて言う。
この長男の嫁はマジメで融通の利かぬ女であるから、
私はいつもからかいたくなる。
「え~~っ!まさかお姑さん、
そんな現金お手もとに置いてらっしゃらないでしょうね」
「近ごろ株でちょっとばかし、もうけましたよってな」
「お姑さん、株やってらっしゃるのですか」
嫁はギョッとする。
「シロウト株なんて、そんな怖ろしいこと・・・」
嫁は泣き声を立てている。
「ラジオや新聞の株式市況が楽しみでねえ。
老いの楽しみ、いうてもよろし」
「でも株で身上すった、という話はよく聞きますから・・・」
「よう気ぃつけていたら、そんなことあらへん。
この間も三百万もうけましたデ」
「・・・」
嫁は黙ってしまう。
「そやけど、これもボケへんうちのこと。
ボケたら梅田の陸橋から一万円札ばらまいて交通マヒをおこすか、
牛乳箱へ一枚ずつほりこんで、お助け婆さんになるか、だす」
~~~
・次は理屈いいの三男の嫁。
「お姑さん、ボケの兆候でも出ましたの?」
この嫁はズケズケいいで、
ボケたかどうか、本人に聞いて失礼だとも思わない。
「ま、何にしても、宝塚見とったら、ボケにはなりまへん。
あれは動脈硬化をほぐすのに一番や。
あんたも見なはれ」
嫁はせせら笑い、
「何ですか、ああいうチイチイパッパは・・・もひとつ。
その分のお金を頂けたら、あたし春のブラウス買いたいんですけど」
チイチイパッパとは何や!
見ずぎらいでバカにしている。
春のブラウスより春の踊りの方が女には必要。
「私ゃ、もうけた分だけ、宝塚で遊びますのや。
それこそボケの妙薬」



(次回へ)