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・若先生に注射してもらい、
おクスリをのむと眠くなり、眠ってしまった。
三回ぐらいインターホンが鳴るが、うち捨てておく。
カミもとかさず、お化粧もしていないので、
この姿を人さまの目にさらすのはいやである。
夕方、電話のベルで起こされた。
「今晩いてるか?」次男である。
また愚痴を言いに来るらしい。
「今晩はあかん」
「いつもあかんのやな」
「風邪ひいて寝てますのや。
朝からゴハンも食べんと寝るばっかりや」
「風邪ひいた?何してるねん。外ひょろひょろ、歩くさかいや!
ほな、誰も居てへんのか、西宮も箕面も来てへんのか、けしからんな」
長男と三男のことを言う。
「どっこも知らせてへんのや。ま、寝てたらなおるし・・・」
「一人でほっとかれへんやないか。くそっ、もう、そやさかい・・・」
次男はイライラする。
「西宮の嫁はんあたりが、いちばん無責任や。
電話しとくわ。長男のくせに」
「もうええ、あたしゃ、一人で寝るほうが気楽や・・・」
「なんで、病気なんかするねん!」
次男はボロクソに叱って切る。
たちまち、次々と電話がかかる。
~~~
・「どないしましてん、
さっきキヨアキから電話あったけど、病気やて?」
「大したことないけど、ちょっと熱出て、体だるい」
「医者に診せましたんか?
誰ぞおりますのんか、看護するもん。
医者来たとき、一人やったんか?」
「そや」
「そらまた格好わるい。
トシヨリの病人一人置いといて、医者はあきれよったやろ。
なんで医者より先にウチへ電話で知らせへんねん」
この男は私の容態より世間体が大事な男である。
「お母ちゃんはな、ひょっとしたら肺がんかもしれまへん」
「あほなこと、医者が何ぞ言うたんか?」
長男はうろたえる。
夜に入って長男の嫁から電話がある。
「お具合いかがですか。
今、お口に合いそうなもの、マサ子に持たせましたから、
使ってやって下さい。私が伺えばいいんですけれど、
ケンの入試が心配なんで、いえ、ついていってやるんですよ。
私立ですから早いんですよ。今年こそはと思いますわ。
じゃ、お大事に」
一人でしゃべって切ってしまった。
次に次男の嫁、
「お姑さん、まさか脳軟化症、ではないでしょうね」
「何を言うてんのや、私はそこまでいってませんよっ!」
次に三男の嫁、
「お姑さんはお風邪だと思っていらっしゃるらしいけど、
もしかしたら大きな病気の予兆かもしれませんし・・・」
「須美子さん、あんたのようなんを昔の船場では、
『牛のおいど』といいますねん」
「は?どういう意味ですか」
おいどはお尻、牛のお尻はモーシリ、
「物知り」をひやかして言った苦しいしゃれである。
「何でもよう知ってはる、ということ」
そのうち、孫娘の短大生であるマサ子がやって来た。
松花堂弁当とパック入りのお汁を持って。
「何か用事ある?」
マサ子はいうが、自分から考えるということはしない。
松花堂弁当は近所の仕出し屋から取ったらしい。
ひと口、ふた口食べて眠ってしまった。
~~~
・いろいろな夢を見る。
インターホンの音で目覚める。
外は明けていてもう八時である。
あたまはスッキリして、熱もないみたい。
ドアを開けたら、お政どん。
「ぼんぼんからお電話でご病気と聞いて急いで参じました。
急いでおかゆ炊きますよって、おあがりやす」
お政どんは、おかゆを炊いてくれながら、
夕べの弁当の中身も上手に暖めて皿に盛っていく。
「お政どん」
「へえ」
「おなかが空いてきたわ。
おかゆでは追いつかん。ビフテキが食べたいわ。
何や知らん力が出てきましたわ」
前沢番頭の分まで生きてみせたろ、
私はモヤモヤさんがあきれるくらい気力がわいてくる。
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(了)