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・宇治では、
京へ移転する準備で、
湧き立っていた。
美しい女房や女童を、
新しく召し抱えて、
みんないそいそしている。
中の君自身は、
物思わしい日々を送っていた。
この山荘を捨てて、
荒れるに任せるのも心細い。
父君、姉君の思い出の残る邸を、
去りたくはない、
といって強情を張って、
ここに籠るのも、
かたくななようだし、
中の君は思いあぐむ。
匂宮が、
「そんな不便な所にいては、
私たちの縁の糸も切れてしまう。
ぜひこちらへ」
と説得されるのも尤もと思われる。
移転の予定は二月はじめ。
その日が近づくにつれ、
山里の春の気配も著くなり、
中の君は、
山の霞を見捨てて去るのも、
心残りであった。
そのうちにも日は経って、
喪も明けた。
姉妹の喪は三ヶ月なので、
はや喪服を脱がねばならない。
薫からは移転のための車、
前駆の人々などがさし向けられた。
薫の配慮は細やかで、
美しい衣装も贈られてきた。
老女房たちは、
薫の実質的な気配りを、
ありがたく思い、
若い女房たちは、
もうこれからは薫を気安く、
見られなくなるのを、
淋しく思う。
その薫は、
移転予定の日の前日、
朝早いうちに来た。
中の君は、
気分がふさいでいるので、
薫に挨拶するのが心が重かったが、
女房たちに進められて、
薫に会った。
しばらくぶりに見る薫は、
目を見張るような美青年に見える。
中の君は、
姉君のことを思い出し、
しみじみと薫を見る。
薫は、
「お越しになる所の近くに、
私も近いうち移ることに、
なっています。
ごく近所ですから、
お気兼ねなくお声をかけて下さい」
とやさしく言う。
「でもただいまのわたくしは、
この家を去ることが悲しいばかりで、
京の家のことなど、
考えられもしないのです。
ご近所などとおっしゃると、
わたくしも思い乱れてしまって、
お返事も申し上げられません」
とぎれとぎれに言う、
物悲しそうな中の君が、
大君によく似ているのも、
薫の心を騒がせる。
移転の実際的な支度は、
薫が指図をする。
山荘の留守番としては、
かの髭の多い宿直人の男が、
残ることになっているので、
薫は近くの自分の荘園の者たちに、
いいつけて、
暮らし向きのことまで、
取り計らってやる。
老女房の弁は、
「こんな年寄りが、
京へお供しますのも」
と尼姿にかたちを変え、
宇治に残るという。
薫は弁に言う。
「私はこれからもここへは、
時々来るつもりだ。
誰もいなくては心細いが、
弁がいてくれると嬉しい」
大君とのあれこれを、
弁が心砕いてくれたことなど、
思い出して涙が出る。
年はとっているが、
尼そぎにした髪も、
昔はさぞ美しかったろうと、
思われる名残りもあり、
さすがに品がよかった。
大君に後れるよりは、
宇治川に身を投げて死にたかった、
と泣く弁を慰めて、
薫はわが悲しみもいつ果てるのか、
と呆然とした。
その夜は山荘に泊りたかったが、
もはや中の君が女あるじとなった邸に、
泊まるのは遠慮すべきであった。
薫は日の暮れた道を、
京へ帰った。
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(次回へ)