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・浮舟の母君、北の方は、
年はとっているけれど、
たしなみあるさまで、
綺麗に身を飾っている。
ひどく太っているところが、
いかにも「常陸殿」と呼ばれそうな、
田舎受領の夫人という感じ。
「亡き八の宮さまが、
娘を無情にお見捨てなさいましたので、
娘は人並みに扱っていただけず、
世間に軽んじられるのだと、
思っておりましたが、
今日、お目にかかり、
お話できましたので、
昔の辛さも忘れる心地で、
ございます」
北の方は長年の、
身の上話をした。
陸奥や常陸での苦労、
語りあう人もなかった、
田舎暮らしのあれこれ・・・
「自宅には子供たちが、
出来の悪いお粗末な子供たちで、
ございます。
やはり心配で落ち着きませんので、
帰ります。
この娘のことは、
あなたさまのお力で、
よき縁を結んでやって下さいまし」
北の方は頼み込む。
北の方のいう通り、
いい結婚をしてほしい、
中の君は思い、
浮舟をながめた。
娘は顔立ちも気だても憎めない、
可愛い感じである。
何かものを言う時、
亡き大君に、
不思議なほど似ている。
折も折、
薫の来訪を告げる声があった。
北の方は、
好機に胸をはずませた。
かしましいばかりの、
先払いの声がひびく。
人々が待っているところへ、
貴公子が歩み入ってくる。
(まあ、なんてすばらしい!)
北の方は見とれる。
御簾のうちから、
のぞき見しているのだから、
こちらの姿は見えはしまいけれど、
何となく気恥ずかしくなる。
(この方のご様子、
匂宮さまより優る、
といってもいいんじゃないかしら)
薫は内裏から直接、
二條院へ来たらしく、
前駆の者も大勢いる様子。
「昨夜、
后の宮(明石中宮)のお具合が、
悪いよし承って参内しましたら、
宮がお側にいられません。
お淋しかろうと、
宮のお代わりになって、
今まで侍っておりました」
薫は宮が内裏に泊られたのを、
見届けて、
中の君を訪ねて来たのである。
中の君は浮舟のことを、
薫にほのめかした。
「例の、亡き人によく似たひと、
実は内々でこちらに来ております」
薫は逢ってみたいと思ったが、
急にその気になれない。
薫は例のように、
物思わし気な口ぶりで、
中の君に訴える。
そうこうするうち、
日暮れてくるのも中の君は、
わずらわしく、
北の方もどう思うだろうと、
「今宵は早くお帰りなさいまし」
となだめて、
薫を帰らせた。
「それではそのお客に、
おっしゃって下さい。
私の願いは長年のこと、
突然の思いつきだと、
軽くあしらわないで欲しい、と」
薫はそう頼んで帰っていった。
(まあ、なんとご立派な)
かいま見ていた北の方は、
以前に乳母がどうか、
薫と結婚させてはどうかと、
いっていたことを自分は、
とんでもないとしりぞけてきたけれど。
「いかが?
思い切ってそうなされば」
中の君は北の方に、
薫の意向を告げた。
「薫さまは、
いったん思いこまれたら、
軽々しく変えたりなさらぬ方、
あの方もいまは内親王さまが、
ご降嫁になったばかりという、
ご境遇。
何かと煩わしいお気持ちにも、
おなりでしょうけれど、
薫さまに賭けて、
ご運を試されたらどうでしょう」
「そうでございますね」
北の方は深くうなずいた。
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(次回へ)