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・北の方は二、三日ばかり滞在し、
心のどかに邸内の暮らしぶりを見た。
匂宮が西の対においでになる。
北の方は拝見したくて、
物のすき間からのぞいてみると、
宮はまことに美しい男でいられた。
おそばには四位五位の連中が控えて、
北の方は彼らと夫を、
比較せずにはいられない。
自分が頼もしいと思う夫、
常陸介よりも容貌人品、
ずっとすぐれている。
また自分にとっては継子の、
先妻腹の息子は、
式部の丞で蔵人も兼ねているが、
息子は匂宮のお側にも近寄れない。
北の方は宮から、
視線が離せないでいる。
宮は若君を抱いてあやしていられる。
中の君と匂宮、
お二人は美しさといい、
気品といい、
お似合いのご夫婦だった。
それにしても、
亡き八の宮がひっそりと、
お暮しであったことを思い出すと、
同じ宮様と申し上げても、
大変な違い、
と北の方は匂宮の権勢を、
思わずにはいられない。
あたりのもの、
雰囲気すべてが気高くゆかしい。
北の方は、
わが家の財力を誇り、
驕った暮らしぶりをしている、
つもりであったけれど、
やはり身分低い、
ただびとのすることは、
限界があると思い知らされた。
(やっぱり血筋や品は、
争えない。
浮舟もそれでいえば、
こんな高貴な方のお側に置いても、
負けは取らないだろう。
父親が違う妹娘たちは、
同じわが腹を痛めた子ながら、
浮舟とはまるで品が違う)
北の方は一晩中、
これらのことを考え続けた。
宮は日が高くなってから、
お起きになる。
「后の宮(母宮、明石中宮)が、
お具合がよろしくないので、
参内しなくては」
とご装束をお着けになる。
今朝から参上して、
侍所で休んでいた人々が、
西の対へ参る。
その中に、
小ぎれいに身じまいしているが、
どうということない平凡な、
顔の男がいる。
宮の御前では目立たぬ存在である。
中の君付きの女房たちは、
御簾のうちから彼を見て、
「あれよ、あの人」
「あの人がどうかして?」
「あれが常陸介の婿の少将よ。
はじめは浮舟の君と、
婚約していたのに、
介の実の娘と結婚して、
大事にしてもらいたいといって、
まだ年端もいかぬ小娘のほうを、
もらったんですって」
「ほんと?
でも浮舟さまの方は、
そんなことちっとも言わない」
「あの少将の方から、
噂が流れてくるようです」
などと北の方が聞くとも知らず、
話している。
北の方は胸がどきどきして、
少将をよき婿がねと考えた、
自分の心も悔しく、
やっぱりたいした人ではなかった、
といよいよ少将を軽んずる、
気持ちになった。
匂宮は出ていかれた。
北の方は、
宮のお姿が消えると、
淋しさにぼ~っとしてしまった。
中の君の前へ出て、
言葉を尽くして宮を讃美する。
北の方はしみじみといった。
「お母さまが亡くなられたときは、
あなたさまはほんのお小さいころ、
お仕えする人々も故宮も、
お嘆きになったのですが、
こんなすばらしいご幸運に、
恵まれていらしたのですねえ。
母君と早くお別れになったこと、
宇治の山里で淋しくお育ちに、
なったこと、
そんなご不幸は、
みんなこのご幸運に、
めぐり合われるための、
ものだったのでございましょう。
それにつけても、
大君さまがお亡くなりになった、
ことは飽かぬ口惜しさでしょう・・・」
思わず涙をこぼした。
中の君も涙ぐんだ。
「薫の君さまは、
亡くなられた大君のお身代わりに、
私どもの娘を引き取って、
世話したいと、
弁の尼君におっしゃったそうで、
ございます。
それではと、
すぐお言葉に従えることでも、
ございませんけれど・・・
こんなこと、
私が申し上げるのは、
恐れ多いことですけれど」
北の方は、
浮舟の身のふり方に、
悩んでいることなど語るのであった。
それにこちらの女房たちも、
知っていることだしと、
少将のこともそれとなく、
打ち明けた。
少将が浮舟を軽んじて、
破談にしたことなど話した。
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(次回へ)