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・イシモチの如き魚のグリルを食べる、
魚を焼いて蒸したのが出てくるが、
たっぷり、どっしりした魚である。
給仕長のおじさんが、傍らのテーブルで、
器用にナイフを動かし、魔法のように、
骨をそっくりはずしてしまう。
温かい皿に、きれいに魚の身をならべ、
文字通り骨抜きをしてくれるのである。
魚の身を食べるときは、
日本人は箸に限ると思うが、
ナイフとフォークの技術にかけては、
西洋人もおどろくべき巧者なものである。
我々は、西洋人を不器用だと伝統的におとしめてきたが、
絶対、そんなことはない、と今度の旅行で開眼した。
お腹がでっぷり出て、
腕も脚も巨人のように太く、
はちきれんばかりの黒い服、
真面目な顔つきの、黒目黒髪の中年おじさん、
彼の手が大きいので、ナイフもフォークも、
手の中へかくれてしまいそうであるが、
ちょいちょいと動かしただけで、
皿の上の魚の肉はすっと骨から離れて、
きれいに身だけ、そっくり移動している。
「いや、それは西洋人は不器用といえませんでしょう」
とホトトギス氏も認めるわけである。
食卓のショーとして給仕長が、
ああいうナイフさばきを見せてくれると、
よけい魚がおいしく思える。
「日本では宴席で、
アユが出たりすると、
芸者はんとか仲居さんが、
アユの骨抜きをしてくれますな」
おっちゃんは日本を思い出したのかもしれない。
「そうですか、
そういうていねいな扱いをされたことがないから知りません」
ホトトギス氏はニベもなく答えている。
しかしあれは、何というか、
女の脂粉の香がついたりして、
私は、あまり好きではない。
しかもあれは、まず魚の身を箸で押さえ、
骨ばなれをよくしておかねばならない。
アユの姿は完全に崩れてしまう。
アユは味や香りと共に、
姿のよさを賞味する魚で、
一流料亭へ行くと、
皿の底に小石など敷いて、
その上に生けるがごとく、
アユが尻尾をピンと立て、
身を躍らせて横たわっている。
それを、
「ユサユサと、箸で押さえて姿を崩してしまっては、
カタなしですわ」
と私は反対である。
アユなどは、頭はともかく、
わんぐりと骨ごと食べるものである。
天然のアユなら、
骨をやわらかくて美味しく食べられる。
「そういうことですなあ」
と、ふだんなら脂粉の香の好きなおっちゃんも、
アユに関する限り、
女手が加わることは好かないようである。
尤も日本男児の中には、
魚は骨を取り、カニは身を出してもらわないと、
食べることができない、幼稚園児みたいな人がいる。
(私は現に見たのであるが)
そしてその男性のかたわらにいた芸者さんは、
せっせとカニの脚から身を取り出しては皿に並べ、
手が汚れたといって、洗いに立った。
私はそんなのを見ると腹が立つのだ。
「大体、モノを食べる、という楽しみの中には、
魚のあらだきの眼玉をほじくって吸うとか、
甲羅の内側の肉をつつくとか、
骨から身をむしるとか、
そんな作業も入ってるもんでしょ」
「そうそう」
「それを人に任せないと食べられないような男は、
モノを食べる資格はない。
じゃまくさいと思うなら、
いっそ食べないほうがよい。
過保護の弊害です」
「まあまあ」となだめられ、
しかしこの旅先では、
いくら腹を立てても、
美味しいものを食べている最中だから、
力が入らない。
給仕長の熟練した名人芸は美事であったが、
魚の味はかなり大味である。
焼いたり蒸したりして味付けしてこの程度なら、
台北の黄魚の料理の方が上であるあっさり。
黄魚も大味な白身の魚であるが、
片身はフライ、片身は煮つけにして出してくれる。
フライは日本のワカサギのフライに似て淡白でかるく、
煮つけは、豚の脂で煮るのだが、
絶妙の深い味がついて、
脂がギトギト浮いていながら、
口にふくむとあっさりしている。
それにくらべると、
ここのグリルは、やや愛想がない。
日本の刺身、たとえばタイのあらいの、
冷たく縮れてひきしまった身の歯ごたえとか、
芸術品のようなてっさ(ふぐさし)の美しさとか、
ヒラメのほの甘い刺身の繊細さ、
またカツオのたたきなどというたけだけしい美味に比べると、
ヴェネチアの魚料理は大味である。
尤も、ヴェネチアで私たちが入ったレストランはみな、
一人二千円から三千円見当、
店の構えは立派であるが、
この値段は日本でいうと、
高架下の小料理屋、
といったところではないだろうか。
値段は赤提灯なみである。
それで前菜、スパゲティ、メイン料理が食べられて、
ワインがつくのだから、
やはり安い。
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(次回へ)