「姥ざかり」

田辺聖子著
昭和56年新潮社刊より

6、蜻蛉日記  ③

2021年07月05日 08時29分19秒 | 「蜻蛉日記」田辺聖子訳










・明ければ天禄三年(972年)、
蜻蛉は三十七才、兼家は四十四才、道綱は十八才。

今年は夫に腹を立てたり、嘆いたりすまいと蜻蛉は思う。
この年、兼家は大納言に昇った。

もともと大将であったので、
これは飛ぶ鳥落とす勢いになったということで、
蜻蛉は大納言夫人になった。

知り合いの人たちが、
「おめでとうございます」と言ってくる。

蜻蛉にしてみますと、
「何か、ばかにされてるみたいだわ」
と日記に書いております。

しかし、兼家の昇進を道綱だけは喜んでいる。

ある時、兼家が手紙も寄越さずやって来ることがあった。
突然来たので、蜻蛉は考えることが素直でなくなる。

来る、と言わないのに突然来たのは、
きっと近くの愛人のもとへ行くつもりだったのが、
その女に何かの理由で追い返されたに違いない。

「心の鬼は、もしここ近きに障りありて、帰されてやあらむと思ふに」


またある時、夜寝ていると足音が聞こえる。
侍女たちもぐっすりと寝ている。

そのうち門の外が騒がしくなった。

「来たのかしら?
でも来ると言ってなかったのにおかしいわ」

そのうち、妻戸を叩く音がして、
「おい、開けろ」という夫の声がする。

侍女たちもくつろいだ格好でいるので、
戸を開ける者がいない。

蜻蛉が錠を外し、嫌みを言う。

「あなたがちっともいらっしゃらないから、
しっかりと錠をさしたので中々開かないわ」

兼家は、
「この家をさして一心にやって来たのに」

「さす」を掛詞にして冗談を言う。
侍女たちはあわてて逃げて行った。

その晩は蜻蛉にとっては、
思いがけないしみじみとした一夜になった。
夜っぴて嵐が狂いまわっていたので。

あくる日は雨が降っていた。
落ち着いた気持ちをあらわすように早春の雨です。
ゆっくりと兼家は起きだす。

普通の女なら、
「ゆっくりしてくれて、うれしいわ」
と思うところでしょうけれど、蜻蛉は、

「こんなにゆっくりしているのは、
私への情愛からではなくて、雨が降ってるからだわ」

と甘い考えを持つまい、と警戒している。
でも、兼家は機嫌がよくてにこにこしている。

夫の兼家がまた美しい。
それを美しいと感じたのは自分の夫としてではなく、
一人の男として眺めた。

そういう落ち着きというか余裕がやっと出てきた。


~~~


・現代でも神社の拝殿の前に階段があります。
王朝時代はあれが普通の家の寝殿(母屋)の南正面についていた。

兼家はこの時、四十四才、男盛りの美しさ、
その上、人生や自分自身に自信を持ち、
出世街道を走って行く昇り坂の時、
全身から男の気迫とか自信があふれ出ている。

それを蜻蛉はキャッチして、
「あ、見事だな」と描写する。
かなり大人の女になってきた証しでしょう。

彼女がやっと兼家の立派さを自分で発見して、
自分なりに男の値打ちを考える、
そういう能力が育ったというのは、
蜻蛉の人生が深くなったことではないでしょうか。

それから彼女は自分のことも考えるようになった。

ある時、父の家へ遊びに行って楽しい時を過ごして、
心弾んで帰宅すると兼家の手紙、
「今日、行くよ」とあります。

返事はしたものの、
(よもや来るまい。半分捨てられたようなものだもの)
しどけない恰好でいましたら兼家がずかずか入って来る。

化粧もせず、変な格好でいたものですから、
うろうろする。

兼家は右大将の地位にあり、
きちんと正装し、蜻蛉の家でごはんを食べたあと、
堂々と出て行った。

自分は見苦しかったんじゃないかしら?と、
鏡に顔を映してみると髪はぼうぼうで、
何ともいいようのない顔をしている。

(ああ、いよいよこれで愛想尽かしをされるわ)
自分を客観視した言葉が出るようになった。


~~~


・息子、道綱は大臣になれなかった。
蜻蛉には気の毒でかわいそうなんですが、
彼は六十六才まで長生きします。

が、まことに無能な男と言われている。
この時代の貴族は大変忙しい。

いろんな役目を言いつかっていて、
資料によく名前の出てくる人と、
さっぱり出てこない人があります。

一応、家柄本位の時代ですから家柄さえよければ上へ上がれる。
あまり仕事の出来ない人は役目がまわって来ない。

道綱は家柄と年の功で大納言まで上がりました。
彼には役目がまわって来ずヒマ人であった。

それから、生まれた時から大変神経質だった。
母親の愚痴を聞かされて育った・・・
道綱は母親の充たされない人生の穴埋めとして、
犠牲になった。


~~~


・蜻蛉はやっぱりあと二、三人は子供が欲しかった。
何といっても一人だと淋しくて仕方がない、
ということが書いてあります。

もう三十六才、
この時代のことですから生むのはあきらめている。

そして養女をもらおうと考えた。
うまくいけば道綱と結婚させるか?
蜻蛉は人生いかに老いるべきかを考える。

そんなことで、人に相談して、
「いい子がいたらお願いするわ」と言っておいたら、

「丁度、格好のお姫さまがいらっしゃいます」
と言ってくれる人があり、聞いてみると、

「兼家のお殿さまと、
源兼忠のお姫さまとの間にお生まれになったお子さん」
だと言う。

(あ、そういえば、そんなことがあったわ)
と蜻蛉は思い出した。

彼女は夫の浮気は一つ残らず覚えている。

源兼忠は陽成天皇の子孫で身分は悪くない。
その人の娘に結婚していない娘がいて、
結婚させる前に父、兼忠が死んだ。

そこへ兼家が言い寄った。
しばらく通ったが兼家は好き嫌いのはげしい男で、
嫌いとなったらパタッと通わなくなる。

その娘は女の子を生んで、
十二、三才になる娘と共に志賀の山里で暮らしているという。






          



(次回へ)

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