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・明ければ天禄三年(972年)、
蜻蛉は三十七才、兼家は四十四才、道綱は十八才。
今年は夫に腹を立てたり、嘆いたりすまいと蜻蛉は思う。
この年、兼家は大納言に昇った。
もともと大将であったので、
これは飛ぶ鳥落とす勢いになったということで、
蜻蛉は大納言夫人になった。
知り合いの人たちが、
「おめでとうございます」と言ってくる。
蜻蛉にしてみますと、
「何か、ばかにされてるみたいだわ」
と日記に書いております。
しかし、兼家の昇進を道綱だけは喜んでいる。
ある時、兼家が手紙も寄越さずやって来ることがあった。
突然来たので、蜻蛉は考えることが素直でなくなる。
来る、と言わないのに突然来たのは、
きっと近くの愛人のもとへ行くつもりだったのが、
その女に何かの理由で追い返されたに違いない。
「心の鬼は、もしここ近きに障りありて、帰されてやあらむと思ふに」
またある時、夜寝ていると足音が聞こえる。
侍女たちもぐっすりと寝ている。
そのうち門の外が騒がしくなった。
「来たのかしら?
でも来ると言ってなかったのにおかしいわ」
そのうち、妻戸を叩く音がして、
「おい、開けろ」という夫の声がする。
侍女たちもくつろいだ格好でいるので、
戸を開ける者がいない。
蜻蛉が錠を外し、嫌みを言う。
「あなたがちっともいらっしゃらないから、
しっかりと錠をさしたので中々開かないわ」
兼家は、
「この家をさして一心にやって来たのに」
「さす」を掛詞にして冗談を言う。
侍女たちはあわてて逃げて行った。
その晩は蜻蛉にとっては、
思いがけないしみじみとした一夜になった。
夜っぴて嵐が狂いまわっていたので。
あくる日は雨が降っていた。
落ち着いた気持ちをあらわすように早春の雨です。
ゆっくりと兼家は起きだす。
普通の女なら、
「ゆっくりしてくれて、うれしいわ」
と思うところでしょうけれど、蜻蛉は、
「こんなにゆっくりしているのは、
私への情愛からではなくて、雨が降ってるからだわ」
と甘い考えを持つまい、と警戒している。
でも、兼家は機嫌がよくてにこにこしている。
夫の兼家がまた美しい。
それを美しいと感じたのは自分の夫としてではなく、
一人の男として眺めた。
そういう落ち着きというか余裕がやっと出てきた。
~~~
・現代でも神社の拝殿の前に階段があります。
王朝時代はあれが普通の家の寝殿(母屋)の南正面についていた。
兼家はこの時、四十四才、男盛りの美しさ、
その上、人生や自分自身に自信を持ち、
出世街道を走って行く昇り坂の時、
全身から男の気迫とか自信があふれ出ている。
それを蜻蛉はキャッチして、
「あ、見事だな」と描写する。
かなり大人の女になってきた証しでしょう。
彼女がやっと兼家の立派さを自分で発見して、
自分なりに男の値打ちを考える、
そういう能力が育ったというのは、
蜻蛉の人生が深くなったことではないでしょうか。
それから彼女は自分のことも考えるようになった。
ある時、父の家へ遊びに行って楽しい時を過ごして、
心弾んで帰宅すると兼家の手紙、
「今日、行くよ」とあります。
返事はしたものの、
(よもや来るまい。半分捨てられたようなものだもの)
しどけない恰好でいましたら兼家がずかずか入って来る。
化粧もせず、変な格好でいたものですから、
うろうろする。
兼家は右大将の地位にあり、
きちんと正装し、蜻蛉の家でごはんを食べたあと、
堂々と出て行った。
自分は見苦しかったんじゃないかしら?と、
鏡に顔を映してみると髪はぼうぼうで、
何ともいいようのない顔をしている。
(ああ、いよいよこれで愛想尽かしをされるわ)
自分を客観視した言葉が出るようになった。
~~~
・息子、道綱は大臣になれなかった。
蜻蛉には気の毒でかわいそうなんですが、
彼は六十六才まで長生きします。
が、まことに無能な男と言われている。
この時代の貴族は大変忙しい。
いろんな役目を言いつかっていて、
資料によく名前の出てくる人と、
さっぱり出てこない人があります。
一応、家柄本位の時代ですから家柄さえよければ上へ上がれる。
あまり仕事の出来ない人は役目がまわって来ない。
道綱は家柄と年の功で大納言まで上がりました。
彼には役目がまわって来ずヒマ人であった。
それから、生まれた時から大変神経質だった。
母親の愚痴を聞かされて育った・・・
道綱は母親の充たされない人生の穴埋めとして、
犠牲になった。
~~~
・蜻蛉はやっぱりあと二、三人は子供が欲しかった。
何といっても一人だと淋しくて仕方がない、
ということが書いてあります。
もう三十六才、
この時代のことですから生むのはあきらめている。
そして養女をもらおうと考えた。
うまくいけば道綱と結婚させるか?
蜻蛉は人生いかに老いるべきかを考える。
そんなことで、人に相談して、
「いい子がいたらお願いするわ」と言っておいたら、
「丁度、格好のお姫さまがいらっしゃいます」
と言ってくれる人があり、聞いてみると、
「兼家のお殿さまと、
源兼忠のお姫さまとの間にお生まれになったお子さん」
だと言う。
(あ、そういえば、そんなことがあったわ)
と蜻蛉は思い出した。
彼女は夫の浮気は一つ残らず覚えている。
源兼忠は陽成天皇の子孫で身分は悪くない。
その人の娘に結婚していない娘がいて、
結婚させる前に父、兼忠が死んだ。
そこへ兼家が言い寄った。
しばらく通ったが兼家は好き嫌いのはげしい男で、
嫌いとなったらパタッと通わなくなる。
その娘は女の子を生んで、
十二、三才になる娘と共に志賀の山里で暮らしているという。
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(次回へ)