・婆さんは頂きものの着物をなでさすって有頂天で喜び、
石には見向きもしない。
「邪魔っけな石のかわりにこんな立派なものを頂いて、
あら、うれしや、勿体なや」
と着物を衣桁にかけておがんでいた。
幸い、夕立は止んでいる。
殿は車を家まで引き、早速、銀塊をひとかき欠いて、
「小助おい、これを売って、代わりに酒肴を買うてこい。
祝杯や、祝杯や!」
いや、おれも嬉しい。
「殿、これでご運が開けますな。
おめでとうございます」
盃をあげてお祝いをいう。
「これさえあれば、栄耀栄華は殿の思いのまま・・・」
「なかなか。座して食らえば山も空しじゃ。
あれぐらいのものはすぐ無うなってしまうわい。
わしは前々から考えとったことがあるのや。
世のため人のためにもなり、わしのためにもなるという・・・」
殿はにっこりと笑われた。
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・西の四条より北、皇嘉門大路の西に、
一面の湿地帯のところが一町あまり(100アール)あった。
なんとそこを殿は安く買われた。
持ち主は、こんなじゅくじゅくの土地に、
畠も作れまい、家も建てられまい、
どうしようもない土地と思っていたから、
買おうという申し出に大喜び、
物好きな奴もあるもんやとばかり、
二束三文で売った。
殿は、安く手に入れたといっても、
あんな湿地帯をどうなさるのかと、おれは気を揉んだ。
次に殿は摂津へ、船四、五艘、
ひらた舟という運搬の船を引きつれて行かれた。
難波の浦のほとりに引幕を張り巡らして、
台の上には酒、肴、めしを山のように盛りあげ、
また一方ではおびただしく鎌を用意させる。
「これはいったいどういうことで?」
「まあ、見ててみ」
「さあ、皆の衆。
寄っていって酒やめしを心おき無うやって下され。
その代わりこの葦を刈ってくれはったらよろし」
難波の浦はいちめんの葦、
そのそばに、酒やめしがあるから、往来の人はつい寄っていって、
またたく間に葦を刈って、酒肴、めしをふるまわれ、
「いや~、悪くない日当だて」と大喜び。
次々に聞き伝えて人々が集まり、
たちまち葦が刈られる。
三、四日もすると葦の山ができ、
それを今度は船十なん艘かに積んで京へ上る。
川をさかのぼるのに、またもや往来の人に、
「どや、皆の衆、手ぶらで行くより、
この舟の曳綱引いてもろたら、酒をふるまいまっせ。
たっぷり酒は用意しておます」
往来の人々もわらわらと集まって、
「なんやて。曳綱引いて上がったら、酒をふるまうてか。
よっしゃ、ただ歩くより、綱手引こか」
とみなみな声をそろえて、酒はたっぷり、
みな気持ちも弾んでたちまち鴨川の川口に着く。
そのあたりの車貸に車を借りて葦を運びあげ、
またも殿は呼ばわる。
「往来の皆の衆、この車を運んでもろたら、たっぷり酒を・・・」
そこでまた人々が群がり、
「やっこらさ、やっこらさ」と車を引き、あるいは押して、
山のような葦があっという間に難波の浦から西の京まで運ばれる。
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・さてその葦を例の湿地帯に敷きわたし、
その上にまわりの土を置いて埋めていくと、
みるみる宅地が造成された。
そこへ殿は家を建てる。
木を植える。
道を作る。
りっぱな町になった。
その南のほうを大納言・源定(みなもとのさだむ)という方が、
殿から買い取ってお邸をつくられた。
西宮のお邸というのがそれよ。
殿も立派なお邸を建てられ、
倉には財宝や米、酒が満ち、豊かになられた。
婆さんの銀塊が元手とはいうものの、
酒を飲ませて人を使うというやり方が、
いかにも愛嬌があるではないか。
人の足を引っ張って富を作る人間の多い世の中になあ。
えっ?愛嬌も所詮はアタマだって?
ちがいない。
アタマの使いようが違うってもんだろうなあ。
池の蓮の葉に雨がひとしきり降りそそぐ。
その音も和やかな笑い声にかき消された。
富めるお邸の庭は果てもつかぬほど広い。
闇の奥からかすかな管弦の音が聞こえるのは、
客人を招いてほととぎすの宴でもあるのだろうか。
巻二十六(十三)
(了)