「姥ざかり」

田辺聖子著
昭和56年新潮社刊より

14、百万長者になる法  ②

2021年08月05日 08時56分05秒 | 「今昔物語」田辺聖子訳










・婆さんは頂きものの着物をなでさすって有頂天で喜び、
石には見向きもしない。

「邪魔っけな石のかわりにこんな立派なものを頂いて、
あら、うれしや、勿体なや」

と着物を衣桁にかけておがんでいた。

幸い、夕立は止んでいる。

殿は車を家まで引き、早速、銀塊をひとかき欠いて、

「小助おい、これを売って、代わりに酒肴を買うてこい。
祝杯や、祝杯や!」

いや、おれも嬉しい。

「殿、これでご運が開けますな。
おめでとうございます」

盃をあげてお祝いをいう。

「これさえあれば、栄耀栄華は殿の思いのまま・・・」

「なかなか。座して食らえば山も空しじゃ。
あれぐらいのものはすぐ無うなってしまうわい。
わしは前々から考えとったことがあるのや。
世のため人のためにもなり、わしのためにもなるという・・・」

殿はにっこりと笑われた。


~~~


・西の四条より北、皇嘉門大路の西に、
一面の湿地帯のところが一町あまり(100アール)あった。

なんとそこを殿は安く買われた。
持ち主は、こんなじゅくじゅくの土地に、
畠も作れまい、家も建てられまい、
どうしようもない土地と思っていたから、
買おうという申し出に大喜び、
物好きな奴もあるもんやとばかり、
二束三文で売った。

殿は、安く手に入れたといっても、
あんな湿地帯をどうなさるのかと、おれは気を揉んだ。

次に殿は摂津へ、船四、五艘、
ひらた舟という運搬の船を引きつれて行かれた。

難波の浦のほとりに引幕を張り巡らして、
台の上には酒、肴、めしを山のように盛りあげ、
また一方ではおびただしく鎌を用意させる。

「これはいったいどういうことで?」

「まあ、見ててみ」

「さあ、皆の衆。
寄っていって酒やめしを心おき無うやって下され。
その代わりこの葦を刈ってくれはったらよろし」

難波の浦はいちめんの葦、
そのそばに、酒やめしがあるから、往来の人はつい寄っていって、
またたく間に葦を刈って、酒肴、めしをふるまわれ、

「いや~、悪くない日当だて」と大喜び。

次々に聞き伝えて人々が集まり、
たちまち葦が刈られる。

三、四日もすると葦の山ができ、
それを今度は船十なん艘かに積んで京へ上る。

川をさかのぼるのに、またもや往来の人に、

「どや、皆の衆、手ぶらで行くより、
この舟の曳綱引いてもろたら、酒をふるまいまっせ。
たっぷり酒は用意しておます」

往来の人々もわらわらと集まって、

「なんやて。曳綱引いて上がったら、酒をふるまうてか。
よっしゃ、ただ歩くより、綱手引こか」

とみなみな声をそろえて、酒はたっぷり、
みな気持ちも弾んでたちまち鴨川の川口に着く。

そのあたりの車貸に車を借りて葦を運びあげ、
またも殿は呼ばわる。

「往来の皆の衆、この車を運んでもろたら、たっぷり酒を・・・」

そこでまた人々が群がり、
「やっこらさ、やっこらさ」と車を引き、あるいは押して、
山のような葦があっという間に難波の浦から西の京まで運ばれる。


~~~


・さてその葦を例の湿地帯に敷きわたし、
その上にまわりの土を置いて埋めていくと、
みるみる宅地が造成された。

そこへ殿は家を建てる。
木を植える。
道を作る。
りっぱな町になった。

その南のほうを大納言・源定(みなもとのさだむ)という方が、
殿から買い取ってお邸をつくられた。
西宮のお邸というのがそれよ。

殿も立派なお邸を建てられ、
倉には財宝や米、酒が満ち、豊かになられた。

婆さんの銀塊が元手とはいうものの、
酒を飲ませて人を使うというやり方が、
いかにも愛嬌があるではないか。

人の足を引っ張って富を作る人間の多い世の中になあ。

えっ?愛嬌も所詮はアタマだって?
ちがいない。
アタマの使いようが違うってもんだろうなあ。

池の蓮の葉に雨がひとしきり降りそそぐ。
その音も和やかな笑い声にかき消された。

富めるお邸の庭は果てもつかぬほど広い。
闇の奥からかすかな管弦の音が聞こえるのは、
客人を招いてほととぎすの宴でもあるのだろうか。


巻二十六(十三)






          



(了)

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