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・私たちはデザートを食べることにする。
いまは端境期で、デザートはオレンジしかない。
私たちの注文を聞くと、
バの字は気を取り直した風に、
そばのテーブルでオレンジの皮をむいてくれた。
これがまた名人芸。
左手のフォークでオレンジの底を刺してしっかり固定したのを、
右の手のナイフでくるくると皮をむいてゆく。
細い皮が紐のように下へ垂れ、
指をオレンジにつけないですっかり剥き終ると、
フォークとナイフできれいに切って皿に並べる。
オレンジはローマでも食べた、
紫色の甘味の強いものであった。
バの字の手際があまりに鮮やかなので、
私は写真をとった。
バの字はニッコリしてウィンクしたりして、
こういうところも、
「愛嬌ありますなあ。
日本の男は真似できまへん」
とおっちゃんはいう。
「ワシも酒入ると、かなり愛嬌ようなるんやが、
奴らはシラフで愛嬌ええねんから」
ヴェネチアの町はせまい。
石畳の路地、石の橋をまがり、渡り、していると、
また見おぼえのあるところへ出たりする。
ともかく、サン・マルコ広場へ戻ればいいのだから、
二百リラ、七、八十円くらいのバス代ではなかろうか。
リアルト橋の両側はお土産屋になっていて、
それを突っ切ると、神戸の湊川市場のような、
大きい市場があらわれた。
野菜市場、魚市場と続き、
川向こうに柱廓のある古い宮殿や貴族の邸宅が見える。
乗り合いのゴンドラが岸を離れ、
人々は買い物の荷物を足元へおいて、
立ったままで乗っていた。
市場は古い建物の柱廓の中にある。
トマトやキュウリ、タマネギ、赤かぶ、にんじん、馬鈴薯、
ピーマン、キャベツ、ブロッコリーなど、
だいたい日本であるのと同じようなもののほかに、
珍しいのは、朝鮮アザミ。
釈迦の頭のような感じで盛り上がった大きなもの、
茹でてサラダにしたり、味をつけて煮たりしている。
茎は繊維があって固いので、
芯のところだけ食べるのであった。
一つ、二百リラ。
ヴェネチアの魚市場もかなり大きい。
そうしてここでは、出勤途中といったような、
カバンを掲げた男たちが、じ~っと魚や貝に見入っている。
私が行ったのはもう朝と昼の真ん中あたりで、
一商売済ませたのか、店をホースの水で洗ってる魚屋もあった。
ここでも広いまな板の上で、細身の刺身包丁を握って、
魚を三枚におろしている器用な手つきのおっさんが居り、
西洋人は「やっぱり不器用ではない」と思い入る。
魚は野菜より名の知れないのが多い。
シャコ、ボラ、舌ビラメ、タコ、エビ、イカ、など、
あとは、フグのごときもの、
イワシのごときもの、
あと、名前も思い当たらない大きな魚、
それに小さいカニ、バイ貝などが山と積まれてあった。
魚の値段は、日本よりはるかに安い気がされる。
ゴム長をはき、くわえ煙草で、
トロ箱を手鉤を使って片づけている、
黒いちぢれ毛の兄ちゃんなんか、
神戸の湊川市場そのままである。
ケンタッキーフライドチキンの爺さん人形のような紳士が、
眼光するどく、魚をじっと見つめ、
またエビやカニを視線をこらして見ているのは、
どういう料理をすればより美味しいかを、
いろいろ想像して楽しんでいるのであろうか。
男も材料を見て楽しむのが、
食い道楽のヴェネチア人なのだろうか。
市場には、気の遠くなるほど種類の多いチーズ屋もあり、
客は、あれを少し、これを少し、
とナイフで一片ずつ切り取ったのを、
たのし気に買い求めていた。
鶏屋は、若鶏の赤むけから、
ヒヨコのごときものまでぎっしりウインドウに詰め、
ハムのたぐいはこれまた一軒がハム専門、
軒から天井までさまざまな種類を売っている。
ヴェネチアの錦市場のようなところである。
海の幸に恵まれたヴェネチアの市民は、
口が奢っているのかもしれない。
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