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・所用があって夕方、車で出かけた。
私は運転できない。
ミド嬢が運転してくれる。
私は車に乗るのが大好き。
運転の労は省かれ、
専ら、外の風景を楽しめるから。
歩道の広い大通りへ出た。
街路樹がふさふさ茂って夕風が快い。
この時間、この大通りをゆっくり走るのは楽しい。
というのも、犬を散歩させている人が多いから。
そして私は、車の窓から、
犬にちょっかいをかけるのが大好き、
という困った性格だ。
信号で停まった横に、
同じく信号待ちの奥さんが連れている、中型の黒犬。
私は早速、おなかの中で黒犬にしゃべりかける。
犬は異能の存在であるゆえ、
声なき私の声が聞こえ、
尻目に私を見る。
利かん気らしい、精悍な面構え、
獰猛といっていい
私はひやかす。
<黒犬もいいけど、
犬は目玉も黒いから、どこに目があるのか、
わからなくて、対応に困るんだよね>
<ワイのワルクチいうかっ!>
と目をいからせる黒犬。
<悪口じゃないけど、
ちょっとくらい白いところがあったほうが、
愛嬌があるんやない?
全身まっ黒、墨のかたまりってのは可愛くないよ>
<うっせえ!一発、かましたろか>
<大阪弁で“面白くない”というのを、
“黒犬のお尻(いど)”というの知ってる?
“尾も白うない”のシャレ、ハハハ・・・>
<まだいうかっ、くそう!>
吠えかかろうとして、
奥さんに引かれ、こっちをねめつけていく黒犬。
次にきたのは、
注意深く、ゆったりと歩をはこぶ熟年男性に引かれ、
これももろともに風雪の歳月を重ねた、
というような、思慮深げな老犬。
これも犬ながら練れた表情。
しかしそれは老いたから練れた、
というものではなく、
持って生まれた性格と環境により、
ある種の境地へ到達した、
という仄かな教養をうかがわせる。
だからさっきの獰猛犬に対するように、
どや、おっさん、などとはいえない感じ。
私は口調を改め、
<いかがですか、毎日のお食事は。
おいしいもん、出ますか>
練れ老犬は品よい横目で私を見、
<ま、そこそこでんなあ>
<ハハア。
しかしまあ、そんなシケたことはおっしゃらずに、
威勢よく“最高やでっ!”とかなんとか>
<現実は現実でっさかいな>
老犬はゆったり歩くご主人のあとから、
同じくゆったり従い、耳を澄ますと、
ふたりは共に♪吹けば飛ぶような将棋の駒に・・・♪
と村田英雄を口ずさみつつ去っていく。
<は?何を笑ってらっしゃるんですか>
とミドちゃん。
私は思わず独り笑いをしていたのだ。
私は独りでいるとき、
テレビもラジオもあまりつけない。
何を見ても、上のごとく、
独りでいろいろ空想して独りで楽しむから。
独唱、独奏、独酌、などという言葉があるが、
私の癖は「独楽」というのか。
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(次回へ)