むかし・あけぼの

田辺聖子さん訳の、
「むかし・あけぼの」
~小説枕草子~
(1986年初版)角川文庫

43、大人

2023年03月30日 08時53分10秒 | 「なにわの夕なぎ」










・珍しい鉢植え無花果(いちじく)を頂いたが、
毎年、健気に四つ五つ実をつけ、
無花果好きの私を楽しませてくれる。

熟れたのをもぐと、
小さな蟻たちがあわてふためき、
逃げていった。

蟻は汚く思えないが、ふと考えた。
世に昆虫好きの少年、昆虫少年というのはいるけど、
昆虫少女、というのは聞かない。

<それはいえてる>と昭和党。

<友達に、子供時分から虫好きの男、おるけど、
定年の今も趣味の同好会に入っててな、
会員、男ばっかりやて>

王朝にも虫好きのお姫さまがいたと、
『堤中納言物語』の「虫めづる姫君」にあるけど、
それは珍しいからだろう。

なぜ昆虫少女はいないのかしら。

<相性が悪いんやろ>

と簡単にいうのは、よっしゃのよっしゃん。

雑駁な割り切り方だが、明快だ。

相性というのはまことに便利な言葉で、
万能膏薬のように、どこへでも落ち着く。

<そうね、小さいときの蝉取りも男の子だけだったし>

と上品夫人。

<男だけの仕事で、女がやらんもんに、寿司屋があるな>

と昭和党。

<回転ずしは知らんが、
男が握ってくれるから、すしが旨い。
女の握るすしは、食えん気がする>

なぜか私もそう。
これはフェミニズムに関係ないから、ふしぎ。

私も、白い帽子のおじさんや兄ちゃんたちが、
ごつい体つきながら清潔な指で、
器用に魚をとりあげて、あっという間に握ってくれる、
そのたたずまいが、まことにいさぎよくて清らかで好もしい。

<もちろん女のひとが、たおやかな繊手でもって、
情深く握ってくれる白いおむすび、
あれも大好きですけどね>

冷たいすし飯は男手がいい。

<あ、女の人って、手が暖かいから、
おすしに向かないのでございましょう>

とミド嬢は講釈する。

男がやって女がやらないもの、
あるいは男に見られる現象で女に見られないものを、
みな、しばし考える。

よっしゃんは、ビールをつぎつつ、

<今日び、ダンプでもオナゴ、動かしとるもんなあ。
くどくのも女からくどきよるし>

<うそつけ、よっしゃんくどく女なんて考えられへん>

一座騒然となる。

しかし私には一つ、
女のイメージとしてどうしても合わないものがある。

これこそ、昆虫少年と同じく、
男しか考えられない、存在。
 
つまり<大人(たいじん)>というタイプ。

寛仁大度、こせつかず、度量広く、徳高く、
接する者すべてが慕い寄っていきたくなるというような。

滋容というなら女にも考えられるし、
奇人・変人の女ならいるけど、
<大人>という女は、なあ。

<いや、いるかもしれん>

と昭和党。

<もう何があってもおかしいない世の中や。
涙は男の武器になってるし、な。
昔の男は涙を平手か拳で拭うた。
しかし今や男の政治家も泣く時はハンケチで拭いとる。
女にもいまに「大人」とやらが出るかもしれんなあ>

晩夏の涼風一陣、
吹き来たって、ビールの泡を揺らす夕ぐれである。






          


(次回へ)

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