・珍しい鉢植え無花果(いちじく)を頂いたが、
毎年、健気に四つ五つ実をつけ、
無花果好きの私を楽しませてくれる。
熟れたのをもぐと、
小さな蟻たちがあわてふためき、
逃げていった。
蟻は汚く思えないが、ふと考えた。
世に昆虫好きの少年、昆虫少年というのはいるけど、
昆虫少女、というのは聞かない。
<それはいえてる>と昭和党。
<友達に、子供時分から虫好きの男、おるけど、
定年の今も趣味の同好会に入っててな、
会員、男ばっかりやて>
王朝にも虫好きのお姫さまがいたと、
『堤中納言物語』の「虫めづる姫君」にあるけど、
それは珍しいからだろう。
なぜ昆虫少女はいないのかしら。
<相性が悪いんやろ>
と簡単にいうのは、よっしゃのよっしゃん。
雑駁な割り切り方だが、明快だ。
相性というのはまことに便利な言葉で、
万能膏薬のように、どこへでも落ち着く。
<そうね、小さいときの蝉取りも男の子だけだったし>
と上品夫人。
<男だけの仕事で、女がやらんもんに、寿司屋があるな>
と昭和党。
<回転ずしは知らんが、
男が握ってくれるから、すしが旨い。
女の握るすしは、食えん気がする>
なぜか私もそう。
これはフェミニズムに関係ないから、ふしぎ。
私も、白い帽子のおじさんや兄ちゃんたちが、
ごつい体つきながら清潔な指で、
器用に魚をとりあげて、あっという間に握ってくれる、
そのたたずまいが、まことにいさぎよくて清らかで好もしい。
<もちろん女のひとが、たおやかな繊手でもって、
情深く握ってくれる白いおむすび、
あれも大好きですけどね>
冷たいすし飯は男手がいい。
<あ、女の人って、手が暖かいから、
おすしに向かないのでございましょう>
とミド嬢は講釈する。
男がやって女がやらないもの、
あるいは男に見られる現象で女に見られないものを、
みな、しばし考える。
よっしゃんは、ビールをつぎつつ、
<今日び、ダンプでもオナゴ、動かしとるもんなあ。
くどくのも女からくどきよるし>
<うそつけ、よっしゃんくどく女なんて考えられへん>
一座騒然となる。
しかし私には一つ、
女のイメージとしてどうしても合わないものがある。
これこそ、昆虫少年と同じく、
男しか考えられない、存在。
つまり<大人(たいじん)>というタイプ。
寛仁大度、こせつかず、度量広く、徳高く、
接する者すべてが慕い寄っていきたくなるというような。
滋容というなら女にも考えられるし、
奇人・変人の女ならいるけど、
<大人>という女は、なあ。
<いや、いるかもしれん>
と昭和党。
<もう何があってもおかしいない世の中や。
涙は男の武器になってるし、な。
昔の男は涙を平手か拳で拭うた。
しかし今や男の政治家も泣く時はハンケチで拭いとる。
女にもいまに「大人」とやらが出るかもしれんなあ>
晩夏の涼風一陣、
吹き来たって、ビールの泡を揺らす夕ぐれである。
(次回へ)