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・常陸介の北の方は、
身の置き所もない立場だった。
連れ子の姫にばかり、
肩入れする偏屈物と思われるのも、
いやだし、といって、
妹姫の結婚の世話をするのも、
気が進まない。
しばらくどこかへ身を寄せたかった。
頼るところとては、
故八の宮ゆかりの宮の上、
匂宮の北の方、中の君しかいない。
北の方は手紙を書いた。
「これという御用もないのに、
お便りさしあげるのは、
失礼かと存じまして、
ご遠慮しておりましたけれど、
物忌みとて娘をしばらく、
方違えさせたく存じます。
お邸の中に人目につかず、
置いて頂けるようなお部屋が、
ございましたらまことに嬉しく、
人の数にも入らぬ私では、
この娘を庇い切れず、
不憫に思う世の中で、
ございます。
お頼りする先としては、
あなたさまのほかは、
ございませんのでどうぞよろしく」
中の君は、
北の方が書いた手紙を読んで、
可哀そうに思ったものの、
(亡きお父さまが、
わが子と認められぬままに、
なってしまった人を、
わたくし一人生き残って、
親類づきあいするというのも、
憚られる・・・)
と思い迷っていた。
(かといって、
見苦しいさまで落ちぶれよう、
とするのを聞いて、
知らぬ顔でいるのも気の毒なこと)
中の君に、
宇治のころから仕えている女房、
大輔の元に北の方は手紙をやって、
苦しい立場を訴えていた。
それゆえ大輔は、
迷っている中の君に、
取り成した。
「何かわけがあるので、
ございましょう。
無愛想に素っ気なく、
あしらわないであげて下さい。
こういう身分の劣った方が、
ご親類にまじっていられるのも、
世間にはよくあることです」
中の君は、
異母妹を預かることを承知した。
「こちらのお邸の西の廂に、
人目につかぬ部屋を、
しつらえます。
さぞむさくるしいでしょうが、
それでもよろしければ、
しばらくどうぞ」
北の方は大層嬉しく思って、
誰にも知られぬよう、
こっそり邸を出ようとした。
姫君も無論・・・
もうこれからは、
『源氏物語』の読者たちが、
呼びならわしたように、
この姫君を浮舟の君
と呼ぼう。
浮舟は、
異母姉の中の君にあこがれ、
親しくして頂きたい、
という心があったので、
こんなことになったのを、
嬉しく思っていた。
北の方は粗野な婚礼の宴に、
堪えられない思いだったが、
といって知らぬふりをするのも、
片意地のようではあるし、
じっと忍んで夫のするに任せていた。
新郎を泊める部屋、
供の者の部屋など用意するのに、
大さわぎである。
先妻腹の娘婿が東の対に、
住んでいるし息子たちもいるので、
余分な部屋はない。
浮舟が今まで住んでいた、
西の対に新郎の少将が住みついたので、
浮舟は追いやられて
廓の端などで住まなければ、
ならなかった。
北の方はそれが不憫で、
中の君に、と思いついたのだった。
二條院の西の対、
その建物に中の君は住んでいる。
その西の廂の北寄り、
人のあまり近づかないあたりに、
北の方と浮舟、
それに乳母や若い女房二、三人は、
しつらえた部屋に落ち着いた。
北の方は早速、
中の君に挨拶に行く。
北の方は中の君を見て、
(まあ・・・
非のうちどころのない、
盛りのお美しさ)
と感じ入った。
この春生まれた若君を、
あやしている中の君の、
幸せそうな様子をうらやましく、
見るにつけても、
わが身がかえりみられて、
せつなかった。
(この私だとて、
故宮の北の方の姪、
この方とは従姉妹の間柄、
故宮は私が女房というだけで、
私を人並みに扱って下さらなかった)
そう思うと、
こうやって押して参上し、
ご機嫌を伺おうとするのも、
面白くない気持ちであった。
お邸の人々には、
物忌みということに、
してあるので訪れる人もない。
三日ばかり北の方は滞在した。
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(次回へ)