むかし・あけぼの

田辺聖子さん訳の、
「むかし・あけぼの」
~小説枕草子~
(1986年初版)角川文庫

7、葵 ①

2023年08月20日 08時41分49秒 | 「新源氏物語」田辺聖子訳










・父みかどが退位されたので、
世の中はすっかり変わってしまった。

弘徽殿の女御がお生みになった、
朱雀帝が即位され、東宮は、
藤壺の宮のお生みになっら若宮である。

源氏は、
世のありさまがすべて昔と変わったので、
何となく物憂く、
それに今は右大将という重い身分になったので、
以前のような気軽な忍び歩きもできにくくなった。

あまたの恋人たちを訪ねていく機会も、
なかなか作れないので、
彼女たちから恨まれていた。

そして源氏としては、
藤壺の宮が、相変わらずつれなく、
源氏の秘めやかな文を無視され続けているのを、
お恨みしているのであった。

御位を譲られてのちの桐壺院は、
宮中を去られて、院の御所で、
藤壺の宮と仲むつまじく、
寄り添いお暮しになっていらっしゃる。

弘徽殿の大后はそれを妬ましく思し召すのか、
今は新帝と共に宮中にばかりいられる。

それゆえ、
藤壺の宮は、院と二人きりのご日常に、
お心も安らかであった。

ただ以前のように、
気ままに東宮にお会いになれないことだけを、
気がかりに思し召していられる。

「東宮にはしっかりした後見がいない。
ひとえにそなたに頼むぞ」

と院は仰せられ、
源氏はうしろめたく面を伏せつつも、
東宮を托されたことを嬉しく思うのであった。

帝の代が替ったので、
伊勢神宮の斎宮も替られることになった。

新斎宮は、
六条御息所の姫宮である。

亡き前東宮との間にもうけられた姫であった。

御息所は、この際、
斎宮となった姫宮について、
伊勢へ下ろうかと考えている。

まだ少女といってもいいほどの、
幼い姫宮を手もとから離して、
伊勢へやるのも気がかりだし、
何より、源氏の心があやふやで、
頼りにならぬのを思うからだった。

御息所は、
不安定な恋をわが手で断ち切りたかった。

桐壺院は、
御息所が伊勢へ下る決心をしたのを、
人づてに聞かれて、源氏にいわれた。

「そなたは、
あの方をどんなつもりで扱っているのか、
あの方は、私の弟になる亡き東宮が、
こよなく愛された方だ。
軽々しく、なみの女人と同じように、
扱っていい人ではない。
私も忘れ形見の斎宮を、
我が子と同じように思っている。
あの人をおろそかにしてはならぬ。
男というものは、
女人に恥をかかせたり、
悲しい思いをさせたりしてはならぬ。
女の恨みを買うようなことを、
するものではない」

とご機嫌が悪かった。

源氏は恐縮してうなだれていた。

院に訓戒されるまでもなく、
源氏は御息所を、
もっと鄭重に扱わねばならぬことは、
よく知っている。

正妻・葵の上がいても、
源氏がその気になれば、
ちゃんと結婚して御息所を、
晴れて源氏の夫人として、
世間に公表できるのだ。

身分ある男たちは、
正妻を二人、三人と持つのが、
世の習いだから。

しかし、源氏はそこまで決心がつかない。

御息所もまた、
年の違いを思い、
たえず控え目になってしまう。

それが愛情に屈折した影をもたらす。

そうして御息所が燃えれば燃えるほど、
二人の仲は微妙にたゆとい、
ともすればほどけがちな絆になってしまう。

御息所はあけても暮れても、
物思いは尽きず(疲れた・・・)
と思う。

それに彼女の恋には、
高貴な身分ゆえの悩みもまつわって、
よけい苦しくさせていた。

世間の人のみか、
院の耳にまで入ってしまった。

年の違いも恥ずかしく不似合いな、
と思っているのに、
まして年下の恋人に捨てられようとしているわが身。






          


(次回へ)

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