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・北の方は、
連れ子の姫と左近の少将の結婚を、
八月と決め道具類を新調した。
少将の方は約束した八月が、
待ちきれず結婚を急き立ててきた。
北の方は自分一人の考えで、
計画していることに気後れし、
相手の少将の思惑も心配になり、
この縁談を取り次いでくれた人が、
来たので相談した。
「何しろ、
父親のいない娘でございましょ、
私一人でやきもきしております。
うちには若い娘が大勢いますが、
面倒を見てくれる、
父親がついている娘は、
放っておいても、
良縁が得られるだろうと、
そちらは夫に任せ、
私はこの連れ子の娘のことばかり、
かまけております。
私もいつまで生きておりますか、
気がかりで不憫でなりません。
少将さまはものの情けを、
お知りの方でいらっしゃると、
伺ったので、
ご縁組を決心したのでございます。
もし、
お心変わりなさることでもあれば、
あの娘は世間の物笑いになって、
どんなに悲しいことでしょう」
仲人はそれを少将に伝えた。
「何?何だって」
少将の機嫌がいっぺんに悪くなった。
「それでは、
その娘は常陸介の、
実の娘ではないというのか。
そんなことは初めから聞かなかった。
介の娘でないとなれば、
世間の聞こえも一段と劣る。
婿として出入りするのも、
肩身が狭い。
よくも調べないで、
いい加減な話を持ってきたものだ」
仲人は困ってしまった。
しかしこの男は、
口達者なたちであった。
「いや、
実は私も詳しいことは、
知らなかったのです。
大勢の姉妹の中で、
とりわけ大切にしていられる姫、
ということだけは聞きましたので、
てっきり介どののおん娘に、
違いないと思っていたんです。
まさか他人のお子をお持ちとは、
思いもしませんから、
問いただすこともしませんでした。
決していい加減な話を、
持っていったわけではないんです」
仲人は中っ腹で答えた。
少将の方も、
つくろった上品さをかなぐり捨て、
本音をむきつけに出して言う。
「大体だな、
あんな受領風情の家へ、
婿として通っていくのは、
身分からいうと人聞き悪いことだ。
向こうが大切に世話してくれれば、
人聞きの悪さも帳消しになる。
しかし実の娘ではない、
というのは考えものだ。
世間の見る目は違う。
介の継娘をもらったというので、
おれが介の下になったように、
取沙汰するかもしれない。
そんな肩身の狭いこと、
おれには出来るもんか」
仲人は人に取り入るのが、
巧みな男で性質もよくなかった。
この縁談が成立すれば、
少将にも常陸介にも、
取り入るいい機会だと期待していた。
破談になるのが残念で、
熱心に少将を口説いた。
「介どののおん娘が、
お望みならお若くていられる方を、
お取り次ぎいたします。
介どのがたいそう可愛がって、
いられるらしいです」
「縁談の本人の異父妹か?」
「そうです。
お妹さんの方は間違いなし。
介どののご実子ですから」
少将は躊躇しながら、
まんざらでもない顔色。
「おれは女に惚れて、
申し込んだんじゃない。
介を見込んだのだ。
没落した名家は多いから。
少々は人に悪口をいわれても、
金だよ、金。
財力だ、財力第一。
暮らしに困らない、
安らかに世の中を過ごしたい。
だから、
介におれが言ってることを、
よくよく伝えて、
承知するようなら、
おれも無論異存はない。
妹のほうに変更するよ」
この仲人は、
妹が連れ子の姫に、
仕える女房だったので、
その縁で少将の手紙を取り次いだ。
しかし介には知られていなかった。
ところがこの男、
介の邸へ行って、
直接介の前へまかり出、
取り次がせた。
「左近の少将さまの、
お言葉をお伝えに参りました」
というので仕方なく会った。
仲人は、
無愛想な介の顔色を見ながら、
膝をすすめ、
「ここ幾月か前から、
少将さまがこちらの北の方に、
お便りなさって、
姫君に求婚しておられました。
北の方のご承諾もあり、
八月のうちにと、
お約束なさったんでございます。
ところが、
ある人の申しますには、
姫君は介どののご実子ではいられない、
ご身分ある公達が婿として、
お通いになるのはどうだろう。
ほかの婿君より、
劣った扱いで肩身せまくお通いに、
なるというのは、
どうも具合悪うございます。
少将さまはそれゆえ、
ただいまご思案中でいらっしゃいます」
仲人は言葉を強め、
「少将さまははじめから、
こちらさまの盛んなご威勢、
申し分ないご声望を信頼なすって、
ご結婚相手に選ばれたので、
ございます。
実子でない姫がいられるとは、
思ってもいられぬこと。
ですから最初の志望通り、
介どののご実子の姫を、
お許し頂ければまことに嬉しいこと、
ご意見を伺ってこい、
とおっしゃったのでございます」
常陸介には、
思いがけぬ話であった。
「ほう・・・
私は詳しく聞いておりませなんだ。
あの娘は、
本来なら私の実子同様に、
世話すべきなのですが、
ほかに娘も大勢おりまして、
それぞれ身のふり方を、
考えてやるのも大変なのです。
それを母親が誤解して、
私が連れ子に冷たいと、
怨みごとを申します。
その子について、
私に口を出させません。
ですからそんな縁談、
詳しくは知らず・・・
いや、実を申すと、
このお話はまことに嬉しい。
私の娘が・・・」
介は思わず口元がほころび、
「そもそも私めは、
少将さまの亡き父君、故大将どのに、
若くからお仕えしておりました。
お出入りの家来として、
若君を拝見しておりましたが、
そのころからすぐれた方で、
お慕いしておったのです。
ところが長年、
東国を歴任しておりますうちに、
ご無沙汰続きで、
ご機嫌伺いも致しませなんだ。
それがこういう嬉しい、
ご意向を伺いましょうとは。
申すまでもなく、
仰せの娘をさしあげるのは、
わけのないことですが、
今までのお望みを、
私が違えたように母親が、
思いはすまいかと、
ちょっと気になります」
これは脈がある、
仲人は嬉しくなる。
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(次回へ)