むかし・あけぼの

田辺聖子さん訳の、
「むかし・あけぼの」
~小説枕草子~
(1986年初版)角川文庫

9、東屋 ③

2024年06月14日 08時22分30秒 | 「霧深き宇治の恋」   田辺聖子訳










・仲人は嬉しくなって、
北の方の連れ子の姫に仕える、
妹の女房にも知らせず、
北の方の所へも寄りつかず、
少将のところへ行った。

少将は悪い気はせず、
顔もほころぶのであった。

大臣になるお望みがあるなら、
資金調節は任せてくれ、
などと介が言ったことを聞いて、
あまりにもむくつけき出方だと、
驚かされてしまう。

「ところで」

少将は言った。

「北の方には伝えたのか、
話がこうなったことを。
北の方がこの話を、
熱心にすすめていられたのに、
違えたのでは筋が通らないと、
世間では悪く取る者もいるかもしれぬ」

考えあぐねていると、
仲人はそそのかすように言った。

「なんの、
北の方もその姫君を、
ずいぶんお可愛がりで、
秘蔵の姫なんです。
ただ先のお話の姫君は、
一番上のお姉さんでいらして、
お年もいっていられるので、
ご縁談を振り向けられた、
というだけのこと」

今までは先の話の姫君を、
誰よりも大切にしている、
といっていたくせに、
今は手のひらを返すように、
そんなことをいう。

仲人口というものは、
いい加減なものだと、
少将は思いながら、
少将にも打算はある。

ここは、
北の方に恨まれ、
世間から少しぐらいそしられても、
将来の人生を思えば、
頼もしい後援者を確保するほうが、
大切である。

抜け目のない少将は、
そう決心した。

それゆえ、
北の方と約束した、
結婚の日取りを変更せず、
その日の夕暮れ、
介の邸へ出かけていった。

北の方はそのニ、三日前から、
結婚式の用意を人知れず、
急いでいた。

女房たちの衣装も新調させ、
部屋の飾りつけも、
趣味よくととのえた。

姫君にも身づくろいさせると、
まことに美しく清らかで、
少将などという身分の男に、
めあわせるのが勿体ないくらい。

(実の父親が、
わが子と認めて下さっていたなら、
たとえ父宮がお亡くなりになっても、
薫さまのご所望に従って、
この子をさしあげたかも・・・)

北の方の物思いは尽きない。

(でも、
こちらの気持ちだけ、
宮のおん子と思っていても、
世間では常陸介の子だと思い、
他の子と別だとは思わない。
また事情を知っている人でも、
宮がお認めにならなかったことで、
かえって軽んずるかもしれない)

北の方は悲しかった。

そんなことを悔みつつ、
婚期を逸してしまうのもむなしく、
やはり無難な身分の人が、
熱心に求婚して下さるから、
結婚させたほうが、
と北の方は決めたのであった。

結婚の日が、
明日明後日というとき、
そわそわと動き回っている所へ、
夫の介が入ってきた。

「わしに隠して、
何ということをしてくれたんだ」

常陸介は一気にしゃべり立てる。

「わしを除け者にして、
いろいろと事を謀ったものだ。
あの少将さまは、
うちの娘に思いをかけていられる。
それをこっそり、
お前は横取りしようというのか。
そんなことが出来ると、
思っているのか。
お前が大切に思う姫君を、
妻にしたいと思う、
公達なんているもんか。
こちらみたいに、
身分低いわしらの娘こそ、
お求めになるのだ。
少将さまは上の娘には、
気がすすまれないそうで、
よその家の婿に、
取られそうだったから、
同じことならわが家に、
と思ってわしの娘のほうを、
と、お受けした。
こういう次第だ」

介は人の思惑など、
かまわない浅はかな男なので、
いちずに言い募った。

北の方は聞くなり、
呆然として返事も出来ない。

情けなさがこみあげ、
涙がこぼれそうになるので、
そっとその場を去った。

姫君の部屋に来てみると、
姫君は可愛い様子で坐っていた。

(この美しさは、
誰にも負けを取らない)

とわれとわが心を慰める。

そうして姫君の乳母二人と、
嘆くのであった。

「情けないのは人の心。
私はどの娘も同じように、
扱っているつもりだけど、
この子が父なし子だと聞いて、
見下して妹の方を、
この子をさしおいて言い寄るなんて、
ひどい・・・
こんな情けないことを、
身近で見たり聞いたりしたくない。
主人があんなに喜んで承諾して、
いる様子。
私は一切この縁組には、
口出ししないでおこうと思う。
しばらくの間だけでも、
どこかへ行っていたいものだ」

北の方は涙を拭いて言った。

乳母もこのなりゆきに腹を立て、
悔しがったが、
気を強く引き立てて言う。

「いえもう、
これも姫君のご運勢の強さ、
かもしれません。
ご縁談がこわれてかえって、
よかったじゃございませんか。
あんなに情けないお気持ちの殿方には、
姫君のご器量のよさなど、
お分かりになりません。
大事な大事なお姫さまは、
心やさしく物の諸訳も、
よくおわきまえの殿方にこそ、
お引き合わせしとうございます。
それをいうなら、
薫さま。
あの大将どのでございます。
ご運に任せて、
ご決心なさいませ」






          


(次回へ)

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