・仲人は嬉しくなって、
北の方の連れ子の姫に仕える、
妹の女房にも知らせず、
北の方の所へも寄りつかず、
少将のところへ行った。
少将は悪い気はせず、
顔もほころぶのであった。
大臣になるお望みがあるなら、
資金調節は任せてくれ、
などと介が言ったことを聞いて、
あまりにもむくつけき出方だと、
驚かされてしまう。
「ところで」
少将は言った。
「北の方には伝えたのか、
話がこうなったことを。
北の方がこの話を、
熱心にすすめていられたのに、
違えたのでは筋が通らないと、
世間では悪く取る者もいるかもしれぬ」
考えあぐねていると、
仲人はそそのかすように言った。
「なんの、
北の方もその姫君を、
ずいぶんお可愛がりで、
秘蔵の姫なんです。
ただ先のお話の姫君は、
一番上のお姉さんでいらして、
お年もいっていられるので、
ご縁談を振り向けられた、
というだけのこと」
今までは先の話の姫君を、
誰よりも大切にしている、
といっていたくせに、
今は手のひらを返すように、
そんなことをいう。
仲人口というものは、
いい加減なものだと、
少将は思いながら、
少将にも打算はある。
ここは、
北の方に恨まれ、
世間から少しぐらいそしられても、
将来の人生を思えば、
頼もしい後援者を確保するほうが、
大切である。
抜け目のない少将は、
そう決心した。
それゆえ、
北の方と約束した、
結婚の日取りを変更せず、
その日の夕暮れ、
介の邸へ出かけていった。
北の方はそのニ、三日前から、
結婚式の用意を人知れず、
急いでいた。
女房たちの衣装も新調させ、
部屋の飾りつけも、
趣味よくととのえた。
姫君にも身づくろいさせると、
まことに美しく清らかで、
少将などという身分の男に、
めあわせるのが勿体ないくらい。
(実の父親が、
わが子と認めて下さっていたなら、
たとえ父宮がお亡くなりになっても、
薫さまのご所望に従って、
この子をさしあげたかも・・・)
北の方の物思いは尽きない。
(でも、
こちらの気持ちだけ、
宮のおん子と思っていても、
世間では常陸介の子だと思い、
他の子と別だとは思わない。
また事情を知っている人でも、
宮がお認めにならなかったことで、
かえって軽んずるかもしれない)
北の方は悲しかった。
そんなことを悔みつつ、
婚期を逸してしまうのもむなしく、
やはり無難な身分の人が、
熱心に求婚して下さるから、
結婚させたほうが、
と北の方は決めたのであった。
結婚の日が、
明日明後日というとき、
そわそわと動き回っている所へ、
夫の介が入ってきた。
「わしに隠して、
何ということをしてくれたんだ」
常陸介は一気にしゃべり立てる。
「わしを除け者にして、
いろいろと事を謀ったものだ。
あの少将さまは、
うちの娘に思いをかけていられる。
それをこっそり、
お前は横取りしようというのか。
そんなことが出来ると、
思っているのか。
お前が大切に思う姫君を、
妻にしたいと思う、
公達なんているもんか。
こちらみたいに、
身分低いわしらの娘こそ、
お求めになるのだ。
少将さまは上の娘には、
気がすすまれないそうで、
よその家の婿に、
取られそうだったから、
同じことならわが家に、
と思ってわしの娘のほうを、
と、お受けした。
こういう次第だ」
介は人の思惑など、
かまわない浅はかな男なので、
いちずに言い募った。
北の方は聞くなり、
呆然として返事も出来ない。
情けなさがこみあげ、
涙がこぼれそうになるので、
そっとその場を去った。
姫君の部屋に来てみると、
姫君は可愛い様子で坐っていた。
(この美しさは、
誰にも負けを取らない)
とわれとわが心を慰める。
そうして姫君の乳母二人と、
嘆くのであった。
「情けないのは人の心。
私はどの娘も同じように、
扱っているつもりだけど、
この子が父なし子だと聞いて、
見下して妹の方を、
この子をさしおいて言い寄るなんて、
ひどい・・・
こんな情けないことを、
身近で見たり聞いたりしたくない。
主人があんなに喜んで承諾して、
いる様子。
私は一切この縁組には、
口出ししないでおこうと思う。
しばらくの間だけでも、
どこかへ行っていたいものだ」
北の方は涙を拭いて言った。
乳母もこのなりゆきに腹を立て、
悔しがったが、
気を強く引き立てて言う。
「いえもう、
これも姫君のご運勢の強さ、
かもしれません。
ご縁談がこわれてかえって、
よかったじゃございませんか。
あんなに情けないお気持ちの殿方には、
姫君のご器量のよさなど、
お分かりになりません。
大事な大事なお姫さまは、
心やさしく物の諸訳も、
よくおわきまえの殿方にこそ、
お引き合わせしとうございます。
それをいうなら、
薫さま。
あの大将どのでございます。
ご運に任せて、
ご決心なさいませ」
(次回へ)