・大君のおもざしを伝える姫君に、
再び会いたい、
薫はそう望んでいるものの、
慎重な性格から、
世間体をはばかって、
すぐ実行に移すということは、
できかねた。
(何しろ、あの姫君は、
亡き八の宮の忘れ形見、
といっても今は常陸介の継娘、
身分が違いすぎる・・・
人聞きも悪い・・・
といってもこのまま、
思い切れそうもない。
あの姫を他の男の手に渡したくない。
常陸、といえば筑波山、
山かきわけてもあの姫を、
という思いは切なのだけど)
薫はあれこれ思いあぐねる。
姫君の母君の北の方は、
弁の尼から薫の意向を、
手紙で知らされていた。
(本気でおっしゃっているのかしら?)
という疑いを捨てきれない。
(それにしても、
よくお調べになったこと。
わが娘が故宮の忘れ形見だなんて。
あの君は、
あまりにも娘とはご身分が違い、
雲の上の人。
こちらが人並みの身分だったら、
もちろんためらわずに、
お申し込みをお承けするのだけど)
それからそれへと、
思い続ける。
というのも、
母君の北の方も姫君も、
常陸介邸では複雑な立場だった。
北の方は姫君を連れ子にして、
常陸介の後妻になった。
先妻はすでに亡くなっていたが、
その子供たちが数人おり、
北の方自身も常陸介との間に、
五、六人の息子や娘をもうけていた。
実の娘を常陸介は可愛がって、
「姫君」と呼ばせて大事にしている。
しかし連れ子の姫は、
他人扱いして差別する風があった。
北の方はそんな夫の心を、
冷たいと恨んでいた。
そのせいもあって、
どうかしてこの娘は、
他の娘より晴れがましい縁組を、
させてやりたいと、
明け暮れ大切に育ててきたのだった。
(幸か不幸か、
この子は飛びぬけて、
美しく生まれついた。
気品もまるで違う。
やっぱり宮家のおん血筋は、
争えない。
でもこの美しさと気品のため、
私は要らぬ苦労までしなくては)
とため息をつくのであった。
常陸介には娘がたくさんいて、
ちょっとした家柄の青年たちが、
恋文をよこしたり、
求婚したりしてきた。
先妻腹の二、三人はすでに、
結婚させ一人前にさせている。
常陸介も元来は、
賤しい出自の人ではなかった。
上達部(中央政庁の上級貴族)の家柄、
それに何といっても介は財産家である。
それゆえ身分のわりには、
気位高く体裁のいい暮らしぶりだった。
風流好みと自分では思っているが、
その性格は粗野で、
田舎じみたところがある。
若い時から東国の辺鄙な地で埋もれ、
半生を過ごしてきたせいかもしれない。
介は陸奥、常陸と歴任してきた。
言葉も東国なまりが抜けず、
権勢家を怖がり、
何かにつけ手抜かりなく、
用心深いところもある。
処世術に油断のない男であった。
笛を吹き、
琴を弾く風流には疎いが、
弓をたくみに射るという、
無骨なたたずまい。
そんな男があるじで、
凡々たる家柄ではあるけれど、
とにかく金持ちの邸の、
花やぎに釣られて、
美しい若女房たちが集まっていた。
いかにも成金趣味の風流騒ぎで、
心ある人が見れば、
にがにがしいかもしれないが、
世間にはそれらも、
いかにも権勢ある花やぎと、
うつるようであった。
求婚者の青年たちは、
派手な雰囲気にあこがれ、
心を燃やしていた。
その中に、
左近の少将といった、
年は二十二、三ばかり、
落ち着いた心ばせの、
学問のある青年がいた。
学問はあるけれど、
金には縁がないという身の上、
今まで通っていた女のところも、
縁が切れて今は常陸介の娘に、
思いをかけ、
熱心に求婚していた。
北の方は、
たくさんの希望者の中から、
少将に目をつけた。
人柄も難がないし、
しっかりした考えの青年、
その上風采も上品である。
彼以上にいい身分の男は、
うちなどと縁組することは、
ないだろうと北の方は思った。
となれば少将は、
最も有力な婿ということになる。
北の方は少将の手紙を、
連れ子の姫に取り次いで、
返事を書かせたりした。
義理の父は薄情けだといっても、
少将は娘をおろそかに、
扱うはずはあるまい、
と北の方は思い、
縁組を決心した。
(次回へ)