駒澤大学「情報言語学研究室」

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てらつつき【啄木鳥】

2023-11-15 20:23:13 | 日記
2012/10/07~2023/11/15 更新
てらつつき【啄木鳥】
                               萩原義雄識

 室町時代の古辞書である饅頭屋本『節用集』の初版本と増刋本における記載標記語には、全く異なる標記語を収載することに注目せねば成るまい。何故このように、初版と増刋と異なった標記を饅頭屋本は用いたのだろうかという編纂上の改編過程に注目して此の語彙を見ておくことにする。
 啄木鳥(テラツヽキ)。〔初版本・天部生類門59ウ②2〕
 →〓〔列+鳥〕(テラツヽキ)〓(同)。〔増刋本・天部畜類門59ウ②2〕
とあって、初版本では「啄木鳥」の標記語を採用し、和訓「てらつつき」の語を記載している。これを増刋本では「〓〔列+鳥〕(テラツヽキ)〓(同)」とし、単漢字「〓」と「〓」の二語を標記語として収載し和訓は同じく「てらつつき」と記載するようになるのである。この相異は、編纂者がまず、和語「てらつつき」の語に「啄木鳥」の語を示したことに始まる。
 この標記語は、平安時代末の古辞書、三巻本『色葉字類抄』、そして当代の易林本『節用集』にも採録された語となっている。
 次に増刋本で用いた「〓」も同じく三巻本『色葉字類抄』に採録する此の語は、それ以前の平安時代の源順編『倭名類聚鈔』にも用いられている。今その語例を小学館『日国』第二版を補助資料欄を以て示す。その前に輔仁『本草和名』、鎌倉時代の経尊編『名語記』などの語例を参照することができる。
 もう一つ、同で示された「〓」の語については、此の饅頭屋本が所載表記字としては最初のようである。
 そこで、現行の新潮『日本語漢字辞典』〔新潮社刊〕でこの字を繙くと、
 14980【〓〔列+鳥〕】6鳥 17画 レツ漢・レチ呉 意味鳥の名。啄木鳥(きつつき)。〔2521頁上段〕
 15002【〓〔谷+鳥〕】7鳥 18画 ヨク漢・呉 意味「蒼〓(クヨク)」は鳥の名。八哥鳥(はつかてう)。椋鳥(むくどり)の類で、中国南部から東南アジアに分布。他の鳥の鳴き声や人の言葉をまねる。〔2522頁中段〕
と、記載するに留まる。この語における実際の用例は未収載としている。因みに、此の辞典では、「けらつつき・てらつつき」の字用例は、饅頭屋本『節用集』初版の「啄木鳥」〔418頁中段〕にあって、「鳥の一類の総称。鋭いくちばしで木の幹に穴を開け、中にいる虫を食べる。足には鋭い爪(つめ)がある。◇「けらつつき・てらつつき」とも読む。◇「啄木(たくぼく)」ともいう。▼啐啄(そつたく)」と記載し、単漢字「堆」にも此の「啄木鳥」を引くようにみる。そしてやはり、実際の用例は未記載とする。
 この段階で、初版本の標記語が現行での辞典類に採用されていて、むしろ、増刋本の単漢字二語がある意味で特殊な字例ということになっていることは饅頭屋本『節用集』二種別の編纂意識の過程をどうみておくべきか、鳥名を三字熟語表記で表記するより、単漢字で表記することに当代の書記者たちが求めていたのかを知らねばなるまい。この点から連歌資料における魚鳥語句の取り扱いを考察することがその視座と言えよう。金子金治郎「南北朝連歌の一視点」〔広島大学「國語研究」KokugoKyoikuKenkyu_8_91〕に、
賦物にはまた一種の言語遊戯的な興味があった。賦島魚連歌であれば、鳥の名、魚の名をそれぞれ五十も読みこむわけであるが、そうなればありきたりの鳥名・魚名では間に合わない。当然耳馴れないもの、疎ましいものも出てくる。それは俳諸的興味を呼ぶものである。〔※傍線の附記は筆者が記載した〕
といった観点が働いていく結果をここに具現化しているとみては如何であろう。「ありきたりの鳥名・魚名では間に合わない」と高尚していく結果がこの饅頭屋本という古辞書編纂に如実に表出してきたとみる立場に今はある。そのなかで、飛鳥井榮雅編の増刋『下學集』との連関度合いが注目されてくる。このなかで、
 〓(テラツヽキ) 或云啄木。〔天部・畜類門65ウ⑤〕
とあって、標記語「〓」とした此の字例が吾人は饅頭屋本に何らかの影響を与えていたと見てきている。ただし、この語注記内容を丸ごと引用することはなく、「〓」字を配置した点は、上記連歌賦物の影響も反映していると考えている。

 室町時代の古辞書『温故知新書』に、
 〓(テラツヽキ)・鴗(同) 。〔て(梵字)部・中卷オ氣形門オ⑤4/5〕
とあって、これまた標記字を全く他の表記とは異にする。言わば、特異性の表記語例となっている。茲で、このあとに載せた『和歌集心躰抄抽肝要』の二つ目の「〓」字の「虫」扁に旁部「鳥」の単漢字は共通することからも、此の『温故知新書』と何等かの繋がりを有している証しとなっている。
 室町時代末の古辞書『運歩色葉集』
 啄木(テラツヽキ) 。〓(同)。〔元亀二年本・鳥名部370①〕
標記語「啄木」と「〓」の二種を所載し、
 室町時代連歌辞書『和歌集心躰抄抽肝要』に、
 啄木(寺ツヽキ) 。〔287①〕 孫(寺ツヽキ)。〓(同)。〔293⑧〕
とあって、標記語「啄木」「孫・〓」の三語を収載する。
 近世初期誹諧資料『毛吹草』夏部
 ひえ鳥 かし鳥 ましこ 〔列+鳥〕 虫くひ鳥
 つゞミ まめ鳥 ひたき むく鳥
とあって、「〔列+鳥〕」の標記語が用いられている。
 標記語のなかで周圏古辞書から饅頭屋本『節用集』増刋本の「〓〔列+鳥〕」の語はこのなかからは見出せない。
 江戸時代の元禄九年版『反古集』では、
 ・啄木 鳥ノ名也/又表具也
 啄木(タクボク) ダクボク/ダクリボクリ 〔太部諺─上ウ5〕
※字音「タクボク」の他に、「ダグボク」と「ダクリボクリ」の珍しい冠頭濁音表記の読みとする二つの和訓が記載されている。そのうえで、冠頭部には別に注記「鳥ノ名也/又表具也」と記載する。この「ダグボク」「ダクリボクリ」の語は象徴語の副詞となっていて、どのような場面に用いられてきたのかが今後の考察としたい。

《補助資料》
小学館『日本国語大辞典』第二版
てら-つつき【寺啄】〔名〕鳥「きつつき(啄木鳥)」の異名。《季・秋》*本草和名〔九一八頃〕「喙木頭一名堆一名斵木鳥、和名天良都都歧」十巻本和名抄〔九三四頃〕七「斵木 爾雅集注云斵木一名堆〈音列 天良豆々歧〉好食樹中蠹者也」*梁塵秘抄〔一一七九頃〕二・四句神歌「小鳥の様(やう)かるは、四十雀(から)鶸鳥(めひはどり)燕(つばくらめ)、三十二相足らうたるてらつつき」*色葉字類抄〔一一七七~八一〕「堆 テラツツキ 音列啄木也」*壬二集〔一二三七~四五〕「ふりにける杜の梢にうつりきてあかずがほなるてらつつき哉」*名語記〔一二七五〕一〇「鳥のてらつつき如何。答、寺つつき也。ゆへは、聖徳太子の逆臣守屋を誅罸し給て、守屋が館を没官して、四天王寺を建立し、仏法をひろめ給へりしを、守屋が亡魂そねみて、鳥となりて来て、かの寺をたたき損せむとせし時より、寺つつきとなづけたりと申す」日葡辞書〔一六〇三~〇四〕「Teratçutçuqi(テラツツキ)」*俳諧・誹諧通俗志〔一七一六〕時令・八月「啄木鳥 テラツツキ」【方言】①鳥、きつつき(啄木鳥)。《てらつつき》仙台†058日光†066江戸†058長州†122周防†122青森県三戸郡083南部084岩手県088091097宮城県登米郡115和歌山県那賀郡696島根県725《おてらつつき〔御─〕》和歌山県有田郡040《ちらつつき》福島県155《てらちちき》島根県仁多郡723《てらじゃあつつき・てらだちぎ》岩手県九戸郡088《てらとどき》石川県能美郡012《てらこつき》奈良県山辺郡675《てらこっき》三重県名張市・阿山郡585奈良県宇陀郡680《てらだま・てらだ》岩手県九戸郡088《てらこ》岩手県和賀郡095奈良県吉野郡686鳥取県東部042《てらそ》富山県東礪波郡402岐阜県飛騨497《てらす・ててらす》岐阜県飛騨502《ててらそ》岐阜県大野郡498《てらっぽ》長野県西筑摩郡岐阜県益田郡502静岡県磐田郡546愛知県北設楽郡553②鳥、あかげら(赤啄木鳥)。《てらつつき》奥州†040岩手県007宮城県栗原郡007和歌山県西牟婁郡007《おてらつづき》和歌山市007《てらほっき》岩手県007《てらほんずき》岩手県西磐井郡007③鳥、まさあきやまがら(─山雀)。《てらつつきめ》とも。東京都八丈島338④容姿を特につくろう女。おしゃれ娘。《てらそ》岐阜県北飛騨492《てらす・ててらす》岐阜県飛騨502《てらっぽ》岐阜県益田郡502【語源説】(1)聖徳太子が四天王寺を建立した時、誅罸された物部守屋の霊がこの鳥になって寺をつついたところからという名語記・日本釈名・東雅・日本語源=賀茂百樹〕。(2)「」虫ケラ」などをつつく、「ケラツツキ」の転〔東雅〕。「ツラツキツク(貫突々)」の義〔名言通〕。【発音】〈ア史〉平安●●●●○〈標ア〉[ツ]〈1〉【辞書】和名・色葉・名義・文明・伊京・明応・天正・饅頭・黒本・易林・日葡・書言・ヘボン・言海【表記】【〓〔列+鳥〕】色葉・名義・文明・伊京・明応・天正・黒本・易林・書言【啄木鳥】色葉・易林・書言【啄木】天正・饅頭・言海【斵木】和名【斲木】色葉【〓木・喙木鳥・孫・哲】名義【〓】饅頭【都盧鳥】書言

角川『古語大辞典』
てらつつき【寺啄】〔名〕鳥名。「きつつき」の異名。斵木、一名天良豆豆岐」〔和名抄〕「ことりのやうかるは、四十がらめひはどりつばくらめ、三十二相たらうたるてらつゝき」〔梁塵秘抄・四句神歌〕「扨、啄木とは、てらつつきといふ鳥の名なり」〔かたこと・二〕「守屋が亡魂と俗にいふてらつゝきといへる鳥、堂塔伽藍を突き崩す」〔伎・粂仙人吉野桜・初ノ口〕〕

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