駒澤大学「情報言語学研究室」

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はやて【颯】

2023-05-01 16:35:12 | ことばの溜池(古語)

2020/05/19 更新
はやて【颯】
萩原義雄識

小学館『日本国語大辞典』(略して『日国』)第二版には、(2 )の意味として「(かかると直ぐ死ぬというところから)疫痢の異称。」という意味説明がある。語用例としては、江戸時代の
*天野信景(あまのさだかげ)随筆『塩尻』〔一六九八(元禄一一)~一七三三(享保一八)年頃〕第六八に、
「小児暴瀉し頓に死するもの多し、(府下の庸医はやてといふにや)」
*『橘黄年譜』天保八年〔一八三七(天保八)年〕上卷に、
「吐利甚、脈弦数、身熱焼が如く〈略〉俗間称して早手と云。蓋迅速にして死するの意と云」と記載する。古辞書では、表記は、
  ①【暴風】文明・易林・書言・ヘボン
  ②【疾風】言海
といった二種の表記例に留まる。かな表記と漢字表記「早手」の併せて二例である。
 そこで、『塩尻』四十二(『古事類苑』方技部一七疾病三より)を閲覧してみると、小児暴潟し頻に死するもの多し、府下の庸医ははやてといふにや、諸藥驗なく見へし、○ ○ ○然るに医家必読曰、漿水散〈治暴潟如水一身尽冷汗出、猶脈弱気少不能言、甚者嘔吐此為急病、〉半夏〈一両蘭製〉良薑〈二匁五分〉乾薑〈砲〉内桂〈各五匁〉甘草〈炙五匁〉附子〈砲五匁〉右細末して、毎服〈四匁〉水二鐘煮一鐘服雲々、
とあることが明らかとなる。他に『日国』では未収載だが、『時還讀我書』卷下に、
 鎮西諸州ニハ夏月、小兒ノ暴利多ク行ハルトキケリ、筑前ハ其證最モ夥シ、  余{○多紀元堅}彼藩ノ醫青木春澤ニ乞テ、其概略ヲ録セシム、今コヽニ掲出スト云フ、暴利ハ多ク六月頃ヨリ八九月頃マデアリ、就レ中後稍涼風ヲ催ス時節最多シ

と云う記載があって、漢字表記「暴利」と記載されている。訓みは「はやて」かと推測するしかない。

 この「暴利」も疾病として、『古事類苑』は引用しているが、『日国』第二版には意味説明すら未収載なのである。今暫し、検証を重ねた上で取り込むことが必要となろう。
現在の方言では、(8 )流行病。《はやて》島根県仁多郡・隠岐島725(9 )疫痢。《はやて》長野県上伊那郡488 愛知県愛知郡563 名古屋市(疫痢に似た子供の病気)567としている。だが、現行の調査報告書には、疾病の語は「隠岐方言の特徴ー合同調査の報告を兼ねてー」(平子達也)〔二〇一八年、国立国語研究所共同プロジェクト〕
https://www2.ninjal.ac.jp/past-projects/endangered/report/research-report-on-okinoshima-dialect.html
にも残念ながら取り上げられていないことが確認出来た。
続いて、単漢字「颯」を和語「はやて」と読んだ資料は何処にあるのだろうか?探って見たいと思う。
 まず、最初に行った作業は「ふりがな文庫」へのアクセスであった。以下に示そう。
 疾風67.0%
 颶風14.3%
 暴風5.5%
 早手3.3%
 早手風2.2%
 迅風2.2%
 旋風1.1%
 暴風雨1.1%
 速風1.1%
 風1.1%
 (他:1)
ここには、「はやて」で「颯」字の漢字表記はゼロであった。吾人達が日常生活のなかで実際この文字とよみが「はやて」とするところは、人の名前に「颯」⇨「はやて」とし、人名漢字として幅広い人気があるようで、「颯」と書いて「はやて」と読める人は年々増えている傾向にあることが見えてきたのである。当然二字漢字の上位乃至下位にこの「颯」字を添えた人名は男女ともに多い傾向にある。いわば宛字、義訓として、通常の漢和辞典の読み方には「はやて」は未収載であり、パソコンなどでの漢字変換でも即座に入力しても出てこないことばとなっていることがわかる。あと名前では、「フウ」、「はやと」と読む人がいることが見えてきている。
《補助資料》
小学館『日本国語大辞典』第二版
はやーて【疾風・早手】〔名〕(1 )(「て」は風の意)急に激しく吹き起こる風。陣風しっぷうはやてかぜはやちかぜはやちのかぜはやち。*竹取物語〔九C末~一〇C初〕「はやてもりうの吹かする也。はや神に祈りたまへ」*夫木和歌抄〔一三一〇(延慶三)頃〕一九「波しらむ奥のはやてやつよからし生田かいそによするともふね〈藤原為家〉」*浄瑠璃・伽羅先代萩〔一七八五(天明五)〕二「思ひがけなく表(おもて)は恟(びっく)り。〈略〉はやてに逢し心地にて」(2 )(かかると直ぐ死ぬというところから)疫痢の異称。*随筆・塩尻〔一六九八(元禄一一)~一七三三(享保一八)頃〕六八「小児暴瀉し頓に死するもの多し、(府下の庸医はやてといふにや)」*橘黄年譜ー天保八年〔一八三七(天保八)〕「吐利甚、脈弦数、身熱焼が如く〈略〉俗間称して早手と云。蓋迅速にして死するの意と云」( 3)短期間に相場が激変すること。*稲の穂(大阪市史五)〔一八四二(天保一三)~幕末頃〕「多葉粉二三腹呑間に大高下来るを早手と言」( 4)(疾風)旧日本陸軍の四式戦闘機の通称。昭和一八年(一九四三)四月初飛行。単発単座。最大時速六二四キロメートル、航続距離一二五五キロメートル。【方言】(1 )旋風。つむじ風。《はやて》三重県志摩郡585 兵庫県淡路島052( 2)暴風雨。《はやて》愛知県愛知郡563 碧海郡564 滋賀県滋賀郡606(3 )暴風。《はやて》千葉県261和歌山県西牟婁郡690 和歌山市695( 4)寒明けに吹く突風。《はやて》静岡県安倍郡054( 5)夏の強風。《はやて》静岡県浜名郡545( 6)夏の夕立とともに起こる一時的な風。《はやて》愛媛県越智郡844(7 )驟雨(しゅうう)。《はやて》滋賀県蒲生郡612(8 )流行病。《はやて》島根県仁多郡・隠岐島725( 9)疫痢。《はやて》長野県上伊那郡488 愛知県愛知郡563 名古屋市(疫痢に似た子供の病気)567【語源説】「ハヤチ」の転〔東雅・大言海〕。【発音】〈標ア〉[テ][0](4 )は[0]〈京ア〉[ハ]【辞書】文明・易林・日葡・書言・ヘボン・言海【表記】【暴風】文明・易林・書言・ヘボン【疾風】言海

 


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