帰りゆくひとばかりなる二十五時どの人にとっても他人の街
何時間続けるのだらう歩行者を誘導してゐる娘明るし
歌人 高山邦男
ポンコツになった母だけど ~タクシードライバー歌人の日々~
真っ直ぐに行って右への突き当り母には遠いトイレへの道
渋谷から坂を上がりて居酒屋の窓に男女の背中が映る
踏ん張って一人で皆を背負ひたる満員電車の不器用を愛す
深夜小さな子を連れ帰るホステスに母親の顔ふんはり戻る
一等星しか見えなくて輪郭のはっきりしない街なり東京
可愛い母は要介護3幻にがんばろうねぇと発破をかける
満ち足りてゐてもかなしい夕酒を飲みつつ呆けた母の眼見つつ
あとどれ程生きられるだらう穏やかな死顔のやうに眠れる母
ここがトイレ?ここでするんでしょ?わたしがね
(自分でトイレに行けていたころの母が懐かしい)
ぐずる母寝かせ付かせて出るパート
もの言いの優しい母のうつろげな夜の徘徊東京の街
トイレまでの道が解らぬわが母が深夜一人で戦ひし跡
外に出ては駄目といふのは無駄なのかたった一つのお願ひなれど
接客はわがタクシーの仕事なり明日は明日楽しかるべし
笑い顔だけは昔の母にしてケイトウの赤い花をよろこぶ
夜の窓に日々訪ね来る人に向かひ母はにこにこ今日も手を振る
要介護3足は軽くて箸もてて息子の手料理ほめる母かな
(だれがかいごにんていするんじゃい??)
ポンコツになってしまった母だけど笑顔がぼくのこころを救ふ
人生の夕日とはこんな感じかなわれはまだ母に教はり生きる
わが母の叫ぶ声聞くいましがた