山の「性格」とその倫理
長谷川如是閑 著
山に対する関心が時代とともに変化して来たことは、我国のように古くから登山の習慣のあった所では、一層その感を深くするのである。
登山ということは、我国では一つの漠然たる活動で、その動機も効果も、全く意識されずに、ただ生の衝動……それは恋愛や、冒険や、好奇やと同じような……に駆られた一種の盲目的行動とも云えるものであった。それがためにおのずとそれが宗教と結びついて、その肉体と精神との活動の、人生に対する力を宗教的に把握するに至って、山の宗教が発達したのであった。
今日では、その衝動が、現代の科学と文学とによって精練された一種の文化的行動にまで発展するに至って、登山の記録も、現代文明の立派なドキュメントとしての形態をもつものとなった。
こうした過程を短期間に踏んで来た私どもは本誌の昨年十一月号に掲載された木暮氏の講話を読んで、あらためて今昔の感に堪えなかった次第であるが、ことに私はかくまで登山の形式内容の進んだ現代に於いて、木暮氏が我国の過去の登山の歴史を顧みて、そこに幾分執着の想いをもたれたことに、深い同情同感を禁じ得なかったのである。
というのは、いかに現在の山の関心が、科学と文学との洗礼を享けたそれであるにせよ、大多数の人間の登山の活動、山へ山への衝動は、やはり昔ながらの漠然たる生活の衝動として行われているものであるということを否定し得ないからである。
今日の山の記録に現われているような科学と文学とは、たとえそれが多数者の鑑賞の的となっているとはいえ、現実登山の興味を自から味う多数人は、その科学も文学も、恐らく少数者の所得として、自分自からの関心がそこまで到り得ないことを知っているに相違ない。それでいながら彼等自身が、山への衝動を感ずるのは、山の科学や文学に彼等自身徹底したからではなく、全く昔の人人と同じく、山そのものに対する生の衝動からのあこがれだということは、彼等自身自覚はしないが、全く免れ難い小火なのである。現在山をさして集まって行く大衆の大部分は、この範躊を出でないものの群であるといっても大過ないであろう。
そこから私は、昔の先覚者が、この大衆の衝動を宗教的に指導することによって、山そのものに一種の観念的性格を与えた、その指導精神の賢さを想わないわけに行かないのである。
彼等は、山を一つの性格として敬慕せしめる宗教的指導に成功したのであった。
これを今日の、科学及び文学による山への関心の指導様式に比べて見ると、ちょうど、智識や文学に於いて人間を観るのと、全人格的に人間を見るのとの相違に似ている。昔は山をその全人格に於いて憧憬せしめたのであったが、今は山をその智識と文学とに於いて憧憬せしめんとしているのである。
そのどちらがよく目的を達したかを考えて見ることが必要である。山への関心の、昔の指導精神は、木暮氏も語られたように、山に対する絶対的崇敬の精神を植えつけることに全く成功した。全国の都会にも農村にも、山の講社を持たぬ場所はなく、いやしくも山に登る一群が、ある種の登山者に制裁を加えるための暴行を、上高地か何処かで行ったという記事を見た時に、そうした暴力を絶対に排斥する私が、その暴行者の動機に幾分無理のない点かおるのではないかと感じたのであった。
無論、その場合の事実がどんなものであったかを知らないので、その事件に対して何ともいうことは出来ないが、私の乏しい経験によっても、最近は山を都会の延長……それもいわゆる場末興味の……でもあるかの如くに考えるものによって、山が文字通り荒らされている
ことを感じたこともすくなくないのである。彼等には山の科学も文学もあるのではなく、ただ一種「異国的」の興味を、山の空気に感じて、低劣な感覚的享楽を山に求めるに過ぎないのである。
そうした大衆を迎えようとして、都会人的の交通のためにケーブルカーの計画が、投資的に試みられ、二 三成功すれば、山という山にその計画を見ないものはないというほど流行的となり、それを「山の科学化」と唱える。女のような都会武士が、細身の太刀を落し差しにして、「武士の魂」を失わぬと誇っているのにも似た、「山の科学」である。
山の科学も文学も持たなかった昔の日本人の山への憧憬、それが今日の大衆の山への憧憬であるという事実は、高い文化層の人々の山の記録を見ているものには、ややもすれば忘れられる。そうしてその衝動は、いかに科学と文学とによってそれを方向づけようとしても、大衆の求めるものが外にある以上、とても徹底し得るものではない。多数の凡人の山に求めるものは、山そのものの全性格であって、その山の智識や芸術ではない。無論、智識や芸術がそれにプラスされることは、望ましいことであり、文明とともに必ずそうなる筈のものだが、そうなった後に於いても……つまり山の科学と文学とが大衆に徹底した後に於ても……山そのものの全性格に対する人間的の衝動が充たされない限り、山への人間的関心が正しく充たされたとはいわれないのである。
昔の先覚者は、この衝動的なるものに指導精神を与えることに成功したのである。従って山そのものの全性格的存在が毀損されないだけの用意が昔の人にはあったのであり、またそれが実践に於いて透徹されていたのである。
今の先覚者は、この衝動的なる発展に 任せで、都会的悪趣味によって山の全性格が失われることを顧みない。そうしてただ科学と文学とを与えようとしている。今日の教育の欠陥が、山への関心にもそのまま現われているといわざるを得ない。
そのことは何よりも、山の景観の破壊に現われている。なるほど、今の山岳家等は、山の地質学や生物学や考古学や史学やを丹念に詮索する点に於いては、昔の人の想い及ばなかったほど高い、深い所に達しているが、山を全性格に於いて観るという点では、全く昔の人に及ばない。山の景観というものが、山の全性格の表現であって、その科学や文学の形骸ではないということを今の山岳官達は知っていない。
科学と文学といって、ここに科学とならべて文学をいうのが穏やかでないことを、私は気付いていない訳ではない。山の文学は、全性格的に山を見る人々にのみ与えられる宝である。山の文学の近年の発達を私は全く知らないのではない。ことに女性山岳官等の山のセンチメントの表現の巧みさには驚きをさえ感じている位である。
そういう私が、今の山の文学を山の全性格的理解に於いて充分でないかのようにいわざるを得ないのは、今の山の文学には山の景観について、それを人間との関連、人生との交渉に於て観るという精神に不足があることを観ているからである。
私はかつて、もう十数年前に故人となった私の友人の、神戸の画家岡本月村が、朝夕神戸から大阪に通う電車の窓から六甲山を見ると、一口としてその自然の色彩が同一であったと感じたことがない、見る度毎にその色彩は千変万化していると語ったのを聴いた時に、私は自然の景観を画家はそう見るのが当然だが、私達社会人は、その六甲山の自然が日々人間のために破壊されて行くのを見て、その「自然」とは何であるかをしっかり把握することも出来ない癖に、それが日日破壊されて行くことに限りない痛恨を感じないわけに行かないと語ったことがあった。
画家のように山の色彩を芸術的に感ずる教養もなく、科学者のように山の科学をくわしく観る眼もない一般社会人は、しかしながら、両家や科学者に劣らず、或はそれらの人々よりも強く。山への衝動を感ずるのである。
それはただ山の自然が一つの全性格として、人間の精神と肉体とに与える力を、その力そのものとして感じるからである。しかしてそうした意味の山への関心こそ、人間と自然との本来の交渉なのであり、人間の自然愛の最も本質的なるものなのである。
だから人間の肉体と精神とに対する、自然の力としての山の全性格を損ねないことが、山への人間的関心に意義あらしめる最も根本的の道なのである。しかして山の景観が、人間の風格のごとくに、山の性格を表現する対象なのである。
この意味の山の景観は、あながち冒険的によってのみ達し得る山の塙・珀に限定される理由はない。昔の山麓の村が山の空気を象徴していたように、今は自動車も通う上高地のような所にも、それか象徴されねばならぬのである。それは住居の気分に於いて、門前から玄関までの景観さえ重要の部分をなしているのと異らない。
しかるに、今の人々の山に対する関心には、そうした「全体」の感覚に乏しい。周囲の地帯の均質学的構成を見たり、植物の分布を検したりすることし知っているが、そうした地質や植物が何を人間に感覚せしめるために存在するかということを却っていない。
従ってそういう景観を背景にして、奇怪な建造物かあったり、不調和な人間が蠶動していたりすることを何とも思っていない。自然は自然、人工物は人工物、人間は人間、といったような離れ離れの存在のように観て、それらの綜合が、無意味な、不可解な、時には、賄賂な「全体」に堕していることには一向に無関心である。
彼等が、人跡を超越した雲上の雄大な山の景観を尊重するのはいいが、それをあたかも、額縁に入れられた絵画のように孤立の存在として見ようとする。全くそうした景観の間違いを、その何尺何寸の形に於いて賞翫しているのと異ならない。
それは決して生きた、現実の山の景観を賞する道でもなければ、愛する道でもない。昔から月はただ小さい円い光だが、それをただ空の上に見るだけを「観月」といわないし、その月の天文学的写真を見て、月を見たとは感じなかったのである。月を観るということは、自分の環境に於いてそれを見ることで、対象の月よりはむしろそれを見る自分の環境が大切なのである。「観月」という伝統をもっている日本人は少くとも月に於いては、それだけのことを知っているが山となるともうそれを忘れている。自然の山の景観を仰ぐのに、ただ対象に気をとられて自分を忘れている。山を見て人間を見ない。
だから人間に踏まれない所だけは、自然が損われないが、いやしくも人間の足の至る地点の自然は無残に破壊される。それを、今の山岳家等は何とも思っていない。
箱根の芦ノ湖、日光の中禅寺湖といったような、特殊の景観に恵まれている自然も、湖水こそどうすることも出来ないためにそのままであるが、全体の景観は、見る所もなく破壊され、又現に同じ破壊過程を発展せしめつつある。そうなるともういわゆる山岳家は、そういう所を破履の如く棄てて顧みない。いわゆる山岳家のうちで、今もなお芦ノ湖や中禅寺湖を口にしたり気にしたりしているものがあるだろうか。その自然の破壊を嘆く代りに、彼等は、無慈悲の親と同じく、損われた自分の子供を棄てて顧みないのである。
もし中禅寺湖や芦ノ湖が、今も人跡至らぬために自然の景観を保存した湖水だったら、山岳家達は、どんなにそれを、口にして筆にすることであろう。その自然を、見る影もなく、人間に損われた故に、彼等はもはやそれを棄子のように顧みないのである。それほど自然の損われたことを憎むならば、彼等は、そうした自然の破壊を一つの大なる罪悪とする精神、昔の人々が山の一木一石をさえ動かさなかったような精神と趣昧とを、その科学や文学とともに何故高調しないのであるか。
人間を科学者たらしめ文学者たらしめんと努力して、人格者たらしめる道を忘れているということを非難するものは多いが、いかにそうした非難者自身が上すべりの附焼刃であるかは、彼等の自然に対する道が、その性格の忘却に於いて徹底していることによって明かである。自然に対する道を知らぬ人間が、人間に対する道を知っているわけがないではないか。
山そのものの全性格を表現する景観は、ただその山そのものだけの孤立の現象ではない。それは人間の性格が社会的にのみ意義をもつ存在であるのと同じである。我あっての我である如く、人間あっての山である。我の道徳的性格と対する時、我の性格がそれに共鳴同化するごとく、山の全性格の裡に、人間は、その肉体と精神との、特殊の緊張を感じ、そこに性格的反響を見ねば已まぬのである。山を尊重する道は、山そのものをしてそうした性格の力を失わざらしめるということの外にはない。
科学と文学とを誇る今の山岳家にはその基礎的の精神が欠けている。
大衆は山に対する自分の肉体と精神との衝動を、正しく指導されないために、山はただ自己の劣情の玩弄物とすることを知って、山の性格の力を感ずることを知らない。
私は恐らく少しばかり……又は大いに……言い過ぎたであろう。それは私がこういう近頃の山の空気い飽き足らないために、近年余り山に親しまないために、で多少余計に考え過ぎているのかも知れない。それならば寧ろ満足である。