今泉準一 編 元禄江戸俳書集 白帝舎
延命冠者・千々之丞
放 言
此の道をおもてとして裏坐敷をかまへ妻子を遠ざけ在家出家の閑をもとめて友なふ人のしは/\も心は止水に同し魚を観て鹿にしたがはずといへともより/\の塵垢を払って山屐田衣の佗を知る事小楽の至れるもの也。かく安頷の人果にふける事我国我代しろしめしてより」ォ此かた神慮仏皆自得心通の理にもれさる民の賑によるものならしかしされは、住吉の四節をわすれす佃鴫に渡りて藤波かかる松蚊遣火たつる家居しきつのうらに似通ふめる品川の沖よりかみつさの山なみ富士扇形の夕日漁舟の月に心すまし、一声越る浜千鳥のあとさきかたらひ置し発句ともを事のはしめとして」一ウとり集めたる物人にしられかましく名も恥しとおもへと是をさして延命冠者千々の丞といはんと云。その義ゆへありすみよしの神翁と顕して海青楽を舞たまふも友成が感応に逢る相生のためしそかし、今此鴫も末の代にさかへて沖津しら浪声そふる松苗をはこはしめんにはなと一十竹が私と云へからす波うるはしき」ニォ花の集といひあし引の山伏かしはさと名付て姿だみたるものさへや古人のなつかしき便にひかれしためしなるをくるしかるましき私事(シワサ)なりとて春湯に句水を添るのついて硯とりて筆をかり侍る序ならば猶目に付詞をもつゝけまほしくや此の事けふにはしまれるにあらすと云て一揖の猶予をのへたり多少の」句品沙金石玉のましへを分ケさるは恨を益て道にうとからん事を煩ふにやといへは、一十竹か心それしかにはあら敵と云文字をひとしく共よませたれは是非一箭と存と云、いと興あり
元禄丁丑若葉の後 晋其角序 □□ 印
自 訳
あらゆるさし合をくりて輪廻の沙汰に及ぶ事やき鳥に緯付たる詞なり、油揚は釈教にて棒に打越を可嫌なと持ってまはりたる了簡也しほ鯛も干鮭(からさけ)も生類と云のゝしろ俳除は舌に及はすと示されしに大根のからみを見分かねて此道の進速にまとひながら」三ウ去年花鳥鰂(いか)といへる集を絹て傍門の雅子をなくさめける其外の薙粒すいものたべ残シけるを恨といへり此つぶやきを市中の紛編みとかもてなすへしと云のはし置侍るに此春一子疱瘡になやみけるをめおと守りあかす神ミ事トと云
清浄なる床に硯を寄セ看抱のたれかれ志有面々の云捨をかきつゞり一日は我カ頼む程か佃の」四方御柳奉納の句おもひ寄て日記のはしめとす
此藤のかたしけなさよ礼参り
これに次かれにいひ流してしどけなさ巻々は何とも一冊と成ぬ彼三番の翁の舞今一さしと悦の酒湯かけ特る日晋子に序をこひて延命冠付と名付たれは沾徳跋を加へ侍るをあとの太夫殿に」四ウ颯と見参の面を引掛て千々の丞と名付て下巻とす
鈴ふり立し親馬鹿の心を子にめてし事そおもひゆるしたうべよと也またまきことに云捨しさし合共わさともうけたるにはあらねと寸心の屈る事殊に俳諧の障昇とかや俗にわれらを魔道に引こまれしなと
嘲られ侍るをあさましく」おほへて此神の力をあふきてもと奉幣奉納の信趣にて一二の龞に何所をとり分四季不同に門例を定る事これまたあてしまひなり
けむろく(元禄)丁丑
かぶとたつる日
武江商 一十竹
佐保姫や紅(もみ)に筒ツめる童病 子 孑 童病 わらはやみ
柳のゑみを我延命灰者 一十竹 我延命灰者 えめいくわしゃ
小家ほと雛の竈積ム舟さして 玉 牙
七十両と直の付イた石 四四谷
御袋は肩をとらせて夕涼ミ 一十竹
赤手拭に迷ふ蝙蝠(コウモリ) 其 角
従者何某か年季明けて近き隣へ入り婿にやり某家ことに乏しからすと聞きて弔いければ
片田舎とはいえ世に好ましき住居なりけり
蚕の食や桑摘む娵(よめ)は猿のつら 玉 牙
草庵にて菜ばかりをもてなす遍照か大椀梅の端に折けんそれこそ風騒の本意なるべけれと戯
れて
花盛り民のかまどは煮しめ哉 専 吟
卿の人のために関所の近くにわたらひ黄昏に及びて
寝て行けと女の声や百千鳥 一十竹
狂 倡
蜻蛉や小磯の砂も吹きたてず 其 角
良少将の太刀の緒監命婦に歌詠みてもらいたまひけん
梅の花下緒(さげを)を解いて酒手哉 一十竹
夢は信ずべからずと青砥に親しむ者有る俳家の伝に吉凶悔惜しむを転んじて夢想ひらきなと公卿より庶民に及ぶ式法尤も故有る事也 その実を取趣心に秘して連俳の古老のめてたふ認め置かれし真書など取乱したる虫干しの中に転寝してうつゝともなき心より佃の御神え詣でけるに折節会日にて数輩の老若ぞよみき幕の傍らに吟句を名乗る人基佐と云ひ花咲の翁と称して宗因はあれこなたが兼載鼻くつめかす人は芭蕉翁といへりこの人言いながら悉き事に覚えて前句よくば一句差しでん事を励む心の自ずからいたけ高になりければ、執筆筆を止めて一十竹参りたりと披露せしに厳かに畏まりたれば優しさ扇を投げて思ふ事書きて神慮をすゝしめよ当意即時の風流を見んと有る時に、彼の扇を取り拝殿のかたに額づき侍るに、一の絵馬に台に薄などをあしらい馬をその上に乗せたり、これは以外の野馬台とおもひなかして綴りける詞(図参照)
右の句加左
能き歌に重荷を下ろすや花の下
硯の海も匂ふふし浪
のり物の簾うらゝに巻揚げて
下馬する武士は折目高也
腰にさす扇に雪や隠すらん
半鐘の音に衣紋つくろふ
澄月の窓を畳に移しつゝ
蚊帳の目にもとまれ秋風
紹巴の末の輩まで賢き御もてなしにあひ奉る。御代の嘉端は神代今も万葉も古今も文字足ら
ぬ句も人の信を起して夢則住吉の松風にさめぬ
中 陌
桃にゑめ女中預かる雛さらへ 蛍 嚢
花 陰
人の子を見て詠まん百千鳥 未 伯
花 興
ハゼを撒く娘が尿(しと)や吉野川 白 亀
路 柳
ぶら/\と沓に風釣る柳かな 柳 笠
雛 棚
ビイトロや人をあてがふ桃の酒 武 竹
霧 雨
腰元や茶台を憎む春の雨 十万家
霧 雨
春雨や引出しの琴も夜の鶴 茶 夕
春 屋
雑部屋の風巾(凧)から春は暮にけり 瓠 水
春 風
御隠居の丸ふなられし節小袖 嵒 狙
春 畠
茶袋やうつて付けたる摘薺蒿(ヲハキツミ) 琴 口
祀 逢
春なれや小判投げ込む最花料(サイクワレイ)柳 笠
呂 音
はつとしや浜の烏も初音なる 一 拙
望海観遊
みるのかや汐こす風のそなれ松
みるの砂ふるはゝいかに蟹の足
浜店求有
蛤の焼かれて鳴くや時鳥 其 角
諸札は腹にたまらぬ硯(シジミ)哉 山 皷
しらいをや大きな口で打ち崩す 泉 川
白いをや魚翁か歯にはあひながら 其 角
白いをや惜しまぬ宿の鍋の音 一十竹
閑籬尋花 三千芝
ちらはらと穴八幡の花見哉
子を燕に甘茶養ふ 一十竹
春の風蹴鞠のように尻出して 芝
信濃が役に似合う小屋番 同
朝の月磨き立たる御膳爪 竹
三百石で勝手賄ふ 竹
向きのようだうこを誉める竈清め 芝
犬もかぶろも雪を祝ふ 竹
嶋原に關の悪治はなかりけり 芝
唐櫃越えにかかる乗物 同
金瘡の卵をさがす遅桜 竹
独活(うど)百本て肩はのり也 同
山寺の春の夕暮れやいじり焼き
句を季ぬかりたる何にて春に限らず秋の夕昏ともいはれ冬の夕くれともいはるゝと評する者と
も有刃をヤキバとよみて面皮面を焼と云句の打越に批言せし点者あり作者はハモノと云句な
り申せしかは当追の眉をかたむけし事もあり
掘りえ穿の述ひから也くまたかを鷹とか心得て鷹おもてに出候と書たるも笑止なり
望月駒と云脇を名所でないと云も有日/\夜/\の見おとし返答のひまのないくるしみこそ猫
の空ねむりするに鼠の飛付てとらるゝがか如し身からのさび口から高野とのゝしる相手かはれ
と品かはらす風情をはなれたる獨眼一句の清葉をとる事覚束なし
沾徳は蛙をきらひて蛙と云句に一点もひかす人よく知て沾徳判の巻に蛙の句を禁しけるしらぬ
人おもひよらす蛙と云句仕りて余朱を取たる巻をみれば至情の感動には好悪の天命を離る事自
然の妙と云へし
是を頼もしうおもふ人の俳諧の邪正を弁へて他の点を好まぬは禅宗のかたひに似て一理有。
ことく堅てもつた作者なるへし晋子はことに禁凶の詞を吟味して不吉の句きらひ侍れと
火事の時女の馬上ゆゝしくて
出かはりに鬼の斎也手打すき
なと云句は一興有と感られし也
過ぎし年の類焼に文庫塊―土昌
となりて庭掃く槌ももたず漸々木を寄せ釘を集めて仮屋そこ/\にしつらひ家子を補侍るに、
こゝかしこより亡残の鼎銅錫のながれ拾い集むかゝる中に我が家に代/\伝えてなべかぶりと
云うなる。日親上人曼荼羅炬中より堀得て拝み奉る事めでたき事目出度事ならしかし何者のの
けたる共しらす書笥一つ印に基づき見顕てくるる詠艸放戯の文なり狄吟の一冊災を逃れたる不
思議左に彫むものなり
一十竹
ひくさだに樽を持参や山桜
らくあみふえて蚕なる連(つれ)
腰掛に舟漕奴(こげやつ)を呼小鳥
きつい曲(歪み)やさし出る月
いけたこの底をしやぎりに秋の風
嬢(かか)かわめいて角力崩る
ほんほちの俵を戻す二人扶持
すんふくろから煙管(キセル)引ぬく
蛇のやうな文字に崩して金亀山
ちよつと鞁をかりて三百
かんどうを免す使は家守にて
頓頂(しころ)頭巾をあかつきの風
眼をあけと転だ馬をたゝく也
胡桃カ谷ツに柴胡(さいこ)たづぬる
突き出しにいくと娘の値打ちして
昔からちやも憎し縫紋
素直なる遺跡拠(さわぎ)や周防殿
御所へも上る有明が酒
露時雨貝ふだ金を見消さるy
碁が釣り付けてけふも蜩(ひくむらし)
めつきりと香具のはやる花の店
赤城の巻は榎まて注連(しめ)
尻り餅に杖は弓なる雪解にて
さすが抵(ぶた)れもせぬそ塁
乗物は医師とみへたり鑪(かんき)町
食堅。飩箱にならぶ立臼
郭公地中が経を呻(うなる)なり
札て頁にかよふほりぬき
手はしかく生干(なまひ)の鱚(きす)を打返し
曽呂里に成って勝手とり持つ
腰元を女房にかぶる笹枕
誰が名をたてて石原の家
珍敷鶉嗅出す朝の月
くどひ跡鉢僧(はっち)の首は
霊ま棚の髪搔(かうかい)橋に流るめり
通れ/\と辻の小便
五月闇何やら筥をうけとりて
飛思案なり兄の甚六
からしりや東坡被る雪の笠
油堤は磯臭ひ風
家中で猫はひまなる干鰯時
門徒衆かとなぶるれんじやく
手の筋やあたる/\と我(が)を折て
念比あひの無尽調
押入れのあいた所に桑名盆
塵劫記から炬燵わり出す
薬師寺と太鼓をそやす衣配り
きうが恨は二朱判てちる
月花のあざをさゝれて荷付け馬
隠居もねする六日年越
ぎり/\と猿戸の音や百千鳥
河合寺の酢を誉めて吸う
湾(せせらぎ)を風呂褌で游(およぐ)也
腕をつかふとりきむ血の肋
町代は撒(もみち)に掛るおもひ種
てうど五万に御奇はしまる
鴫焼にとくりをしぼるしらしぼり
二本の地には絵が見事也
申さぬか大悲擁護は左右ぞと
味噌の鼾に月も時雨るゝ
餅米は死合(しあい)すかたでかしにけり
金魚にうき身やつす跡取
地の人も白人狩りにそそり出
末摘花や見ぬうちがいろ
数寄/\は紺屋の形と点頭(うなづき)て
屎(ばば)する松に犬も足危(つくはう)
鎗持の馬上をつもる仲間われ
火事のはなしといへは無縁ン寺
坷(くにりみつ)疊の髭て乾きけり
躪(にしり)揚りを忠常に這う
目のさむる出来なり薬研(やけん)藤四郎
切強飯(こわめし)にかかる鷹師
能い風と泊か礒に吹れつゝ
こくらき月に夜談義の鉦(かね)
御内儀はけすりけはひに秋もくれ
他屋をしまへは蓮の実に飛
真青になりて団子の花さかり
いさ月行おしとむかふ春雨
裂装掛けに燕の糞を椽つの上ヘ
幟建賠れは女中うわつく
下戸性の見ふ宣干(ほさ)る五つ入
鈴鹿の雪に足はすりこぎ
耳鐘に此世の風も欲(なか)かれて
急に敲は火のつかぬ鎌
水が来て井戸のまはりはうきになる
虎少将を嘉太夫でやる
面あてに枕をほとく小夜時雨
しめた奴等が椀を揃ゆる
道途(かといち)や草鞋はしほで傷めつゝ
ころりげんこは百五十なり
うそく/\椛(かは)焼さかす岡の月
河内木綿を菊の綿入
宰領(さいりょう)のしほから声を秋の蝉
突きのめされて肘尻は泥
井筒屋の蘇鉄もそこで無理を聞け
皆(みんな)がなけはびいどろも泣ク
馞(いぶ)されて蚊に飛び出る橋の上
虱うつりて気をくさらかす
葛の葉や花見ぬゝまに明盲
芽ぐむ艾(よもぎ)に取り子呼ぶ也
秋興
子の魚や待たで飛び込む放生会 平 砂
旅夕
繦(かんざし)の枕にさはる夜寒裁 沾 秀