おもてなしのこころの 真髄にせまって

2015-06-28 21:31:21 | 日記

近頃,観光ぶーむで 国外からの お客さんを お迎えすることが 多くなった.

日本が 世界の人達から 一度は 触れてみたい 日本国ということはあると思う.

何しろ 極東の 大陸に 寄り添うように くっついている 島国である.

一般の人たちは 時間と費用で 敬遠されていた.なかなかに1000万人を超えることが無かった

日本に 予想を上回る 海外からのお客さんである.

日本には 世界に類のない独特な 観光資源に恵まれている.

さらに 本来日本人がもつ 「゜ゆかしさ」はおもてなしのこころとして 観光客のこころの琴線に触れたことで

有ろう.と思っていたら

東洋経済オンラインの中に がいこくの方の 論説が掲載された.

「おもてなしの観光紹介もいいが,それだけで 海外からの観光客が来るわけではない.

高い費用と時間をかけて おもてなしを受けに来る客もあるまい.  又おもてなしのこころを

期待通りに 受け取ってくれるお国柄観光客はそう多くはない. むしろ おもてなしのこころを持つのは

内内のこととして 観光の目玉で荷はならない」という意味のものであった

それはそうだろうと思う. 海外の人に日本文化を理解してくれといっても そう簡単ではない

日本人ですら 忘れてしまっている ことである.

『ゆかしさ』・・・・優雅さ・・・・奥深いこころ・・・・悟りのこころ・・・・知性と教養などいろいろと言葉を連ねて

見た.でもしっくりこない.

私は学校で教務の役をしていたとき 新人の先生たちを同行して 近隣の市町村で著名な首長さんや

事業家の方々のお話を聴きにいったことがある.

後で 感想を尋ねてみると 「たいへん教師として勉強になりました.初めての経験でした」という

言葉です

とういうものか 人間 最後は教育の世界に関心をもたれるらしい.

おもてなしのこころ というものが 日本人の魂の根源ではあるまいかと思います.

あの人が言った うちうちのものらしい.


年金制度をめぐる暮らしの変遷について

2015-06-28 18:06:46 | 日記

何でこの国は 老人だけに優遇するのか」

「我々の老後は大丈夫なのか」

これは 若者に とっては たいへんことである. その心配のほどは良くわかる.

 

わたしたちの 若かった時代は 人口の構造が ピラミッド型で 拠出年金で老齢者の年金支給に

支障をきたすということは 無かったし 自分たちも 年齢が着たら 年金生活になるんだということに

決められていたようである

 

でも,損な時代だったから 年功序列は げんとして 守られていた. たとえば 毎月の給料 課長クラス

 

月額40万円とするなら 大卒は其の一割4万円 即ち 下に薄く 上に厚い給与体系になっていた.とこ

ろが,わたしたちが世帯を持つころになったら 若者が不足する 時代になった.

下に厚く 上に薄い給料体型に換わってきた.  このころになると我々の次代には無かった

住宅ローンなども出てきて 利息も当時年利6%であったものが 現在では無利子同然の時代になった

 

暮らしが楽かきついかということは一概に比較はできない.しかし 数字の上で見る限り

暮らしぶりは よくなってきているはずである. しかし,分配の方法が変わってきた

わたしたちの時代は『乏しきは分かち合い』 会社に入社すると生涯がほしょうされた時代.

現在は 能力があるもの そうでないもので賃金に差がつくしくみになつた. 若者たちは其れを望んだ

財界も其れが望みだった その結果 格差社会が生まれた.恵まれた人と 恵まれない人が出てきた

 

実際 めぐれた人は社会保障など必要ない.という. しかし恵まれないものにとっては

一体 我々の先行きはどうなるのかという 不安一杯である.

そのような弱みに付け込んで 急速な老齢化が若者たちの年金生活を困難にしていると宣伝した

それは確かに そうかもしれないが 政府による 政策のミスも見逃せない.消えた年金そのものだ

運用の誤りによって国民に損害を齎した年金行政について 政府は 一言も国民に謝罪していない.

責任者不在である.「百年 大丈夫な粘菌制度」と胸を張った人たちはいまだに生存しているのに

あの言葉 国会議員は忘れてしまったらしい.

 

われわれにとっては 年金制度の維持は必要なことである.でも わが国の年金資金は狙われて

いる  医療制度と共にTPPは何故騒がれているのか.