止まり木

一歩、一歩。~あせらずあきらめず~

よいお年を。

2014年12月31日 10時48分50秒 | つぶやき


今年も一年ありがとうございました。

ここで、お話しできることが、楽しみだし、ありがたいなぁと感じます。

どうぞ良いお年をお迎えください。




☆久しぶりに、もうひとつのブログも更新しました。
「Spring Flower」

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ふぁんくらぶ。

2014年12月24日 12時00分41秒 | 好きなんです
なんとなーく自主的に郵便係になっている息子が、

「いつも大沢たかおの応援ありがとうございます~」

と、会報を渡してくれました(笑)



あ、どうも~ヾ(@⌒ー⌒@)ノ

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ひとりで帰るはずが。

2014年12月16日 08時21分48秒 | つぶやき






日南市にある榎原(よわら)神社。
おじいちゃん髪の毛なくなったねぇ(笑)
おじいちゃんという呼び方が出来て、助かってるというか、わたし、父のこと、「お父さん」って呼べないんですよね。
名前で呼んだりね、してます。

この神社といえば、思い出すことがあって。小学生の時、両親と初詣に来たんですけど、たぶん家族で初詣なんて、それが最初で最後だったんじゃないかなぁ。
夫婦仲がうまくいってなくて、母は、行きたくなかったんだけど、結局三人で行ったんですよね。暗~い気持ちで、嫌なことが起きないといいなぁ…って、緊張感ありありな初詣でした(´・_・`)

樹齢約600年といわれる木とお話をしているのは、妖精さんではなく娘。

スクーリングに行っているはずが、なぜか一緒に…。

出発の前々日に熱を出して、すぐ下がったのだけど、スクーリングがあるから、病院へ行ったんですよね。
喉もきれいだし、身体も熱くないし、少し前に受けた予防接種の影響か、風邪のひき始めか、冷えちゃったかなぁ?って。(私は内心、私が久しぶりの帰省ではしゃいじゃってたかなぁ…とか思ったけれど)
お医者さんには、今のところ、大丈夫だから、葛根湯だけ出しておこうか~、と言われて安心していたんだけど。夜になるとまた37.5度とかになって。

当日の朝はまた下がっていたけれど、移動時間が長いし、無事に行けても活動できるか心配だということになり、ぎりぎりまで悩んでキャンセルすることにしました。

ということは、私も今回の宮崎行きは諦めるしかない。
これまた、行くかやめるか、もう考えすぎてヘトヘト。
一応宮崎行きの便を調べたら空席有り。娘が、一緒に行けたらそれが気持ち的にもいちばん楽だというので、じゃあそうしようかと。そういいながら、ぎりぎりまで私が決められなくて、泣きそうでした。

宮崎にいる間も、同じように、朝は熱が下がって、夜になると上がる感じで。
宮崎では、だんだん38度を超すようになりました。咳も出るし…。

戻って病院に行ったら、相変わらず喉は赤くもなんともないらしく、マイコプラズマかもしれないって。

普通の風邪の時に処方される抗生剤では効かないらしいですね。
マイコプラズマに効くという抗生剤をだしてもらって、今も、休んでいます。

レポートもメディア視聴も残っていて、単位が心配なんだけど、まずは体調ですね。

スクーリングは、2月に行くことが決まりました。

娘もこちらに戻る日はかなりしんどそうだったし、帰ってよかったのかどうか考えちゃうけど、父もおばあちゃんもほんとに喜んでいて。
前に帰ったときには、小学生で、泣いたり喚いたり、大変でしたから。
「こんなにお姉さんになって」とビックリしたみたい。
今は、ある意味平和ですからねぇ。
「それでも、まだ、ママの膝にくっつくの?」と、少々驚かれたけれど(笑)

親孝行出来たと思って割り切ります。


娘と、母とご先祖さまのお墓参りも出来たし、みんな喜んでくれたと思う。

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5年ぶりにふるさとへ。

2014年12月15日 09時42分19秒 | つぶやき
11月にカナダへ行った娘。

本校へのスクーリングは、カナダのあと、同じ月にはならないように組んでもらえるような話だったから、娘と、じゃあ12月くらいかねぇ…と話していた。

12月は、息子の修学旅行があって、「まさか、重なったりして」と、一瞬思ったのを覚えている。

娘よ、これが引き寄せかいな?(笑)
(早く本を読めと言われている)

ほんとに、娘のスクーリングと息子の修学旅行が重なった。
子ども二人が、居ないわけよね?
わたし、もしかして、宮崎に帰れるんじゃあないの?
でも、ようは、先立つものよね?
まずは、そこよね?
修学旅行費は、積立費から出るけれど、スクーリング費用はがっつりかかる。

無理かぁ。
でも。
でもでも。
子どもたちは、「めっちゃチャンスじゃん」って言ってくれた。
ダンナもダメとは言わないだろう。
でもでも、でもでも。

宮崎の同級生とLINEしたときに、ちらっと言ってみる。
会えたらいいなぁー。足になるよー。と言ってくれた。

大親友は、先立つものの心配をしてくれる。でも、もし会えるなら、なんとしてでも都合をつけると言ってくれた。

さんざん迷って、帰ることにした。

父も77歳になった。
奥さんも同い年。
まだ、声がかかれば、しろあり駆除の仕事に行くこともあるという元気な父だけれど、電話で話していると、どうも耳が遠いんだろうなとか、いや、耳が遠いだけじゃなかったりして?とか。心配になってくる。

親友のお父さんは、5月に亡くなり、お母さんは、ガンの治療中だ。
娘のように思ってくださり、お魚をたくさん送ってもらっていた。
まさか会えなくなるなんて思っていなかった。
親友も、「自分の親が亡くなるなんて思ってなかったのよね」と言っていた。

母のお墓参りもしたい。
母が好きだった色のお花を供えてあげたい。

色んな思いに動かされての帰省。

行って帰ってきた今も、色んな思いがぐるぐると巡っている。

娘のことで精一杯なふりをして、向かい合ってこなかったことがたくさんあった。

もちろんいくら考えても、ひとりではどうにもならなかったり、簡単には決められないことだけれど。

いやいや、何か大問題を抱えているわけではない。今すぐどうにかしなければならない心配事もない。

自分が年齢を重ね、親が老いていき、子どもが成長していく。

当たり前のその変化を、しみじみと感じた、のだと思う。



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MIYAZAKI。

2014年12月14日 18時41分05秒 | つぶやき


この海を見ながら、いろんなことを考えて生きていたと思う。
母が悪性リンパ腫で、入院しているときも、ガタンガタンと揺れる汽車の窓から、海を眺めていた。

母は、また家に帰れるのか、高3で決まっていた東京のプリンスホテルへの就職をどうすべきか。
(地元に残ったわけだけど)

たくさんたくさん考えた。

だから、悩み事を抱えたときに、海が見られないことは、なんだろうな、自分でも意外な位にしんどかった。
(さすがにだいぶ慣れたけど)


久しぶりに見た宮崎の海。


帰っておいでよといわれてるみたいだ、と勝手に思う(笑)

この日は、海が静かだったからかなー。



ってな訳で、わたし、5年ぶりにふるさと宮崎に行っていました。

どうして帰ったかは、またゆっくりと書けたらと思います。

ブログで知り合って、とっても仲良くなった方と再会したり。うそ、初めてお会いしました(笑)
初めまして、な気がしなさすぎて、自分のテンションに笑った(≧∇≦)

まぁ、もろもろ書き残しておけたらと思います。

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