はな to つき

花鳥風月

Gravity Blue 6

2012-05-02 04:38:03 | 【Gravity Blue】
「でも、海には分からないでしょう?凡人の苦しみというものが。」
からかい:9、妬み:1で言う。

「うん。わからない。」
分かりきった謙遜は、嫌味にしかならないことを
相変わらず知っている人だと、いつもながらに感心してしまう。
「費やす時間やエネルギーは、人それぞれだけど、
注ぎ込む集中力はみんな一緒だと思うよ。
だから、ゴールしたときの疲労感は同じものだよ、泉も私も。」
解るような、解らないような。

どちらにしても、
もう味わいたくない経験ということだけははっきりしている。
息の根が止まってしまいそうなくらいに、
見事に苦しい時間から解き放たれた今。
合格したことへの充実感よりも、
その苛酷な時間をもう過ごさなくても良いのだ
ということへの安堵感の方が、何倍も強かった。
ここが、海と私の決定的に違う思考回路のような気がする。

「しばらく、降るのかな?」
遠い眼をして、海が言った。

窓の外、国道を挟んである変わらぬ形の入り江。
静かな間隔で行き交うヘッドライトに、
短く儚く照らされては堕ちていく軽い雪。
月明かりの差し込まない、真っ暗で静かな今宵は、
降り注ぐ雪で、嘘みたいに見たこともない景色に思えてくる。

今夜の“海”は、どちらもいつもと違って見える。
なんだか、とても辛くなりそうな予感があった。