はな to つき

花鳥風月

Gravity Blue 23

2012-05-20 02:41:06 | 【Gravity Blue】
とにかく、船着場まで行ってみよう。

そう思い、重力をすっかり忘れたわたしの脚は、
蓄えられたアイスエネルギーで進みだした。
さっきの2倍の速さで歩いているようだ。

潰れてしまっているのか、夜になったら開くのか。
そのどちらなのか、見分けがつかない店並みの続く路を歩く。
ちょっと風情のある少し錆びついた色の印象の街並も、
今は風の中の飾りでしかない。
それほどまでに、急いでいた。
まるで、誰かに急かされているように。

右手の川岸に停泊している高速艇の先端が近付いてくる。
目的地が、すぐそこなのが判る。
この路の行き止まりに、いくつかの売店とチケット売り場。
そして、それほど大きくない待合所のある船着場はあるはずだった。

けれど、実際はちがう。
まったく、ちがう。

悪びれた様子もなく、舗装されたばかりの路が緩いカーブで続いている。
リゾートホテルとしか言いようのない建物たちが、そびえ立つ。
あまりにも、街並に馴染んでいなくて、異様だ。
しかも、船着場が新しい。
新しすぎる。
観光バスやらタクシーやらで、この街の人口密度を独り占めしているよう。
どうやら、その最大の原因は、隣につくられた水族館のようだ。
入口にも出口にも、さっきと同じ制服の大群が立ちはだかっている。
そして、インフォメーションセンターには、
派手に貼られた“高速艇で行くコーラルツアー”のポスターたち。

ビジネスだ。
観光開発だ。

変わり果てたこの景観を、
いつの日か、あのふたりに、わたしは伝えるのだろうか。

いいえ、そんなことはしたくない。
それも、これも、彼らにも、わたしにも、悲しすぎる。
一気に観光の波が、慎ましい人たちの決して戻ることのない大切な思い出を、
飲み込んでしまいそうな瞬間だった。

もう、勇気を出さないと、
島へ渡るチケットも買えなくなってしまいそうだった。
それでも、島は、ふたりの島のままで、まだ残っているはず。
という願いにも似た思いに、賭けてみたかった。
そして、その時のままの、その島を、わたしも感じたかった。

信じよう。すべてを。
信じよう。