はな to つき

花鳥風月

Gravity Blue 31

2012-05-28 04:36:32 | 【Gravity Blue】
「自己紹介もなしに突然こんなことをいいだして、おかしいですね。
私、クーっていいます。はじめまして。」
彼は少し照れくさそうに言った。

「わたしは・・・・メグ、です。」
少しぎこちなく口を突いたその名前は、大好きな小説の主人公の名前だった。
とっさに嘘をついてしまったのは、もちろん本名を隠したかったからではない。
知られるのが、恥ずかしかったのだ。
これだけ海を愛していて、褒めちぎられた後に、
どうしても“わたしも、海です”なんて、言えなかった。

「メグさんですか。好い名前ですね。」
そう言って、遠くを見るような彼の瞳は、まるで見えないものに焦点を当てているよう。
それは、どこか感傷的にさえ感じられた。
そんな彼を見ていたら、どんな理由であれ、偽名を使ってしまった自分が、
悪の権化のように思えて厭だった。
「今は、あそこでダイビングのコーチをして暮らしているんです。」
彼の視線を追いかける。
いつの間にか、きれいな砂浜から突き出した桟橋がすぐそこまで迫っていた。
「そうですか。」
あと少しで終わってしまう船旅を名残惜しく感じながら、わたしは言った。

彼は、すべてが自然だった。
話し方や仕草。
立ち姿に、正面を捉えた表情。
そして、何よりも、生き方そのものが自然体であるように想像できた。
どういう生い立ちが、彼をつくったのだろう。
どれだけの悲しみを、通ってきたのだろう。
どんなに、自分と闘って来たのだろう。
興味や探究心というものが、否応なしに湧いてきた。
彼のことを、もっと知りたい。
このまま、彼の側で彼を感じ、彼の隣で彼を見ていたい。
わたしにとっての、真新しい、未経験の感情だった。

そして、その時。
これが、
この出会いが、
彼が、
彼の存在が、
引力の答えだったんだ。
なぜだか、そう確信した。

引力の出会いだと。