はな to つき

花鳥風月

Gravity Blue 26

2012-05-23 04:37:39 | 【Gravity Blue】
「お母さん。」

「なぁに?」
「あのね、海はしばらく帰ってこないような気がするの。」
「えっ?」
そう言って母は、左右の表情がまるで違うような複雑な顔をして私を見た。
「なぜだか、そういう気がしていたの。ずっと。」
「いつから?」
「はじめから。海が、オーストラリアに行くって言い出した時から。」
私は言う。

「どうして?どうして、そう思うの?予感なの・・・・ね?」
平静を保とうとしても、コントロールが効かないままのように聞いてきた。
「ううん。それ以上の感じ。
今までこんなに強く何かを感じたことはなかったわ。
教会のことを、海が口にした時に、とても強い力を感じたの。
お母さんは、一家揃ってあの教会を見た時に、
海が、妙に興奮していたのを憶えてる?」
「ええ、もちろん。」
「海にとって、あの教会はパズルのピースだと思うの。
それに、きっと私にとってもね。」
母の動揺具合を確かめながら、私は続ける。
「実は私、あの後から、ある夢をとても頻繁に見るようになったの。」
「ゆめ?」
「うん。最近は、全然見ていなかったから、すっかり忘れていたのだけれど。」
「どんな、夢なの?」
「あの教会によく似た教会に、まだ2歳か3歳くらいの海が、
小学生くらいの男の子に手を引かれて入っていこうとするの。
それで、私が後ろから大声で叫ぶの。“海、行かないで”って。
それで、必ず、そこで目が覚めるの。」
「小学生の男の子?」
真面目な顔で、母は聞いた。
「多分ね。ただ不思議なのは、夢を見ている私は年を重ねても、
そこに出てくる海と男の子は、いつも変わらずに子供のままなの。」
「そう、そんな夢を。」
そう言った母の顔に、不思議と乱れた様子はなかった。
それどころか、あまりにも落ち着いている様子なので、
言い出した私の方がなんだか後手に回った気分になった。

そんな不思議な感覚を意識しながら、私は焼きあがったチーズケーキをテーブルに置き、
熱い紅茶をふたつ注いだ。すると、
「今度は少し、お母さんがあなたに話しておきたいことがあるの。
おそらく、夢の話ととても関わりがあることよ。」
母は、落ち着きはらって言った。
「あなたと海のこと、そして、お父さん、お母さんのこと。」

そう言って、一呼吸置き、母は前に置かれた紅茶にひとくちそっと口をつけてから、
絵本を読むような声で話し始めた。