はな to つき

花鳥風月

Gravity Blue 24

2012-05-21 04:36:03 | 【Gravity Blue】
「今、どんなところで、何を見てるんだろうね?海は。」

高校最後の春休みの夕暮れ。
私は母と一緒にチーズケーキを作っていた。
「そうねぇ、きっと、渚でキラキラ光る海を見ているような気がするわ。」
母は無邪気に言った。
「なぁにそれ、しゃれのつもり?」
「そう、ここ笑うところよ。」
「あのねぇ。」
ふたり同時に手を止めて笑った。

いつものことながら、海からの連絡は何もない。
心配していない、と言ったらうそになる。
それが親だろうし、姉妹だろう。

それでも、母も私も、今までその気持ちを言葉にしたことは
一度もなかった。
それを、お互いに感じていることが分かっていたから。
口に出してしまうことで、現実の心配ごとにしてしまうのが、
あまりにも怖かったのだ。

とても優しくて、いつも冗談ばかり言っているこの母が、
本当はとても繊細で、心の拠り所を家族という存在に
完全に依存してしまっていることを、私は知っている。

対象が自分自身のことへの感情は希薄なのに、
他人の喜びや悲しみに対しては感情過多と思えるほど心を振動させる。
それは、本人以上に、その人の気持ちになっているほどに見える。

父と結婚して精神科医を辞めたのも頷ける。
良い意味でも、悪い意味でも、母には精神科医は勤まらないと思う。
医者と患者の線引きができずに、診療どころではなくなってしまうだろう。

だから、母といるときに旅先の海のことを思いながら話しをするのは、
極めて危険を伴うことだった。