「そうだったわね。
わたしが憶えているようなことだったら、
あなたの記憶の引き出しに入っていないわけないものね。
侮ってたわ。」
海は、そう言って微笑んだ。
「あの時は、本当に愉しかったね。患者さんたちの心の治癒旅行。
あれが初めてだったね。」
「そうだね。」
そう、ひとりの町医者である父が、
初めて、患者さん十数人と祖父母を含めた家族5人を引き連れて、
オーストラリアに静養に行ったのは、
まだ私が小学校へ上がる前のことだった。
「今では、青木医院の年中行事だけどね。
というか、旅行目当ての元気な患者さんも増えて、
本末転倒しているけど。でも、それはそれでいいことなのかな。」
「そうね。お母さんも毎年海外旅行に行けて、
嬉しいっていってるしね。」
「うん。」
そう頷いて、私はいつものローズヒップに口をつけた。
雪は、いよいよ本格的に舞い始めていた。
「それでね。」
ふたりの間で涼しげにゆれる蒼いオイルランプを見つめて
彼女は続けた。
「あの時に見た教会が、ここのところ、よく夢に出てくるの。
その時も、初めて見たはずのその教会が妙に懐かしく思えて、
お母さんに、ここに来たのが初めてかどうかをしつこく聞いていたのは、
よく憶えているのだけどね。」
「海が、その教会の前に立ちすくんで動かなくなったのを、
私もよく憶えている。なんだかわからないけど、
子供ながらにその姿をとても切なく感じたのも。」
私は言う。
「そう、それは初耳ね。」
彼女は言った。「それで、帰ってきてからも、
しばらくは、あの教会が頭から離れなかったわ。
といっても、センチメンタルになることはなかったけどね。」
「似合わん、似合わん。」
「失敬な。」
ふたつの笑顔が炎の向こうに揺れていた。
彼女が物思いに耽っていたら、
こわいくらいに絵になることなど分かっている。
けれども、これまで、そういう姿の彼女を、
私は見たことはなかった。
わたしが憶えているようなことだったら、
あなたの記憶の引き出しに入っていないわけないものね。
侮ってたわ。」
海は、そう言って微笑んだ。
「あの時は、本当に愉しかったね。患者さんたちの心の治癒旅行。
あれが初めてだったね。」
「そうだね。」
そう、ひとりの町医者である父が、
初めて、患者さん十数人と祖父母を含めた家族5人を引き連れて、
オーストラリアに静養に行ったのは、
まだ私が小学校へ上がる前のことだった。
「今では、青木医院の年中行事だけどね。
というか、旅行目当ての元気な患者さんも増えて、
本末転倒しているけど。でも、それはそれでいいことなのかな。」
「そうね。お母さんも毎年海外旅行に行けて、
嬉しいっていってるしね。」
「うん。」
そう頷いて、私はいつものローズヒップに口をつけた。
雪は、いよいよ本格的に舞い始めていた。
「それでね。」
ふたりの間で涼しげにゆれる蒼いオイルランプを見つめて
彼女は続けた。
「あの時に見た教会が、ここのところ、よく夢に出てくるの。
その時も、初めて見たはずのその教会が妙に懐かしく思えて、
お母さんに、ここに来たのが初めてかどうかをしつこく聞いていたのは、
よく憶えているのだけどね。」
「海が、その教会の前に立ちすくんで動かなくなったのを、
私もよく憶えている。なんだかわからないけど、
子供ながらにその姿をとても切なく感じたのも。」
私は言う。
「そう、それは初耳ね。」
彼女は言った。「それで、帰ってきてからも、
しばらくは、あの教会が頭から離れなかったわ。
といっても、センチメンタルになることはなかったけどね。」
「似合わん、似合わん。」
「失敬な。」
ふたつの笑顔が炎の向こうに揺れていた。
彼女が物思いに耽っていたら、
こわいくらいに絵になることなど分かっている。
けれども、これまで、そういう姿の彼女を、
私は見たことはなかった。