はな to つき

花鳥風月

Gravity Blue 19

2012-05-16 04:39:40 | 【Gravity Blue】
「お買い物ですか?」
まるで、隣人であるかのような質問が、口をついて出た。

「いいえ、ただこうして、ここまで一緒にお散歩をして、
お茶を飲むことが日課なの。」
彼女は緩めた眼をして言う。
「そうですか。素敵ですね、そういうのって。」
心からの言葉だった。
「ありがとう。あなたもそう思われる?」
「ええ、とても。」
本当に、そうしているふたりが幸せそうで、気持ちが潤んだ。

「あなたも、このそばで暮らしていらっしゃるの?」
ピノキオのおじいさんのような彼は、
にこにことして、大好きな妻とわたしの話しを包んで、
ただただ、そこにいる。
「いいえ、日本からです。観光者なんです。」
「そうなの。てっきり、住んでいらっしゃるのかと思ったわ。
少しアメリカの訛りだとは思ったけれど、とてもきれいに話すから。」
そう言う彼女の横で、彼も頷いた。
「ありがとうございます。光栄です。」

「はじめて?ここへ来たのは。」
「いいえ、2回目です。」
わたしは言った。「といっても、10年以上も前のことですけれど。」
「そう。でも、もう一度訪れてもらえて、嬉しいわ。とっても。」
彼女は、そう歓迎してくれた。
「その時と、ここの景観がほとんど変わっていなかったから、
わたしも嬉しかった。特に、この教会の辺りが。」
そう言って、教会の上のクロスを見上げた。
「そうね。情緒あるものを残しておくこの街を、私たちも気に入っているの。
それに、あの教会は、私たちが遠い昔に誓い合ったところで、
とても大切な場所だから、格別にね。」
彼は、そう言う彼女の手をそっと握った。
それは、あまりにも自然で、
気が遠くなってしまうようなきれいな光景だった。

そうして、気取りのない、やさしい会話を楽しんだ。
その中で、あの教会の引力が、この旅の動機であることも話した。
実際には何も起こらずに、あてどなくここでぼんやりしていたことも。
すると、ふたりは声をかける前から、
元気のないわたしが気になっていたとのことだった。
その視線の先には教会があっても、
心の鏡にはまるで何も映っていないように見えたとも。

そのとおりだった。
視線の先の世界は、疑いなく存在していた。
けれど、その映像の焦点はどこにも当てられていなかったと思う。