はな to つき

花鳥風月

Gravity Blue 30

2012-05-27 01:53:31 | 【Gravity Blue】
どうやら、イルカの群れは、船とのランデブーを終えて離れていったらしい。

制服の群れも、船にバランスを取り戻させた。
わたしは、魔法にかけられてしまったのかのような
心地よい気だるさに包まれていた。
まるで、意識という映像の解像度を、半減させてしまったような感覚。
この海の上で、この人に出会えたことが奇跡のようにも、
至極当然のことのようにも思えていた。
そして、睫のゆらぎが感じられそうな眼で、わたしは海を見ていた。

「きれいで優しい海、でしょう?」
一息で言ったはずの彼のその言葉。
無意識のうちに、わたしだけにそう聞こえた瞬間だった。
わたしの名前など知る由もない彼が言ったその言葉に、
顔が紅潮するのがよく分かった。
自意識過剰の憐れな小娘みたい。
完全に、いつものスタンスを見失っている。

「ええ。とっても。」
「僕は、すべての海が好きなんです。
特にここは気に入っているけど。
油で汚されてしまったり、産廃で汚染されてしまった海だって、
愛しいものなんです。」
彼は、瞬きせずにそう言った。
「汚されてしまった海でも?」
わたしはそんなことを言い出す彼に驚きながらも、
少しナチュラルに聞いた。
「ええ。それはとても悲しい海に映ります。
でも、本当は、愚かな私たち人類の姿そのものだと思うんです。
醜いのは海ではなくて、私たち自身だと。
そういう悲しいことや哀れなことも含めて、
海はいろいろなことを教えてくれる。
そして、僕を育んでくれる。僕を包んでくれる。
だから、僕は、海に惹かれるんです。」

そう語った彼の薄いブラウンの瞳は、
水面からの照り返しが集められて、まるで宝石の卵のようだった。