そもそも小生が初めてプログラム言語に接したのは、大学での実習、FORTRANである。内容は覚えていない、というか印象がない。
パンチカードを渡されて何かしたとは思うが、肝心のコンピューターには触れたことも見たこともない。
コンピューターそのものは一般人には馴染みのないものだったのだ。大学に入って、授業に必要で初めて購入した電卓が秋葉原で20,000円もした。それも、単純な四則演算しかできないものが。関数電卓もあったが10万円以上もする高価なもので学生が購入できるものではなかった。もっぱら計算尺で頑張っていた時代である。その後、しばらくして12,000円~13,000円でカシオから関数電卓が発売になったのは衝撃であった。今思えばこの時期に半導体技術が進歩し、LSIの大量生産が始まったのだろう。そして、時代は8ビットCPUへと進んだ。
コンピューターという用語も一般的ではなかった。電子計算機ということがほとんどであった。電卓は電子卓上計算機なのだ。小生がコンピューターという言葉を初めて聞いたのはアメリカのテレビドラマ「タイムトンネル」の中でのことである。その横文字の意味ははじめ理解できなかった。しかし妙に格好よく聞こえた。調べてみるとcomputerであった。計算computeするもの、計算機であると理解した。余談であるが、コンピュータは表記として認められているようだが、小生はあくまでコンピューターである。放送用語としてはコンピューター(NHK以外確認してないが)である。
これも余談ではあるが、日本は公式には横文字を嫌う。役所から来る通達等にはコンピューターの文字はない。電算化、電磁的記録など旧態依然と言ったところであろうか。法律家ではないので、深い意味があるのかどうか知らない。
小生がコンピューターなるものに興味を持ったのは、大学を卒業し、テレビゲームでテニスゲームがはやったころである。これが自作できるという。そうなのかと思いながら、通信教育のセットを購入したのが始まりである。何冊かの教材と、ワンボードのマイコンが付属していた。どうでもよいことであるが、マイクロコンピューターのことが分かっていないと、その後のパソコンという言い方とマイコンを混同する人がいるようである。
何はともあれ、この教材によって
アッセンブリ言語(assembly language)と出会うことになったのである。
続きは次回。