hazar  言の葉の林を抜けて、有明の道  風の音

細々と書きためたまま放置していた散文を、少しずつ書き上げ、楽しみにしてくれていた母に届けたい

ユダの木

2021年12月18日 | 散文詩

             Arvo Pärt - My Heart's in the Highlands
ポール・ゴーギャン  Paul Gauguin(1848-1903) ゲッセマネの園で祈るキリスト
Christ in the Garden of Olives(1889)油彩 Oil 73 x 92cm Norton Museum of Art


いつからか
内なるハリガネムシに突き動かされ
水へ飛び込まねばとふらつく
カマドウマを見るように
シモンペトロがユダを見ている


搖らめく光
溢れ温かく爽やかな
この世に轉び出る前の
樂園


邑からの帰り道いつも途中まで
ついて來る男の独り言めいた
囁きを
耳の奧でもう一度聴いている
ユダは後頭部から一方の目へ
昏く明るく巻き上がりながら
透り貫けてゆく痺れるような空漠に
身を潜らせ続け


己が接吻する相手がナザレの
イエスとして連行される
なら
他の誰かにすればよい


何をしてもしなくても
次次神神の怒りを買い
窶(やつ)れ果てた若者は最期の
日日潭(ふち)の縁に凭(もた)れ水底から
搖らめき昇り來る己が面影
を待ち侘びたと云う

小さな黄に搖れる影
囁き亙る仄かな馨
月に小暗き
翳差し
憧れに根差した汞(みずがね)

樹が恨みの實
を滴らす

同じ顔が蒼白く歪み浮腫んで
冷え冷えと石畳の床に反射する
灯明りに血溜りが搖れ
蕩けゆく唇に觸れた細く長き悲鳴が
頽れゆく三半規管にいつまでも木霊する

汞の仄かに煌き滑る樹膚に映る顔
が鎖した瞼の底から浮び上がって來る
ように主の頬に映る己に接吻する

のは目覚めれば跡形もなく憶えておらぬ
夢の中今宵夢の外で
十二人の内の誰かにせねばならぬ
先刻より胡散臭げに睨め付け
己だけが主を理解し守つている積りの
独り善がりの石頭にすれば
主は哀れまれ
奇蹟を起こされる
かも知れぬ
己がためには起こされぬ
ゆえ人がため起こされる
よう御膳立てすれば
皆平伏する奇蹟を起こされ
主の天下となる
やも知れぬ

                Sting - Desert Roseフィンセント・ファン・ゴッホ   Vincent van Gogh(1853-1890)
ひまわり Sunflower London National Gallery


シモンペトロの眸の後ろでは未だ時折
かつてと似た怒りの炎が搖らめき
重なり合って漣のように
皴の寄った水面に散り敷き
指を浸すように伝い降りて來る葉影に
吸い上げられて主の眼差しの傍らで
不意に退いてゆく

何故眞實は主の下に集うのか
集うのみにて何故主を守らぬか
何故主は愚かさを正し悪を退けぬか
愚かさは何故主を慕うあまり悪と化し
傷つけ打ちのめさんとするか

何故主は埋もれた夢や忘れられた眞實
眠れる願いや涸れた望みを引き出し
薄日差す凍える心に置いたまま
それが力を振り絞り咲かんとするを
信じ微笑み見守り励ますか
咲けぬものが打ち萎れ斃れ伏す時
その掌の中で甦り咲き誇れる幻を
猶も信じ勞り愛でるのか

主の袖を鷲掴み
シモンペトロはもどかしく
千切れ落ちる言の葉を接ぐ
吾と衣を取り換え吾が坐る巖に
坐られてくだされ今すぐ
今宵曇った眼に主が吾に
吾が主に映るよう


疑い虞るればそれは形を得
牽き出されよう闇の奧から
奔流となり灌ぎ込む
闇を見つめる眼差しの奧から
反射し殖え視野を覆い
膨れ上がり払い除けんとすれば
血塗れになるその血はすべて
吾が血
その目は澄んで微笑んでいる
ように見え
底知れぬ哀しみに満ちている


シモンペトロの埃塗れの脂ぎった頭巾を被り
シモンペトロの擦り切れ経たった草履を履き
シモンペトロの坐るごつごつした岩の傍らで
主は待っていた

赦し救うため
遙か昔や遠い未來の
見たことも聞いたことも會うことも
なき連綿と続く数限りなき人人を見晴かす
その目が闇の中近づくユダの目と耳と咽を貫き
明明と燃やす

木木を隔てる空隙だけが燃え
汞の鏡張りの木が炎に包まれ姿を顕す
誰にも見られず
己さえそこに在ると知らなかった
鏡張りの木が
光速で広がり進む主の眼差しの縁より浮び上がる
絶対零度の全てを止める焱に燃え

縺れ躓き倒れかかると
ユダは抱き止められた
虞るるな
相応しきときところ
全き眞の形で願いは叶う
命の限り担い支え命盡きても支え続けん


主の清らな頭巾を被り
主の小さな草履を履き
主が
独り 張り裂ける胸を励ましながら歩んだ園の
誰にも聴こえぬ神の言の葉が戦ぐ木の間で
主の馨に慄き開き切ったシモンペトロの瞳孔に
ユダが頽れ主に支えられるのがぼんやり映った
霧に鎖された鍵穴から己の内を看るように
シモンペトロは赤黒く暗転する霧に額から突込む
節くれ立った手で引き攣り泳ぐように目の奧の霧を掻き毟り
払い除け主の御手からユダを削ぎ落さんと

轉がる巖のように走り
背後から從者の劍を抜き放ち
驚く從者の耳をシモンペトロは削ぎ落した
その耳が聴いたかも知れぬ
主の赦しを追い散らし飛び立たせようと
相応しき地へこの世にはなき空の彼方へ

                       KONGOS - Traveling onエル・グレコ  El Greco(1541-1614)ゲッセマネの園で祈るキリスト
The Agony in the Garden
 油彩画  Oil Toledo Museum of Art


目を鎖し立ち盡し
主の言われしまま三度
シモンペトロは主を知らぬと呟く
鷄が時をつくる前蒼き静寂の裡
吾は知らず吾は居らぬ居らぬ吾の
裡に御座す主を知らずいまここに
居るは主を裡に護る名無き抜け殻
主の命の炎だけを映し宿し
その温もりに涕し融け消ゆる

一足ごとに踏むと沈む
霜柱で出來た人が融けながら
二人に別れ夢の中のようにふらつき
互いに遠ざかるシモンとペトロの
透き通った影が棚引きながら
煙のように裂けて落された耳の形に蟠(わだかま)り
葉擦れと羽搏きの入り交じる
幽き音が木霊しつつ零れ出てゆく
全き空を明明と照らし出す閃く命の火


耀ける向日葵の日輪の黄金色

六価クロム
鼻から脳を灼き盡され
焼け野原に削ぎ落された耳だけが赦しを聴き
命の火は吸い出され灌がれて
燃え続けいつしか褪せゆく花びら一ひら一ひらの裡

                         Black - Wonderful Life
首を吊るユダ(ロマネスク時代)サン・ラザール大聖堂(オートン  フランス)
Judas hangs himself La cathédrale Saint-Lazare, Autun


眩く耀く谷を埋め盡くす向日葵
何處より來たりしか
背を向け歩み去り続けた己に
額から減り込んで想わず目を開くと
見たこともなき向日葵の花が
全天を覆う光の重く沈んで來る漲る焱を振り仰ぎ
六価クロム
が音もなく果てしなく降り注ぎ
五感を抉りその澪で暗黒の哀しみの滴を沈ませる
何處までも落ち込む滴は光速の孔となり
命を無の彼方へと進め退ける

昏き紫の闇が大気を吸い上げ灰の匂いが漂う
昏いので見えぬ黄の花がどす黒く立ち枯れている
全てが独りの息を吸うことも吐くことも出來なくなった
項垂れた姿からフィボナッチの螺旋を巻き
死の谿を埋め尽くす灼熱のようでも極寒のようでもある
内から灼け焦げ干からびた虞と憎しみ

渇き涸れ枯れ果ててなお
花開かんと永劫の深き潭より首を擡(もた)げる
ユダの木

刺客たちがもうやって來る
敵からか味方からか
過去からか未來からか
怒りからか後悔からか
外からか内からか
两方から四方八方から
鏡張りの中心から空漠の果てから
全ての死角から

いつからか
遙か昔からそこに在る
絞め殺しの木
中心に聳え立っていた
大樹の幹の形の空洞を
いつまでも撫で摩り
吾身と抱き締め
つま先立ち浮き上がり裏返り
どこまでも
似て非なる姿を接ぎ矧ぎ仁王立ち


虞るるなと主は云われた
遙か昔
星星が舞ひ神が人に近くあらせられし時
人の心に果てしなき虞れと
神を真似ればいつしか神となり
人を虞れさせんとする憧れが芽生えた

神の力を以て世界を変え命を弄び
愚かな人人のためと称し
力を奮い人を制し支配せんとすれば
持ち堪えられず頽れ毀れ滅ぶ

主を神と人との子と信じ
神の心を想い人の力を盡し
持てるものを分ち互いに尊び助け
生きる

なら最期の時に顕れる内なる扉の
鍵となり死に瀕した手の中に
ユダは顕れその胸には燃え尽き
破れた心臓の形の鍵穴が開くかも知れぬ
自ら鍵差し回される度抉られながら闇となり
閾となり人として盡くされた全き命が
赦され変容するのを支える

いつかすべての命は変容し
鍵は鍵穴に差し回されたまま
人は生れ人は死に
失われし己を探して
足下に引き摺り踏み拉くのを已め
傷だらけの己を清め弔い
背中合せの己の半身と再び向い合い
一つに重なり眠る日が來るかも知れぬ

                                       Levon Minassian - Bab'azizSalvador Dalí Les atavismes du crépuscule (Phénomène obsessif) サルバドール・ダリ
D'après "L'Angélus" de Millet ca. 1933
Oil on wood 13.8×17.9cm Kunstmuseum Bern
ミレー《晩鐘》の悲劇的神話 (パラノイア的=批判的解釈)
1933頃 板・油彩 ベルン美術館


それは闘牛みたいな繪
殺された牛が二頭刺さったままの槍から
血を滴らせながら斃れた闘牛士の
小さな遺骸を悼んでいる
のではなくミレーの「晩鐘」
項垂れた男女二人は埋葬したばかりの
死んだ赤ん坊を悼んでいる
とダリは想い描いた

ミレーの繪をX線で見ると二人の間の地面に
赤子の亡骸のように見えるものが描かれていて
上から土を掛ける如く地面が描かれ
塗り潰されているとダリは云う

男の頭から荷車に積んだ壜と袋が
血の流れる鍵になり虚空に棚引く
女の背に荷車の舵棒のように
その鍵の彷徨へる先端が刺さり
首を垂れ女は男の胸に空いた                              
鍵孔へ失われた子を戻さんとして叶はぬ


ASMR - Rainy Sound & Solfeggio 528Hz Csalogány(Luscinia megarhyncos)
HAYASHI-NO-KO - ハリエンジュ


日差しが翳り花の影に一瞬
俯いた顔が廻って消える

永遠が一瞬に繰り返される
春の間亡き人を憶い甦らせる冬が來て
落ちゆく葉の下で鎖された水鏡の縁へ
顔を出す古き虞れと哀しみの聲なき木霊

くっきりと晴れやかに心から望めば
羊歯の葉がゆっくりと解けて蜥蜴になり
轉がる鍵穴になり鍵となって歩み入り
命から命を開く
虞れいきり立つ心が恕されて涕に融け
羽搏き昏き大地を覆い曉に和し歌うまで
待っている


ASMR - Binaural Sound
      Lhasa de Sela - Con Toda Palabra
HAYASHI-NO-KO シダ

    
M.C.エッシャー Escher House of Stairs リトグラフ Lithograph Novembre 1951年11月      


月明り 銀色に木が搖れる
木霊が息をのむように闇に吸い込まれ
痕が搖蕩(たゆた)う

オリーヴの園の闇に彷徨(さまよ)う視線の
仄かな明るさが満ち退く
御身を吾身に吾身を御身に
自らを吹き消し見失ったすべてを越え
曉へ回帰する闇の閾から滑り落ち
水孔から滴り
ユダとシモンペトロの涕が
凍って銀河を果てしなく遠ざかる
失われし永劫の道を帰るため

ユダの木が暗黒の道を点点と照らす
内側に人けなき空漠を抱えた鏡張りの幹が
燃えながら六価クロムの雨を涕する内から
燃えながら神の言の葉を聴かんと闇に沈んだ
の耳の花を咲かせているユダの木

Potseluy Judah Merab Abramishvili მერაბ აბრამიშვილი(1957-2006)
 ユダの接吻 メラブ・アブラミシュヴィリ16 March 1957 – 22 June 2006)


流離(さすら)ふ橋 (承 前)

2019年10月03日 | 散文詩

 【描かれた 仲國(實國)】

下村 観山(1873-1930)にも 菱田 春草(1874-1911)にも
大正~昭和初期の 作例に 嵯峨野を彷徨(さまよ)ふ「仲國」が 見受けられる
春草の横額は 大正末には「業平(なりひら)」の画題に 変わってしまうのだが
 
小さなモノクロ写真で見る限り 春草の横繪(よこゑ)は
黒ずんでしまった 銀の望月に照らされた 薄(すすき)の原を
馬上の膝まで 埋もれながら 掻き分け 進む
 
それに対し 観山の竪軸(たてじく)では 乗り込んだ 流れの途上
途切れ途切れに聴こえて來る 箏(こと)の音に耳を澄ます
仲國(實國)の乗る 馬の足下は 小さな白い花が
群れ咲く如(ごと)く 早瀬の波が逆巻く
細部は判然とせぬ ものの
春草の仲國(實國)が 先ゆく徒歩(かち)の 供の者を
連れているのに対し 観山の仲國(實國)は 独り騎乗する

春草 観山の どちらも 仲秋の
満月に照らされた 白馬のようだが
 
別に ほぼ黒地に 白の斑(まだら)の
淺瀬に立つ 馬の繪(ゑ)を見た 憶(おぼ)えも ある
 
 
 【朱華(はねづ) 黄丹(おうに) 水淺葱(みづあさぎ)】
 

夢の中で 誰かが薄暗い茶室に独り坐っている
殆(ほとん)ど見えぬ 床の間に幽(かす)かに
黄昏(たそかれ)のように 軸が掛かっている
 
三対一くらいだろうか 
竪長(たてなが)の 大画面全体が
朱華(はねづ)か 黄丹(おうに)の やや薄まったような
高貴で温かな 淡い橙色の光に浸されており それが
 
広やかな 何もない
上半分より やや少ない ところでも
入り組んだ 葦(ヨシ)の繁る
下から三分の二くらいの うねりくねる
繁り立ち なびく葉の間でも
同じように 滑(なめ)らか なのは
すべてが 水面(みなも)だからだ
 
画面の四方(よも) 端から端まで
その水面(みなも)全体が 眠る柔肌のような
馨(かを)り立つ 温かな光に照らされている
 
左上に佇む 人を乗せた馬の
蹄(ひづめ)から脛(すね)までが
淡橙色の光の中に沈み込んで
陽に照り映え 温かく染まった 水の広がりが知れる
水紋や 漣(さざなみ)が まったく ない
時の絶えたような 広やかな湿地
 
朱華(はねづ)は 郁李(にわうめ)の花びらの色味に由来する
薄い紅色の 唐棣(にわうめ)と同じとする説や
黄色とする説などがあり 色名 朱華(はねづ)についても
中国の蓮の花の名が伝わったとも 郁李(にわうめ)の古名とも
 
褪(あ)せやすかった ことでも知られ 移ろふ心に かけた歌が知られる
 
 
想はじと 言ひてし ものを はねづ色の
うつろひ やすき 我(あ)が 心かも (大伴 坂上郎女 万葉集)
 
想うまいと(口に出して)言ったのに はねづ の(花の)色の ように
変わりやすい わたしの心よ
 
 
もう 想うまい と 聲(こゑ)にまで出して
自他ともに 宣言した のに 氣づくと また 想っている
というのは 変わりやすい どころか
変わろう としても 変わる ことが 出來ず
一途(いちず)に 想いつづける 自らを 嗤(わら)ふか
 
朱華(はねづ)色のように ふいに真直ぐに差し初め
あるいは 没し去ろうとする 陽の光を浴びて
淡く 初々しく 仄(ほの)かに耀(かかや)くように
染まった ように見えても
元來の色 染める前の 素地の色に
直ぐに 戻ってしまう という ことか
 
それなら 朱華(はねづ)色は 想うまい と言った ことや
自分が そう出來る と考えたこと そのもの であって
若さや 幸運や 美しさが そうである如(ごと)く
光のように 偶(たま)さかに降り注がれて 浴び耀(かかや)いても
傾き曇(くも)り黄昏(たそかれ)て 翳(かげ)り消えてしまい
殘らぬのだろうか
 
それは自分のもの ではなくて 仮のもの 借りもの なのか
 
馬上の人は ごく薄い 淺葱(あさぎ)色
(ほう)を纏(まと)っている ように見え
その色は 水淺葱(みづあさぎ)に近い のだが
これは 江戸時代には 囚人の纏(まと)う色だった
その色が 朱華(はねづ)色の光を浴び
斑(まだら)になって 双方の色が 相対する色の中に 見える
 
朱華(はねづ)色は 黄丹(おうに)色の淡い色だが 平安時代には
親王の纏(まと)う色で 禁色(きんじき)の一つだった
一方 薄められていない 黄丹(おうに)色のほうは 昇る朝日の色として
皇太子の袍(ほう)の色と定められ 今も禁色(きんじき)である
 
禁色(きんじき)の 昇る朝日の色が
囚(とら)われ人(びと)の色の中に浮び上る
互いに鬩(せめ)ぎあい 逃れては 身を翻(ひるがへ)し 追い求め
巴(ともゑ)なす 魂魄(こんぱく)の如(ごと)く
 
 
【未草(ヒツジグサ)の 花の間と葉の底に】
 
 
左右下より 画面全体を紆余(うよ)曲折しながら
淺瀬を満たす水に 迷路の籬(まがき)のように並ぶ
褐色に枯れた蘆(ヨシ)の葉が 靡(なび)き
茎の周りの 水面(みなも)に数多(あまた)
未草(ヒツジグサ)の白い花が散らばり 星々のように瞬(またた)く

その数 七十九 右上に 八 左から右へ 十七 十四 二十 二十
すべて 筆の穂先で 莟(つぼ)んだ状態を 描く
小さな卵型が深く切れ込んだ 浮き葉は もっと ある 三倍ほどか
蘆(ヨシ)と同じく 褐色に枯れている ようにも見える
 
が それもまた この差し初(そ)め あるいは 消えゆく
淡い黄丹(おうに)または 朱華(はねず)色の
陽光を浴びたから かもしれぬ
 
有明月 殘る かはたれ あるいは
日没直後の 望月 昇り來る 黄昏(たそかれ)

七十九は素数だが 和歌や俳句の 三十一 十七も 素数であり
歌や句を譜に 五七五の繰り返される 筝曲(そうきょく)の ように
蘆(ヨシ)の間の水面に ちらちらと小さく耀(かかや)く
光の破片が 上がり下がり並ぶ
 

陸 卿子(明末 1600年頃 女性) 短歌 行(後半)

悲歡未盡年命盡     悲しみと歓びとは 未(い)まだ尽きざるに 年命は尽き
罷却悲歡両寂寞     悲しみと歓びと 罷(や)み却(は)てて 両(とも)に寂寞
唯餘夜月流清暉     唯だ余(のこ)るは 夜の月の清き暉(ひか)りを流し
花間葉底空扉扉     花の間と葉の底に 空しく 扉扉(ひひ)

扉扉は ちらちらと 小さく かがやく 光の破片

(吉川 幸次郎『続 人間詩話』 その百 陸 卿子 朱 妙端 一九六一年四月 岩波新書 278 b)
 
 
その一つ一つが扉なのか どうしたら開くのか
 

褐色に枯れた 蘆(ヨシ)の叢(くさむら)の途切れた
左上の静かな水面に 斑(まだら)の馬に乗った 仲國(實國)が
後ろ姿で佇(たたず)み 遠く かすかな余韻に 耳を傾けている
 
これまでの紆余曲折の道を表すように
水辺の 蘆(ヨシ)の叢(くさむら)は くねり靡(なび)き進み

そこに 点々と躱(かく)れ浮ぶ 未草(ヒツジグサ)の
小さな白い花々が 偶(たま)さかに
小督(こごう)の奏でる 箏曲(そうきょく)の
仄(ほの)光る音符のように 消え殘る
 
蘆(ヨシ)の棚引(たなび)く譜に つぎつぎ灯(とぼ)る
未草(ヒツジグサ)の音色

身を捩(よじ)り逃れつつ 導く
かすかな音色を辿(たど)り 揺蕩(たゆた)ふ
目の前に ひらけた水を渡った 向う岸

躱(かく)れても 躱(かく)れても 薫(かを)り立つ
奏者の 嫋(たお)やかで 確かな気配

黒地に白の斑(まだら)の馬の 額や背の白は
仲國(實國)が 探索の旅の手掛かりとして集めて來た
箏(こと)の音色の よう でも あり

水に浸(ひた)った 蹄(ひづめ)の上に戰(そよ)ぐ 白い毛は
躱(かく)れながらも 導いて來た
箏(こと)の音色の かすかに瞬(またた)く 純白の煌(きらめ)きを
辿(たど)り染まりつつ 歩んで來たから だろうか

凍(い)てつく 冬の日の出の 左右に顕(あらは)れる 幻日
春の宵 殷殷(いんいん)と響きつつ 谿(たに)を渡り遠ざかる 鐘の音
胡蝶の夢を見つつ 眠る荘子の頭上に浮ぶ 透き通った 幾つもの顔

目に見えぬ 箏(こと)の 水面(みなも)に 棚引(たなび)き
とけ落ち 消え蘇(よみがへ)る 音色

    Claudio Arrau - Debussy, La cathédrale engloutie(沈める寺)
 
 【宮内卿(くないきょう)】
 
李 賀 と同じく 若くして 急な病に斃(たお)れた 女性歌人
宮内卿(くないきょう)(十二世紀末-十三世紀初頭)は 後鳥羽院に見出され
歌合に活躍するも 俊成 九十賀に 院から贈られる 祝の法衣に
建礼門院が 紫糸で 刺繍する 二歌の一に選ばれながら
贈られる 俊成自身が歌っているかのような 内容に作ってしまったものを
辛くも 二文字を替えられ 院からの祝の歌となるよう直された
経緯も あり 程なく「あまり歌を深く案じて 病になりて
ひとたび死にかけ 父から諌(いさ)められても やめず ついに早世した」
と伝えられる 享年 二十歳前後
 

うすく こき 野辺の みどりの 若草に
跡まで みゆる 雪の むら消え

軒 しろき 月の光に
山かげの 闇をしたひて ゆく螢かな

色かへぬ 竹の葉 しろく
月さえて つもらぬ雪を はらふ秋風
 
 
いまは もう 失はれ
いまは まだ そこに なき
朧(おぼろ)な名殘(なごり)
そこはかとなき気配を
見てしまはぬよう 視線を逸らし
そろそろ と静かに 心を開け放ち
聴き取らふとする
移ろひ 消えゆき
翻(ひるがへ)り 宿る 刹那(せつな)
 
俊成に贈られた法服に 縫い取られる際 直された歌は 次の通り
 
ながらへて けさ「ぞ」うれしき 老の波
やちよをかけて 君に仕へ「む」
ながらへて けさ「や」うれしき 老の波
やちよをかけて 君に仕へ「よ」

 
異なる 歌が載っている ように見える
 
 
行く末の 齢(よはひ)は心 君が経む
千歳(ちとせ)を松の 蔭に隠れて
 
 
心は 千歳 待つ 蔭に 隠れて
 
 
建礼門院は 高倉天皇の后(きさき)
高倉天皇は 小督(こごう)を愛し
高倉天皇の子 後鳥羽院は
宮内卿(くないきょう)の才を愛で
 
小督(こごう)は 音樂を愛し
宮内卿(くないきょう)は 詩歌を愛し
二人の歌う音色は 青空に透ける
月白(げっぱく)に浸され
咲いては 水底へ身を沈める
未草(ヒツジグサ)に似るか
 
 
 【魂と 魄と】
 
李 賀 に「長歌 續(また) 短歌」という歌が あり
その解説に 原田 憲雄 大師は言はれる
 
 
この詩は 昼の世界と 夜の世界との 二つの部分より なるが
夜の世界は 昼の世界に対応しつつ さらに幽奇である
 
夜の月を 昼の秦王に ひきあてて 説いてきたが
月は 実は 秦王の おもかげを存しつつ すでに秦王を超え
詩人の肉体を抜け出して 飛翔する魂であり
詩人は 実は 魂に去られながら 地を離れえぬ魄の
魂を慕いて鬼哭する姿に ほかならぬ
 
中国の人は 人間は 魂と 魄とが 合して
肉体に宿ったものだ と信じていた
 
魂は もと天上のもので 罪を獲(え)て
一時 地上に堕落したものである
 
魄は もと地下のもので たまたま脱出して
地上に その安住の居を 求めるものである
 
幽閉の黄泉を遁(のが)れた魄は
天上から來た魂の うるわしく気高い姿に
恋着結合し 肉体を愛の巣として 地上に宿る
 
魂も また 魄の可憐に心ひかれて
人間の世界を その住居とするが
もともと天上のものゆえ
何らかの衝撃を受けると ただちに飛翔して
天上に帰ろうとする
 
魄は 魂と結び その浮揚の力によって
辛うじて地上にとどまり 光明を楽しんでいるが
足は なお 黄泉の鎖が断ち切れていない ため
つねに地下に向って 牽(ひ)かれている
 
魂に去られては 再び闇黒(あんこく)の泉下に堕落せねばならぬ
そこで しっかり魂を捉へて離さず それでも己の手をすり抜けて
魂が上昇しようとすると 黒々とした峰と化して その後を追ひ
それも かなわずに 魂が月となって飛び去った後は
人間世界と黄泉(よみ)との境を 徘徊低迷するのである
 
人は そのような構造をもつ存在であるから
現実に不如意ならば これを棄てて 夢想の天上に遊ぼうとする
この詩の前半において 夏日のもとに飢渇しつつ彷徨した詩人が
夜の世界に歩み入ったのは 不如意の現実を去って
夢想の天上に遊ぶことを 歌ったものである
 
現実を去ることは すなわち死であり 魂魄の離散である
魂にとっては その離散は 地上の不如意からの脱出であり
天上の浄福への還帰であろうが 魄にとっては 地上の苦悩よりも
さらに恐ろしい 孤独 地獄への召喚に ほかならぬ
離離たる夜の峰の 不毛の石群を降下しつつ ふと振り仰いだ
中天に 嬉しげに遠ざかってゆく魂を見出したときの
魄のかなしさ うらめしさは いかばかりであったろう
 
「長歌 續 短歌」よりは たぶん後に作られた「感諷 五首 三」は
「漆炬 新人を迎え 幽壙 螢 擾擾」と結ぶ
漆炬は 魂に去られた魄を待つ 黄泉の迎え火であり
擾擾たる螢は 地獄からの脱出を果たさず ひとり さびしく 引き立てられて
泉下に帰る 魄に対して はなたれた 幽鬼たちの 声なき哄笑であろう
 
そうして この哄笑は また「蘇小小(そしょうしょう)歌」の 西陵の下に
雨吹く風となって 陰暗の世界に 冷冷たる鬼火を はなちつつ
永遠に吹きつづけるのである
(李 賀 歌詩編 1 蘇小小の歌 原田 憲雄 訳注 平凡社 東洋文庫 645)
聴こえぬだろうか
想ひ出せぬ 失はれて久しき調べが
柔らかなる指と 清らな唇が
音のせぬ 薄闇の膜一枚 隔てた 深遠の向ふで

この歌を奏でる花は 枯れ蘆(ヨシ)の下に躱(かく)れ咲き
人知れず寄る辺なき 侘(わ)び暮しの身
摘み取りて持ち帰り 密かに献上すれば
玉の階(きざはし)の籠の鳥 天の川に帰れるわけもなく
己自身が これを聴くのも最後と

この後(のち)ずっと また聴きたい と希(こひねが)ひ
その音色が消えた後の 静けさを聴き
閉ぢて沈む花の上に 鎖(とざ)されゆく水紋を
果てしなく空しく広がる 心に見るだろう

そう想ひながら 水面(みなも)に踏み込んだまま
佇(たたず)んで居たのは 誰だったのか
誰を探して 魄が 魂を 探すように
自らの翳(かげ)が 躱(かく)れ沈む 花と重なる

背後で高く昇りゆく 薄い満月が
空の闇の深みに 天の川を躱(かく)している
蘆(ヨシ)の茂みに劃(かく)されながら
仄(ほの)かに耀(かかや)き渡る水面(みなも)に
翳(かげ)は連なり咲いている

日暮れとともに閉ぢ 葉蔭に沈んだのに
それとも 夢見ているのだろうか
風に靡(なび)く形に月光を浴び
遠く廻(めぐ)る月を譜に記し
水底(みなそこ)に睡(ねむ)る 花の夢から
月白(げっぱく)に耀(かかや)く音色を 浮び上らせ

その音(ね)は あたりに立ち籠(こ)むる
月の光の背後に響(とよ)み
水底(みなそこ)に睡(ねむ)る 花の奥に明るむ
夢の音色を一つずつ 觸(ふ)れ渉(わた)りながら
逃(のが)れ躱(かく)れむとする
淡き片翼が水面(みなも)を翳(かす)め

映らぬ翳(かげ)を仄(ほの)白き響(とよ)みに浸し
両翼の幻となって 煌(きらめ)き消ゆる のか


夢から醒(さ)め 茶室を訪ねると
それらしき軸が 掛けられていた形跡は なかった
茶室へ通ずる池を渡る橋も 朽ちて久しい
杜鵑(ほととぎす)の聲(こゑ)が響くことも なかった
だが ずっと羽音は していた

胸郭の奥 いつからか そこに久しく捕へられて
肋骨にぶつかる 羽搏(はばた)き
繪(ゑ)の裡(うち)から漂ひ出(い)づる
月白(げっぱく)の調べの殘響が
消えゆくところ 橋は掛かる

いつか その橋を見つけ この羽搏(はばた)くものは また
飛び去ってゆくだろう
 
 
暗がりに 仄(ほの)蒼(あを)く光る
ずぶ濡れの 凍るように冷たい 手を取ると
叩きつけ 吹き荒(すさ)ぶ 雨の涙の中 轟音が途絶へた
 
黄昏(たそかれ)よりも 一滴(ひとしづく)の涙ほどに
温かき色が 初めて観る 翳(かげ)の顔(かんばせ)の
奥の 月かげの眸(ひとみ)から 初めて溢(あふ)るる
泉のように 伝はって來た
 
たをやかな馨(かを)り
見ると その手の中で 萎(しを)れ黒ずんだ
蘭草(フジバカマ)の花が 生き返り
仄(ほの)瞬(またた)く眼差(まなざ)しを咲かせていた
 
ふいに音もなく 大きな息を吐くような 風が巻き起こり
背後から数多(あまた)の蝶が ふはり ふはり 押し寄せた
一面に広がり続く 花に
 
誰も いない
永(なが)の雨が已(や)んで 蘆(ヨシ)の葉から水面(みなも)に滴る音
仄(ほの)かに甘い馨(かを)りが漂ふ
涕(なみだ)と微笑みを含んだ 伏せた眼差しのように
 
蘭草(フジバカマ)の花に 淺葱斑(アサギマダラ)が寄り添ふ
夢を
水底の未草(ヒツジグサ)の花が
見ている
水面(みなも)に散り敷く 月の光の翳(かげ)で
それとも
 
李 賀が 宮内卿の 濡れそぼった手を取り
黄昏烟(けぶ)る 年古(としふ)りた木の翳(かげ)から
歩み出すと そこは
一面に広がる 薄く濃き緑の野に 遅い春の淡雪が
消えゆく ところで
その手は ひし と 李 賀の指を握りしめ
視野の隅で 唇が燃えるように戦慄(わなな)き
 
永く緩やかに 白い息を吐くと
辺りは 月明りの宵に鎖(とざ)されゆき
白い手が置かれた壁から
視線は離れ
細く瞬き 燃える糸を曳いて
遠い山裾の森へ向ひ
草すれすれに かすかに速度を上げる

あなたは 何を見るか
月の光に 花は葉となり 葉は花となる
光は雪に 風は雨に
紅葉は消え 黒々と鎮(しづも)り
竹の葉が一枚 風に白白と搖(ゆ)れ
節の間で薄闇に眠る 冬の記憶を照らし
冷たい匂いを放つ
 
雨降りやまぬ 山かげの森の
蘭草(フジバカマ)の眸(ひとみ)から
旅立った螢が 月光の雪 舞う中
水底(みなそこ)で眠る 未草(ヒツジグサ)に夢を灯(とぼ)す
それは 箏(こと)の調べを明滅し
蘆(あし)を搖(ゆ)らし 笛の音を目醒(めざ)めさせ
水辺に眠る 旅人の馬の耳を欹(そばだ)てさせる
あなたは 何処に いるだろう
 
 
李 賀 感諷 五首 三 結句
 
漆(うるし)の炬(かがり火) 新(しき 死)人を迎え
壙(小暗き 深き墓穴)に 螢 擾擾(じょうじょう と 乱れ騒ぐ)


宮内卿

軒 しろき 月の光に
山かげの 闇をしたひて ゆく螢かな
 
 
螢が一つ 古く荒れ果てた墓穴を迷ひ出(い)で
山かげの蘭草(フジバカマ)のもとを目指し 飛んでゆく
昔 昔は 浅葱斑(アサギマダラ)か
 
月は 皓皓(かうかう)と耀き 想い返す 雪霽(はれ)の夜
忽(たちま)ち凍りかけ 螢は
白く鎖(とざ)された水面(みなも)へ 落下
 
遙(はる)か下で 実を孕(はら)み夢見つつ 永(なが)の眠りにつく
未草(ヒツジグサ)に その翳(かげ)が差す と
気泡氷結を伝い 靄(もや)が立ち昇る
 
螢は 夢から醒(さ)めたように ふらりと飛び立つ その後へ
薄い翳(かげ)が 身を起こし すい と 追い抜き 身を躱(かは)し
二つの螢は 絡み合い 二つの欄干を閃(ひらめ)かせ
夜明け前 消えゆく星星の後 扉を次次 開いてゆく
 
明け方 未草(ヒツジグサ)は  水底から
月へ帰った 蕾のまま
辺りには 箏(こと)の音色と
林鐘梅に似た馨(かを)りが 立ち籠めていた
 
星星の蔭で 螢が ひっそりと光を放つ
凍っては 融け
二つで 一つ
朱華(はねづ) / 水浅葱(みづあさぎ)
魂と 魄と
柔らかく 温(ぬく)く 薄く 涼しく

木斛(もっこく)の雨

2018年09月03日 | 散文詩
頭に かすかに当たり 跳ね轉(ころ)がる
小さな 眠る赤子が 指を丸めた
白い拳(こぶし)のような 莟(つぼみ)

縺(もつ)れる髪を 梳(す)いてくれた
透き通る 母の指のように
軽く

木斛(もっこく)の莟 降る中 いつか
もう目覚めぬ 眠りに就きたい

つぎつぎ 飛び降り
跳ね轉がり 笑みつ 眠りつ

淺く薄く 流れる夢の中で その拳が 披(ひら)き
小さな 透き通った 指が 顕(あらわれ)る

霧雨の中 いつまでも
舞い疲れぬ 巫女(みこ)のように

入れ替わり 立ち代わり
ぽつ ぽつ と落ち
轉がりゆく かすかな音

 モッコクの花と莟(つぼみ) (アルママの気まぐれ日記)    

    モッコク

   成長すると 樹高は 約6m、時に 15m、直径 80cmに達する
   直立し、上で 放射状に広がる形に なり易い
   幹の樹皮は 灰淡褐色、皮目が多い

   葉は 互生ながら、枝先に集まる
   長さ 4-7cm、倒卵状 長楕円形、円頭で くさび脚、全体は しゃもじ状
   厚く光沢があり、日光が十分当たる環境では 葉柄が赤みを帯びる

   7月頃に、直径 2cm程の 黄白色の花をつけ、芳香を放つ
   花は 葉腋に単生、1-2cmの柄があり、曲がって 花は下を向く
   株により 両性花 または 雄花をつけ、雄花の雌しべは 退化している
Wikipedia モッコク)   

   玄関前に 植わっていて 三階より高く 繁茂する辺りで
   光ネットのケーブルを 包み込み
   もろともに 剪定(せんてい)されてしまったこともある

   玄関脇の道に 花や葉を落し
   木全体が唸(うな)る程 蝱(あぶ)蜂を集めるが
   果実は 見たことがない

   艶(つや)やかな朱赤に 色づいた葉が 時折 舞い降り
   季節と共に 去りゆく風が 遺(のこ)した
   微笑(ほほゑ)みに なる


髪の奥
彼方(かなた)から
母の指が 甦(よみがえ)る

明るい雨のように
朧(おぼろ)に 耀(かがよ)う
昏(くら)い空を 羽搏(はばた)く音

人けない階段
木斛の実の たわわに色づく
下を潜(くぐ)り 青葉 滲(にじ)む
宵(よい)の光が 斜めに差し込む

どこか遠い 夜更(よふ)け
遙(はる)かな 時を
滑るように歩く
青暗く光る 豹(ひょう)を連れた
娘の残像が ガラスの奥に 消えゆく

探している
その肌に 置かれた
透き通る 小さな指を包み
こぼれた莟を

透き通る 小さな指が
風を つかみ 奏でる

漆黒(しっこく)の髪が
澹(たん)として 星を覆(おお)い
闇(やみ)が
仄光る眸(ひとみ)に
翳(かげ)差す

落ちた葉が 暗然と
頰笑(ほほゑ)む
薄い風が 口の端を
かすかに 撫ぜゆく
Edmar Castaneda: NPR Music Tiny Desk Concert

メラブ・アブラミシュヴィリ 踊り子 テンペラ・合板 2006年
Merab Abramishvili Dancer Tempera on Plywood 76×52cm


二人の母親が わが子と言い張る
幼子(をさなご)の手を
左右より 引っ張り合せ

痛がる子が 泣き叫ぶのに
想わず 手を放した ほうを
母親と認めた 大岡 政談

ソロモン王の 叡智の裁定
旧約聖書 列王紀(上)
第三章 16~28 に
由來する という

もとは 生れたばかりの
赤子を めぐる話で
同所で 数日の裡(うち)に生れ
死んだ 赤子と すり替えられた
との訴えに 端を発す

子を失くし うろたえながらも
策略をめぐらし 素知らぬ顔にて
自らをも 欺(あざむ)かん
とする者と

子を失くしたかと うろたえ
ながらも わが子を よく見ていた
者の 爭(あらそ)いは

水掛け論と なりかねぬ ところ
忽(たちま)ち 一刀両断

「刀を これへ」

「赤子を 二つに分け
 半分を あちらへ
 半分を こちらに」

想いもよらぬ裁定に
一瞬で 本性が浮び上がる

驚き 言葉を失う裡にも
運ばれ來たる 刀は
手から 手へ

わが子の命を
守らんがため
息を 振り絞(しぼ)り

「お待ちください
 赤子は あの女のものです

 どうか 赤子を
 御生かしくださいますよう」
と 額(ぬか)づく母親と

自らが 原因の一端を担い
子どもが 命を落とす
暗い記憶を 甦らせつつ

赤子は 結局どちらも
自分の手には 入らぬのか
と 想い知ったのも束の間

「訴えを 取下げる」
との 悲鳴に
われに返った もうひとりの女は

遅れをとったことに 内心
舌打ちしながらも
慎重に 賢しげに言う

「あなた のものとも
 わらは のものとも せず
 赤子を 御分けくださいますよう」

まこと舌を巻く この言葉には

「自分のものに ならぬなら
 他人のものには ならせるものか
 死ぬがよい」

との 恐ろしい願いが
秘められておらぬだろうか

召使の就寝後 幼き亡骸(なきがら)を胸に
隣室へ 忍び込み 赤子を すり替えた
女の わが子の死は 添い寝の際
下敷きにして仕舞う という
痛ましい事故に よるものだったが

災害とも 運命とも つかぬ
出來事を 受け入れられず
出來事のほうを 変えようとする

自らが失った 幸薄きものを
他者のもとに無事ある 幸多きものと
同等と見なし 自らが持つべきものとして
奪い取ってよし と するなら

未(いま)だ 持たざるものであろうと
決して 持ち得ぬものであろうと
他者が持つものは すべて 自らが
自らだけが 持つべきである 他者ではなくして

とするに 毛一すじ程の差もなく
踏み越ゆる 一歩も俟(ま)たぬ


王は 「刀を これへ持て」
と 言われ つぎに
「生きている赤子を 二つに分けよ」
と 言われた

王は 「刀で 赤子を 切り分けよ」
と 言われたか?
言われておらぬ

それは その二つを 結びつけた者が
心中に 聴いただけである
だが 結びつけぬ者が あろうか

互いに 子を わがもの と主張するばかりで
母であれば 子のため なにを 望むか が
一向に 明らかに ならぬ ので
王は 論点を正されたのである

子の母が なによりも 望むこと

それは 子が 独りの人として生き
命を全(まっと)うする ことか

それとも 自らが 子を
わがものとする ことなのか

この問を つねに正しく 心の内に聴き
あらゆる瞬間に 正しく答うる者は
幸いなるかな

その子は 独りの人として
限りなく 慈しみ育てられ 育つからである

たれをも なにをも わがものとせず
愛することが でき
求むことなく 惜しみなく 与え

悲しみと絶望からさえも
喜びと希望を
引き出すことが できる
人となる からである




列王紀(上)第三章
3 ソロモンは 主を愛し、父ダビデの定めに歩んだが、
ただ 彼は高き所で 犠牲をささげ、香をたいた

4 ある日、王はギベオンへ行って、そこで犠牲を ささげようとした
それが 主要な 高き所であったからである
ソロモンは 一千の燔祭を その祭壇に ささげた

5 ギベオンで 主は 夜の夢に ソロモンに現れて 言われた、
「あなたに何を与えようか、求めなさい」

6 ソロモンは言った、「あなたの しもべである わたしの父 ダビデが
あなたに対して 誠實と公義と眞心とをもって、あなたの前に歩んだので、
あなたは 大いなる いつくしみを彼に示されました
また あなたは 彼のために、 この 大いなる いつくしみを たくわえて、
今日、彼の位に座する子を授けられました

7 わが神、主よ、あなたは このしもべを、
わたしの父ダビデに代って 王とならせられました
しかし、わたしは小さい子供であって、出入りすることを知りません

8 かつ、しもべは あなたが選ばれた、あなたの民、すなわちその数が多くて、
数えることも、調べることも できないほどの おびただしい民の中に おります

9 それゆえ、聞きわける心を しもべに与えて、あなたの民を さばかせ、
わたしに 善悪を わきまえることを 得させてください
だれが、あなたの この大いなる民を さばくことができましょう」

10 ソロモンは この事を求めたので、そのことが 主の みこころに かなった

11 そこで神は 彼に言われた、「あなたは この事を求めて、
自分のために 長命を求めず、また 自分のために 富を求めず、
また 自分の敵の 命をも求めず、ただ 訴えを ききわける知恵を 求めたゆえに、

12 見よ、わたしは あなたの言葉に したがって、賢い、英明な心を与える
あなたの先には あなたに並ぶ者が なく、
あなたの後にも あなたに並ぶ者は 起らないであろう

13 わたしは また あなたの求めない もの、すなわち 富と誉をも あなたに与える
あなたの生きているかぎり、王たちのうちに あなたに並ぶ者は ないであろう

14 もし あなたが、あなたの父ダビデの歩んだように、わたしの道に歩んで、
わたしの定めと命令とを 守るならば、わたしは あなたの日を 長くするであろう」

15 ソロモンが 目を さましてみると、それは 夢であった
そこで 彼はエルサレムへ行き、主の 契約の箱の前に立って
燔祭と酬恩祭を ささげ、すべての家來のために 祝宴を設けた



16 さて、ふたりの遊女が 王のところにきて、王の前に立った

17 ひとりの女は言った、「ああ、わが主よ、この女と わたしとは ひとつの家に
住んでいますが、わたしは この女と一緒に 家に いる時、子を産みました

18 ところが わたしの産んだ後、三日目に この女も また 子を産みました
そして わたしたちは 一緒に いましたが、家には ほかに だれも
わたしたちと 共に いた者は なく、ただ わたしたち ふたり だけでした

19 ところが この女は 自分の子の上に 伏したので、
夜のうちに その子は 死にました

20 彼女は 夜中に起きて、はしための 眠っている間に、
わたしの子を わたしの かたわらから取って、自分の ふところに寝かせ、
自分の死んだ子を わたしの ふところに寝かせました

21 わたしは 朝、子に 乳を飲ませようとして 起きて 見ると 死んでいました
しかし 朝になって よく見ると、それは わたしが産んだ子では ありませんでした」

22 ほかの女は 言った、
「いいえ、生きているのが わたしの子です。 死んだのは あなたの子です」
初めの女は 言った、
「いいえ、死んだのが あなたの子です。 生きているのは わたしの子です」
彼らは このように 王の前に 言い合った

23 この時、王は 言った、「ひとりは『この 生きているのが わたしの子で、
死んだのが あなたの子だ』と言い、また ひとりは『いいえ、
死んだのが あなたの子で、生きているのは わたしの子だ』と言う」

24 そこで 王は「刀を 持ってきなさい」と言ったので、刀を 王の前に持ってきた

25 王は 言った、「生きている子を 二つに分けて、
半分を こちらに、半分を あちらに 与えよ」

26 すると 生きている子の 母である女は、
その子のために 心が やけるようになって、王に 言った、「ああ、わが主よ、
生きている子を 彼女に 与えてください  決して それを 殺さないでください」
しかし ほかの ひとりは 言った、
「それを わたしの ものにも、あなたの ものにも しないで、分けてください」

27 すると 王は 答えて言った、「生きている子を 初めの女に 与えよ
決して 殺しては ならない  彼女は その母なのだ」

28 イスラエルは皆 王が与えた 判決を聞いて 王を畏れた
神の知恵が 彼のうちに あって、さばきを するのを 見たからである(列王紀 上〔口語訳〕

Ares Tavolazzi - Ofelia's Song

メラブ・アブラミシュヴィリ 花 テンペラ・合板 2006年 54×75cm
Merab Abramishvili Flowers Tempera on Wood


もうひとりの女の その後について
言及されておらぬ のに
気づかれただろう

彼女は 罰されたか?
否(いな)

彼女は 哀れまれた かもしれぬ
蔑(さげす)まれもした かもしれぬ

だが 亡き子の母だった
それが 彼女を変えたかもしれぬ


女は 一度 子を奪われたので 奪い返した
すると 奪い返した子は また奪われた

二度 子を奪われた 女の心は
石となり 落ちて 二つに割れた

心の抜け落ちたる 身体は
衰へ死ぬる時まで 独り生きた

二つに砕けた 心の内
一つは 雨に打たれ 流れを下り
海の底へ轉り落ちて 冷えた

二度も 去られた
と 打ち捨てられた心は
冷え切りながら 恨んだ

すべての子が すべての母から
去り 引き裂かれ
たった独り 死ぬがよい

満月の明るい 深更(しんこう)
深みより浮び上がり

月の面輪(おもわ)の映る
漣(さざなみ)に
わが子の眠る 顔を見た

千千(ちぢ)に搖(ゆ)れ
満ち退く 汐(うしほ)の裡に
微笑(ほほゑ)みて

その中には 赤子だった
時分の 女自身の顔もあった

隣りの部屋の女の
生きている 子の顔も

見分けが つかぬ
誰の微笑みか

すべての赤子は眠る
自らの心の 途切れぬ水音の
子守唄を聴き 命の泉の水底(みなそこ)にて

大人になった者も
老いた者も 泉は涸(か)れる ことはない
すべて つながっているから
月の光の奥で 海は呟(つぶや)く

砕けた女の心は うっすらと笑った
つながって
去った と 想うたが
つながっていたか

砕けた女の 心の泉は凍りつき
さらに 冷えゆき
超流動で 渦巻き

少しづつ 時間と空間を 擂(す)り潰(つぶ)し
すべての泉を 凍らせん と
源へと 少しづつ にじり下りた


もう一つの心は どうなったか

陽に焼灼され 砂に埋(うづ)もれ
大地の縁を潜(くぐ)り 眩(まばゆ)く
燃え盛る 火の流れに熔(と)け

二度も 奪われた
と 割れた心は 灼熱に滾(たぎ)り
目も眩(くら)む程 憤(いきどお)った

なにものにも 代え難(がた)きものを
失った自(みづか)らも
失われた幼き生命(いのち)も
顧みず 嘆き 悲しむ ことなく

そうでは なかろう
と 地核で 火が ゆらめき上がった
二度 奪っただろう

己が眠りの 深き潭(ふち)に
身動きのとれぬ程 重き肉を
子の 上に覆い被せ その息を奪い
子を 身の内に 戻そう
とする かのように

砕けた女の心は 口の端を
かすかに歪めた そうかもしれぬ
なぜなら それは わらは の もので
わらは から 離るるべき では
なかった かもしれぬ

すべてを熔かし
身の裡に 燃やし尽くさん と
核融合と減衰を重ね 地核に迫った



ふたつの心が 出遭(であ)ったとき
正面から 背中合せとなるように
一つに ならず 互いを 通り抜け
消えた

なにか小さく 目に見えぬ
翳のようなものが
そこら中に 飛び散っていった
子守唄のようなものを
逆さから 詠唱し
吸い込んで 音もなく弾け
消ゆるように見えて 遠ざかる


彼女は 渦巻く眸(ひとみ)に 見つめられていたが
それは 大き過ぎて 異なる次元に居た

ソロモンは その聲(こゑ)を聴くことが でき
銀河の片隅で 今し方 併合をなし
すべてが重力波となって 全天へ散り
消えていったもの について
尋ねられた

「あれは 失くした子を 探しに行きました
 あれが奪って わが子とした子を 母親に返したので」
「頑固な」
「まことに」
「では 奪うのでなく 与うことを學(まな)び
 死の谿(たに)へ 轉(まろ)び落ちた
 すべての子を 救った暁に 返してやるがよい」
「不滅に なりましょう」
「もう なっておろう」


女は 深く 重い 眠りより
覚めようとしていた

すべては 手から
すり抜けよう としていた
もがこうとしても 聲を出そうとしても
身体は動かなかった

たれかを 呼び止めようとしていたのか
なにかを 否定しようとしていたのか
それが 起こるのを 知っていた

胸に食い込む 石のようなものに
懸命に 目を見開くと
月の光に 蒼白く
赤子が 息を引き取っていた

煮えくり返り 凍りつく嘔吐

痺(しび)れた みぞおちに
歪(ゆが)んだ 子の口元を 宛(あて)がい
女はそっと 渡り廊下に出た

なんの音も せぬ
風が 帳(とばり)を かすかに 動かす

あの部屋の女は
数日前に 赤子を生んだ

この子が泣くと その子も泣き
その子が泣けば この子も泣いた

わらは は どこへ行こうとしているのか

その帳の前で

隅で丸くなる 婢(はしため)の影と
奥の いま一つの帳の向うに

伸ばされ 丸まり 閃く指の影


女は 帳の前を通り過ぎ
素足のまま 月明りの中へ出(いで)
歩いていった
Robohands - Hermit(from album: Green)  
メラブ・アブラミシュヴィリ (P.10-11) テンペラ・合板 2006年 54×75cm   
Merab Abramishvili Leopard(P.10-11) Tempera on Plywood Baia Gallery  


どれほどの生命と 引換えに しようとも
山なす 熱き 怒りも憎しみも
海なす 深き 愛も悲しみも
死ぬる子を 生かすことは できぬ

子を抱(いだ)き 歩みゆく
子が死ぬる こと なき
時 ところまで

途上で 時折 出逢(であ)う
迷い子は
手を取り 息を吹き込んで
居るべき 時 ところへ 戻し

いつか 目覚める前に

子の上から 身を引き剥(は)がし
その口に 息を吹き込み

子が 泣くのを 聴く
生れた 時のように


青暗い豹のような翳と
若い女は どこへ 行ったか

かれらは たれだったのか
月も 海も 大地も
消ゆる火も 風も 嘿(もだ)すのみ

Immortal Onion - Ocelot of Salvation(救世のオセロット)   
(from the debut album: Ocelot of Salvation)   

アンリ・ルソー 蛇つかいの女 油彩・画布  169.0×189.0cm オルセー美術館
Henri Rousseau The Snake Charmer Musée d'Orsay Oil on Canvas 1907年






Immortal Onion - Gestation(1st tune of the debut album: Ocelot of Salvation)      
 
Difference between Gestation and Pregnancy
 懐胎 と 妊娠 の 違い


 1. What is gestation and pregnancy?
 一、 懐胎とは、そして 妊娠とは、何か?

In humans, the process of reproduction is sexual.
It involves the union of the sperm produced by the male and the ovum produced by the female.
This process is called fertilization.
It results in the formation of the zygote, which undergoes divisions to develop into the embryo.
The embryo then develops into the foetus.
The growth and development of the foetus takes place in the uterus.

人間において、生殖の過程は 性的なものである
男性より生み出される精子と 女性において生成される卵子との 結合を含んでいる
この過程は 受精と呼ばれる
接合体が形成され、それが分裂して胚になる
胚は その後、胎児に発達する
胎児の 成長と発達は 子宮内で起こる

Immortal Onion - First Steps(2nd tune of the debut album: Ocelot of Salvation)      
Gestation is the period of time between conception/fertilization and birth.
During this time, the baby grows and develops inside the mother's womb.
Gestation means carrying, to carry or to bear.
Gestation is the carrying of an embryo or foetus inside the female's womb in mammals and non-mammalian species.

Pregnancy, more accurately, is the process and series of changes that take place in a woman's body and tissues as a result of the developing foetus.
During a pregnancy, there can be one or more gestations occurring simultaneously; for example in case of twins.

懐胎は、受胎/受精から出産までの 期間である
この間、赤子は成長し、母親の子宮の中で 発達する
懐胎とは、担うこと、包含すること、持ち堪えること である
懐胎とは、哺乳類や それ以外の動植物種の 雌の胎内に 胚または胎児を担うこと である

妊娠は、より正確に、発達中の胎児によってもたらされる
妊婦の身体や組織に生ずる 過程や一連の変化である
妊娠中、同時に発生する 一つ以上の懐胎が起こり得る、例えば 双子の場合である

Robohands - Strange Times(9th tune of the album: Green) 

 4. Summary;    四、 まとめ
Gestation is the time period between conception and birth during which the embryo or foetus is developing inside the uterus.
Gestation means to carry.
Gestational age is calculated from the first day of the last menstrual cycle.
Gestational period in a human female normally is 266 days.

Pregnancy is the series of changes that take place in a woman's body tissues as a result of the developing foetus.
Pregnancy is divided into three trimesters each lasting for 3 months.

懐胎とは、胚または胎児が 子宮内で発生している 受胎から出生までの間の 期間である
懐胎は 胎を懐に担うこと である
懐胎の月齢は、直前の月経周期の初日から 数えられる
ヒトの女性における 懐胎の期間は 通常 266日である

妊娠は、発達中の胎児によって もたらされる、妊婦の体組織に生ずる 一連の変化である
妊娠は、それぞれ 三箇月間に亘る、初期・中期・後期 に分けられる

人間の脳の 左右の半球は
完全に分離されている という
違うことを考え
異なることに興味を持ち
別の人格を持っている のだ そうだ

右脳にとっては いま
ここ に 現在だけが ある
映像で考え
自分の身体の動きから 運動感覚で学ぶ
そこでは 自身が
自身を取り巻く 全てのエネルギーと
つながった存在として 感じられる

左脳にとっては 過去と未来だけがあり
すべてが「未だ」から「既に」へと
直線的 系統的に 刻刻と
なし崩しに 移り変わってゆく
左脳は 現実の瞬間を表す
巨大なコラージュから 詳細を拾い出し
その詳細の中から さらに
詳細についての詳細を 拾い出す
場の量子こそ 基本的な
物理的実在であり
空間中 どこにでも存在する
連続的 媒体 なのだ
(フリッチョフ・カプラ「タオ自然学」)
場が 唯一の リアリティである(アインシュタイン)

粒子は 場が 局所的に凝縮したもの
(フリッチョフ・カプラ「タオ自然学」)
だから 光は 粒子であり それは 波動なのだ
そこへと凝縮しつづけて いるから

エネルギーと 物質が 等価である
ことを示す E=MC²は
場と エネルギーも 等価である
ことを示しても いる

凝縮 凝集と 拡散 伸長
脈動し 律動する
時と間 粒子と波動
渦巻き上がり 解(ほど)け波打つalterd様のブログもし いま が ありつづけ
わたしが 広がりつづけ 拡散してゆくなら
わたしは 空間であり 場であり
そこに 生命を 包含している
わたしと 胎となるべき 可能性を
立ち止まれず 進みつづける

もし 過去と未来が わたしを境に
流れゆくなら わたしは
カルマン渦をつくる 杭かもしれぬ
わたしが 進んでいる のではなく
流れが わたしを貫き 置き去りにする
わたしに 生命が宿ったとき
それは 逆カルマン渦となり
わたしは 生命とともに 杭を離れ
流れの源へ 遡(さかのぼ)る

空間の密度が増す のは
そこから離れる ことだろうか
三次元のものから 離れると
二次元に なる
そして やがて一次元になり
時空の狭間に 消ゆる
ように 見える

だが もし
十分に広い 視野を持つなら
星々から離れると 銀河が顕れ
銀河から離れると 銀河団が顕れ
銀河団は 連なっている

あるところで 逆轉している
かもしれぬ
放れ 離れてゆくと
間近な 小さなところから
浮び上がり 帰っている
かもしれぬ

近づくと 空間が顕れる
十分に近く 離れた
広い視野を 保てれば
陽子に近づくと 空間が広がり
陽子のまわりに飛び交う
電子が 宇宙をなし
陽子の中にひしめく クォークとπ中間子
崩壊すると 光が顕れる 二つ

拡がり漂い 離れゆく力と
深く沈潜し 圧縮を解く力
流れる力と 留まる力

重力と 時間と 空間から 解き放たれ
あなたは 光の中に 居るのだろう
二つの 光の中に

半身

2018年05月29日 | 散文詩
テムズ川の畔で 学生の漕ぐボートを眺めていた
イーディス・ホールデンの花芽に気づき
よく見ようとして 足を滑らせた とされる

黄泉の どこまでもつづく黄昏
高い門が開いていたので 自転車を立てかけ
彼女は入っていった

かすかに黄ばんだ光の中
邊り一面 彼女が描いた花が生い茂る
きれぎれの水面が ひんやりと間を漂う

波紋のように淡く交わる 草花の虹の向こう
色のついた指を背に組み歩む 丈高き彼の後ろ姿
草の間に半ば翳り 半ば透け

虹色に滲む 木洩れ日に濡れそぼったまま
水底にゆらめく木蔭から振り向く とじた目の
周りは青く透け 消えゆく渦がたゆたう

がひらかれると 水面が二つ
な景色が くっきりと逆さに沈む
そこに彼女は居らず 花もない

寒々と枝伏し 差し交わす湖面は
ふいに もう二つに割れ 一対は そのまま
一対は低く やや近くに降りてくる

家族で暮らすから 不意に連れて行かれた寄宿学校を抜け出し
チェイニー・ウェンジャックは 七百キロ余りを歩いて
家に帰ろうとしたが 道半ばで斃れ

ポケットの中 ガラスの小の底に マッチが幾つか
凭れ掛かり合い かさかさと囁く 幼き勇者の冷え切った骨のどこか
頽れては また立ち上がる 内なるティーピー空飛ぶカヌー

故郷広大な自然公園内のへ いつものように
釣りに出かけた トム・トムソンカヌーだけが 翌日
遺体は 八日後 湖面を漂っているのが 見つかった

森から湖へ滑空する翼に映る 山鳩色カヌーと別れ
湖に浮かぶ足首に 見慣れぬ釣り糸が丹念に捲かれていた という
トーテム ポールのように透け重なり 風にひび割れて揺れる少年と青年

間の高さで 向き合う彼女のまわりを きれぎれに廻る
水面に揺れる 実る花芽が綻びた その先に芽吹いた花は
半音ずつ下がった不揃い靡かせ

三対のに沈んで浮かぶ
異なる景色を 遙かから
同じ かすかな唱う風が そよぎ抜け

細き木間より 棚引くを伝い ひそやかに
耳の奥で渦巻き 耀う
木霊かすか 素足の裏へ ゆらめき消え残る

遠く風のようなが 耳と耳の間で響み
淡い日差しのように 目の後ろに留まると
透け重なった二人のが 彼女に聴こえてくる

「君が居るのは わかるけど 見えない
 誰か木の上で唱ってる人も 見えない
 どこか ふれてごらんよ

 色が移って 見えるようになるから
 もとの色のところは なくならないから 大丈夫だよ
 トム だ トム・トムソン 絵描き」 チェイニー 家に帰るんだ」

重なっていた かすかなが 二つに別れ
差し伸ばされた 大きな手と小さな手の間に
彼女の手が ちょうど滑り込む

そっと ひらめかせると
と甲にふれる
花びらのように 薄く柔らかい

「イーディス 私も絵描き 家に帰るところ
 枝の花芽を見ていたの 後で描こうと想って」
の奥で 水溜りがゆらめき

空を漂うが ふいに広がり 故郷をわたる風のように響む
それは 故郷を運んでくる 目と耳からのが 息のへ結ばれる
切り立ったのようでもあり 深い谿のようでもある 記憶の源の泉から

「いつか見てみたいな 君の花  「母さんも 気づくといつも 花の中に居た って
 僕には自分が描いた景色しか   僕のまわりには枯れた林しかない
 見えないけど」         とても寒いんだ」

前を往き 導くのでなく 後ろに退き 付き従うのでなく ともに歩む 気づくと
花の中 雲が浮かび 鳥が舞い 水が流れ 草木がそよぐ ひと連なりの永くうねる
輪のに 響き伝わる太古からの息吹 遙かな高みから 地の 海の彼方を越え

水底へ 重なりつづく数多のは 光の間を吹き廻り 言の葉を熾す風を紡ぐ
故國と呼ばれた ハムレット・ゴナシュヴィリ
庭で林檎の木から墜ち 亡くなった

大地にふれる前に 幾重にも巻き集っていた風に 高空へと抱き上げられ
彼はだけになって 空を廻っている と チェイニーは言う
数多の祖先の歌い手 いっぱい居るけど見えない 鳥と虫とともに 星のように

ずっとを聴きながら 故郷へ帰れなかった子らの傍らを歩み
送り届けているのね 励まし 一緒に迷い 育ちながら
もう あなたも帰っていいのよ

あなたがずっと歩いてきた 時の流れの
身を屈め 映じた 生命の
枝には芽が ふくらんでいる ずっと先まで

すべての季節の草と花で 彼女の腕が 生きている緑の橋を掛けると
その周りに 少年の映った時が 光に煌き躍る水面を 風のが吹寄せ 連ね
その先で彼のカヌーが 低い雲の切れ端のように 月の光を湛え 待っている

彼女の腕が 少年を包むように伸びてゆき
風と淡い明るさの中を 押し出されるように少年は進む
振り返ろうとするが 彼女はすべてほどけて

押し寄せる花と葉になり
もう見えない 明るく翳る光と反映の間
かすかな雨のようにがする

目を戻すと 間近な水面に重なりゆく
斃れてから 生まれるまでの 光景の切れ端が
螺旋にうねる 緑の橋の下へ滴り 渦巻き 連なり流れ

橋の終りに 淡く翳った羽のような空色のカヌーが揺れていて
いつからか ずっと一緒に居た若者が
夢のように姿を変える 不思議なを携え待っている

波間に煌き落ち
風のに耳を澄ませながら
が水をきり をひらく

波間の光が眩しく眠くなって ふと目が覚めると
温かなに居て 目の前に 明るく翳った
空と水面を映す 鈍色の羽の色をしたカヌーと 虹色のが波に揺れ

男の人のと女の人の
舳先に透け 風の中の
笑っているように消え

永い夢を見て すっかり忘れてしまった
ように 頭がすっきりし
森の奥で 妹たちが父と母と笑うのが聴こえ

ご飯の いい匂いが漂い
釣竿と見慣れぬ釣り糸に 花のように香る
虹色の魚を入れたを持って 立ち上がる

ふと 甘く爽やかな香りを たどってゆくと
のような 見たこともない
白い花が咲いていた

邊りには 小さな薄紫の明りを灯した花が
伸び上がり かすかな風の 聲明 にそよぎ
いくつも舞っていた

森の奥へと連なる道に
宵闇の奥から届く 遠い昔 遙か彼方
星々の薄明りを 映すように

踵を返し 歩み出す
カヌーが いつまでも揺れ
花の香りが 風に棚引き

が遠く かすかに響いていて 細い月が
明星を二つ連れ 明るさの仄かに残る 空に
穏やかに 白く耀う

しだいに低くなる 音色
亡くなった 生まれてなかった これから生まれる
生まれても 身体の奥に 鎖されたまま の

数多のが 苦しみを癒やし
へ渡る風に変える 音階をくりかえし
あなたのに降り來る

邊りに満ちる生命を想い
温かな涙と微笑みに耳を澄まし
あなたは手を差し延べ 黙し 唱い 和す


―― - ― - ――――― - - ― ――――― - ― - ―――――― ― - - ―――――― - ― - ――



オディロン・ルドン Odilon Redon(1840 - 1916) オフィーリア Ophelia c.1903
1903年頃 パステル・紙 pastel on paper 19.5×26.2cm 個人蔵 Private Collection



Kate Bush - And Dream of Sheep       

イーディス・ホールデン Edith Holden (26 September 1871 – 15 March 1920)



William Butler Yeats - Down by the Sally Gardens(by Alfred Deller

イーディス・ホールデン Edith Holden 八月 August(スコットランド の
アカライチョウ)(Red Grouse in Scotland) カントリー・ダイアリー
The Country Diary of an Edwardian Lady (Nature Notes for 1906 年)






Fryderyk Chopin - Etude Op.25 No.5(by Vladimir Horowitz

イーディス・ホールデン Edith Holden 冬の木の実 / イボタノキローズ・ヒップ
サンザシ Winter berries / Privet , Hips and Haws  カントリー・ダイアリー
The Country Diary of an Edwardian Lady (Nature Notes for 1906 年)



Komitas - Six Dances for piano(by Hayk Melikyan
イーディス・ホールデン Edith Holden 「葉を落した茨の中に / 陽気なミソサザイ /
岩から / 下がる氷柱が雫を滴らせ / 彼女の永の棲み処に注ぎ込んで / 欠片が彼女の風切羽に遍く
降り注いでも / ミソサザイは軽やかに飛び / そこら中に雨と跳ね散らかして / 翼の上で歌う」/
ジェイムズ・グレアム "Amid the leafless thorn / the merry Wren,/ When icicles
hang dripping / from the rock,/ Pipes her perennial lay; / Even when the flakes /
Broad on her pinions fall,/ She lightly flies,/ Athwart the shower / and sings
upon the wing" / James Graham. ミソサザイヨーロッパ カヤクグリ Wren
(Sylvia troglodytes)
and Hedge Sparrow(accentor modulares) カントリー
・ダイアリー The Country Diary of an Edwardian Lady (Nature Notes for 1906 年)













Navajo Healing Song(by the Navajo & the Sioux)

Alan Vernon The Bottom Figure on the Pole-of-the-Wolf Totem in Gitwangak, BC.
The earliest known photo of this pole was taken by J. O. Dwyer in 1899
- over 110 years ago. This figure shows the Bear-Mother, Xpisunt,
the mythic ancestress who is holding a bear cub in her arms.



山鳩色 Dove Grey         Edmar Castaneda - Jesus de Nazareth   




Roo Panes - Lullaby Love         

トム・トムソン Tom Thomson(5 August 1877 – 8 July 1917)



トム・トムソン Tom Thomson カヌー湖 Canoe Lake   
Spring 1914 年 春 油彩・板 Oil on wood 21.5 × 26.6 cm   



Alexei Stanchinsky(21 March 1888 – 6 October 1914)  
山鳩色 Dove Grey            -  Prelude in the Lydian Mode   


















聲 ―― オフィーリア 異聞 ――

2018年02月02日 | 散文詩

「ハムレットの 御父上 ですか」
と きくと 目と眼鏡の間を きら と なにか よぎった

素足の裏から きこえた 水底 深き音域は 「ハムレット」 と だけ
それは 父の名で 子の名 「ハムレットの 父は ハムレット」
という 應(いら)へ だった かもしれぬ

  「」は「応」の 正字
  「心」+ 音符「䧹」で 会意 形聲する
  「䧹」は「鷹」の 原字  人が 大鳥を しっかりと 抱きかかえる(「擁」)さま
  そのように しっかり受け止める 意

埋葬された ところは 少し離れている けれども
昏く 冷たい波に 呑み込まれなかった ほう の 蝸牛
「ここから出るんだ いま すぐ」
と 垂れこめた オーロラに 半ば とざされた
夢の 向う岸より 響き渡った 聲に からくも 逃れ出て

それきり 失われた 雙子の兄弟を探し
まだ この邊りに 居る かもしれぬ

  「 」は「双」の 正字
  「隹」は 鳥の形 「雔」は 二羽の 相対する形 「又」は 手
  一羽を 手に持つ のが「隻」 二羽を 手に持つ のが「雙」
  二羽一つがいの鳥を 手で持つこと から 二物にして 一対となるもの を表す
  その 鳥占(とりうら) により 獄訟を決する のが「讐(讎)」

兄弟と 一緒に居たのは 遙かな昔
この洞窟の奥の 温かな砂洲で
背に乗せてくれた 海馬 の すべすべした首を撫でながら
松果体 の 明滅する 話を 聴いていた頃

すべてが二つで 手をとり合う中
松果体は とても早くに その兄弟を 失った と

狭い 洞窟で ともに育つ うち
ひとりは 遙かに 天を目指し 浮かび上り 脳漿 の海から外へ
青い光の中へ 出てゆき やがて とけ去った
泡のように

兄弟が 最後に見たものは いまも 松果体を 森閑とさせる
青い 青い光

帰り道 考え込んだまま 現れては消える 曲り角を通り抜け
ふと気づくと 独りきりの小部屋に居て 振り返ると
背が 壁につき もう どこへも行けなかった

近くて遠い どこかで 同じように 洞窟に埋もれた
雙子の兄弟とは それきり ずっと 別れたまま
互いに 聲だけが 聴こえていた オーロラが 降り 閃く までは


重なり合った 雲の底で 罅割れるような 光が走った
うねうねと つづく徑に 片足をつき
眩暈のする高みへ昇ってゆく 逆光の翼を見つめた

下では 矢のように 低く 数羽が交錯していた
「見つけた」 と 草々まで 囁いている氣がした

自転車の翳が 引き伸ばされながら 這い込んでくる
ふいに 向きを変え 扉に散った
淡い青が 血のように揺れ やまなかった

ゆがんだフレームは 海馬に 戻ろう と するかのように
暗がりで 静電気を帯び かすかな電場を放つ
弟に ばらまかれた オシリス
身体の一部を 呑み込んだ の 昏迷が
凍りかけた 泡のように 出口を探し 蠢く

妹と結ばれ 弟に殺される オシリスの
弟の嫁は もう一人の妹で
彼らは ふたりずつ居て
母が天空 父が大地であるように
生命と 死の世界を分け持ち 平和だった

爭いの神話は 後の世に 生み出された

  「」は「争」の 正字  会意
  ひとりの 手「爫(< 爪)」と もうひとりの 手「ヨ」が
  なにか「亅」を つかんで 反対に 引っぱり合う さま

オシリスから順に 生まれるとき
先に生まれんとして 子宮を破り 脇腹から生まれた
という 弟は 間に合わなかった が
理不尽な災害を起こす 力は 極端に強い とされ
軍神として 崇め奉られた

われ こそ
われ のみ 力を支配せん と
策略を廻らし 眞実を捻じ曲げ
新たな神話を 縒り出そう と
妬み 爭う心は なぜ 生まれるのか

けたたましい音がして 古びたガラスが割れる
骨のように いびつな 濁った氷の塊が
あちこちに跳ね 足先へ転がってきた

手に取ると ひどく ゆっくりと溶ける
空の高みの 目のように
なにも映っていない 水の匂いがした

石段を下りると 笹が茂り立ち
水溜りに 穴だらけの葉が群れている
花は一つも ない

ぶぅーん と音がして 見上げると
あちこちから 黒ずんだ 蔦が 降りてくる
よく見ると 濃い煙の塊りで
先で 目を とじた顔が 昏く
空洞になった口を 開けている

耳を近づければ なにか きこえるだろうか
無音で繰り返された 光景が
壁を覆い 枯れ 頽れた後も 反響している のが
カブトガニ の 血
ヘモグロビン に含まれる 鉄一つ ではなく
銅二つ で 酸素を運ぶ ヘモシアニン
シアン 淡い 青

それは 細菌内毒素と反応し 汚染されると凝固
ゲル状となり それを封じ込める
その感度は ppt(一兆分の一)

その血を 三〇%も抜いて
ワクチン 等の 汚染試験 に 用いられる という
海に返される というが その死亡率も 三〇%

血を抜かれた カブトガニが
溺れながら 必死で 泳いでゆく 昏い海
深い波間

探していたのは 昨日見かけた 小さな蝸牛の殻だ
水溜りの脇の 苔生した丸石に くっついていた

苔の宇宙を ゆっくりと旅するクマムシの
手首の邊りが 綻びている

蝸牛の殻の表面や 瀕死のカブトガニの傍らを
漂っていた 目が翳り 顧みて
やがて 針のような爪と 一すじの糸が
縁で きらめき 繕いはじめる

「こんなで 出かけては だめでしょ」
という呟きが 脇腹のどこかで きこえ
クマムシは その邊りを眺めるが
綻びが 直っていくのには 気づかぬ

蝸牛の殻の中は しづまり返っている
邊り一面 ニュートリノ が降り注ぐ
宇宙は 退き 寄す 音楽に満ちている
響きは 波へ合わさり いつまでも やまぬ

近々と寄せる 音の狭間を潜り 遙かな彼方から
きらめく記憶が 傍らで 大気と水と光を紡ぎ
ほつれを直す
治らぬときは 手で さすり 覆い
留まる 唄を 呟きながら

蝸牛の殻から 一つづきの ニュートリノの波が
子守唄に ひき寄せられる 星座のように
連なり 流れ來る
トム・トムソン Tom Thomson カヌー湖 Canoe Lake   
Spring 1914 年 春 Oil on wood 21.5 × 26.6 cm   

初めて ここで出逢ったとき 「探しに 來られたか」 と きかれ
「なにを ですか」 と 言おう と した のに
「いや 見つけられに」 と

宮廷で遠く 人垣越しに見た頃と ずいぶん違って見える
悪戯書きされた 眼鏡は 重宝している とのことで
消すには及ばぬ と

壁にも 同じ 悪戯書きがある
丸石の向う 溶けた蝋の川の上 小さな跳ね橋の絵が
リアルト橋 悪魔に憑かれた者が 奇蹟的に治癒した ところ

長靴のように 渡る人の足ばかりが 残っている
「残りの部分は どこへ行ったのか」 と 言っていた
「渡ったきり 戻って來なかったか」

オフィーリアと ハムレットは 雙子だった かもしれぬ

オフィーリア の ほうが 後から生まれ
姉だが 女だから こっそり養子に出される
なんでも押し頂く 大臣のもとへ
幼い頃から ともに 勉強し 剣術を習う

姉のほうが よくできて 弟は やる気が無い 実は
性同一性障害 試合や試験に臨み
せがんで服を取換え 入れ替っても
気づかれず 姉は ここぞとばかり
日頃 控えさせられていた 力と素早さを発揮
若者たちを倒す のが 痛快で
進んで つき合うものの
性同一性障害 では ない

母は 上の空 だが 父は
ハムレットの していることに 気づく
母は 雙子だったことを 知っている のに
忘れ 想い出さず 父は 知らず
母は 時折 深い昏迷に陥る
父子の間に 軋轢が生ずる

そのさなか 父は殺害され ハムレットは
もう抑えつけられることが なくなり
ほっとしている自分に 気づく
が 気が咎め 亡霊に復讐するよう迫られる
夢幻を見るようになり 錯乱してゆく

最後だから と 姉とは知らず 弟は
弟とは知らぬ 姉に 頼み込み
長き裳裾に身を包み 川邊を彷徨う
墓を想い 花を摘みながら 枝に登る

川面に映る 昏い面輪
ふと 自分は いったい なにもの なのか
なぜ こんなことを しているのか
これからも なお 父の名を継ぐ 王子として
父の 後釜に座った 叔父に
脅され 馬鹿にされ 抑えつけられ
つづけねば ならぬのか

“To be or not to be, that is the question.”
「ハムレットであるか ハムレットであらざるか
 それが 問いだ」
自らへの 母への 神への

Tchaikovsky - Hamlet Overture (Valery Gergiev) 2/2

ピエトロ・ペルジーノ Pietro Perugino 青年の肖像 1495 板に油彩
oil on panel 37×26 cm ウフィツィ美術館蔵 Galleria degli Uffizi, Firenze

重すぎる もう支えられぬ

どちらにも 應へは なく
大きすぎる鳥は 羽搏き
振り落とされ 永遠に落下しつづけるか
喰らいついて來て 目を抉り出され
顔を失い 聲も出ぬ

涙が頬を傳い 腹這いになっていた
枝を締めつけ 動かず 身悶える

そのとき 木に登ったこともなく
泳ぎもできぬ 不器用な身体の下で
枝が折れる

己が死体が 揚がったとき
王子の衣の中に居た オフィーリアは
よそよそしかった兄の 狂ったような
憎しみの眼差しに 凍りつく

これから ずっと
ハムレットで 居なければ ならぬ
死ぬまで 兄に つけ狙われ

死んだのが 弟で
自分を殺そうとしているのが 兄でない
ことを知らず 進退窮まる

決闘に臨み 兄を殺さぬよう 逃げ回るも
傷つき 防戦する際 つい 致死の一撃を 放つ
斃れた兄の口から 血と憎しみの言葉が
溢れる裡にも 傷ついた脇腹が 痺れ
母は なおも 上の空のまま 毒盃を呷り

もはや わが身が たれであろうと
邊り一面に 死の幕が降りつつあり

それは 妙なる とは言い難い が
胸を切り裂いて 垂れ込める オーロラの下
冷たく 青昏い 水底へと沈んでゆく
数多の カブトガニや
あんなにも遠かった 頭頂で
目を ひらきかけ 頽れる
もう一つの 松果体の
ため息に 重なる

たれにも聴こえぬ
たぶん 死者と
小さき者だけに 聴こえる
かもしれぬ
ニュートリノの唄が
棚引き 霞んでゆく 薄青い血を
震わせながら 響く

マグヌス・ヴァイデマン Magnus Weidemann 写真 photograph   

いつも そこで開けてくれる 扉を見つめ 言った
「言伝てを 頼みたい 旅の途上で はぐれた魂に」
 「先に ゆく」
 「いつも 聲の中に居る」
 「いつも ずっと そうだったように」

魂は 無我夢中で
下になっていた耳から 毀れ出
崩れ落つ 洞窟に 記憶を残したまま
苔の楽園に 迷い込んでしまった と

目の前の 罅割れを渡る
蔓を 小さな蝸牛が這っていた
淡く かがやく軌跡を 曳きながら

どこかで クマムシが
時間の狭間を ゆっくりと遊泳していて
ニュートリノの唄が 爪の先で跳ねる のを 見る
カブトガニの鼓動が ゆっくりになり
苦しみは 消えゆく

消えた松果体の兄弟は
目の遺伝子となって ニュートリノに宿る
兄弟の見るものは あなたにも見える
あなたの目の後ろ
奥深くの狭い洞穴に遺された
兄弟の 松果体に浮かぶ
夜 ささなみ立つ 鏡の水面に

聲は あなたの蝸牛の中から 聴こえる
それは あなたの中で 母の
微笑みと唄になる 父の
ざわめきになる 母の
翳ときらめきになる 父の
闇と炎になる

永遠は どこに かかっているのだろう
それは 橋のように 渡れるだろうか
そこを渡ると 足を残し
どこへ往く のか
降り注ぐ 羽毛のような
囁く波に 運ばれ

マグヌス・ヴァイデマン Magnus Weidemann オクシタニア地方 ベズ o.Bez  
1954年 12.5×9.5cm 水彩 スケッチ watercolour sketch  

ハムレットの父上は 記憶の胸像 かもしれぬ
朽ち寂れた庭園で
待って居る 遠ざかりながら
失われた 手を どこまでも 差しのべ

きらめく水滴の中 蝸牛が
澹として 永遠を 渡る間

眼鏡の彫像が なくなってから
荒れ果てた庭園を 当てどなく歩く
鶺鴒を 幾度も見かけた

それは さまよう 言伝て かもしれぬ
ニュートリノの唄の中に 紛れ込んだ
古の子守唄に のって

失われゆく姿 を 映す川面で 劫初から
淵を渡る 風に 攫われた かもしれぬ
自ら進んで ふたりの裡 ひとりが
昏い波間を転がり 朧に きらめく光の裡へ

ささなみ いつしか消え
太古の彼方より のぞき込む 月に
砕けた眼鏡の弦が 一すじの道のように
光っていたので
蝸牛は 聲を 見出したのかもしれぬ

闇の舌が 頭蓋の裡の迷宮を
捜し回っていた間

闇の舌は ここまで やって來た
高き雲と 数多の雹と なって

薔薇窓が 砕けながら落ちてきたとき
水溜りに飛び込んで
蝸牛の殻がついていた 丸石を覆った
潰さぬよう そっと

ガラスの後から 雹が落ちてきた
それから 星と風が

切り裂かれた花々が どこか
別の次元から 数多
投げ込まれる 墓の底の ように

Jennifer Higdon - Lullaby        

トム・トムソン Tom Thomson Fishing in Algonquin Park

しばらくして 反転すると
邊りは 闇に包まれていた
かすかに白く
柔らかで 温かな闇に

いってしまった
屋根や窓だったところから 無数の星が見えた
痺れかけた手を ひらいて 蝸牛の殻を 胸に落とした
それは夜通し 飛び飛びの鼓動に乗り
同じ胸骨の間で 少しずつ動いた

目をとじて また ひらくと
星がすっかり つながって見えた
天の川

凍るような夜が明けると 雹が溶けて
水が溢れ 川となり 流れていった

蝸牛を抱いたまま 水中に棚引く
花々の下を回りながら
水底へ 足を振り捨て
長い 帰還の旅のはじまり に
すべての息を吐き 唄う 囁く 默(もだ)す

泥のこびりついた頭蓋骨
手にとったとき どうして
わからなかったのだろう
ずっと そばに居た

息子は 娘と雙子で
ひとりしか生れなかった かもしれぬ
あるいは ひとりも
父は XXY だった かもしれぬ

だから たれの子でもなく
生れる前に 別れてゆく
数多の雙子

鏡の水面から 手を差しのべ 遠ざかる翳
身体が斃れると 手に手をとって 逃げ出した
倒れた椅子や 砕けた盞の欠片
いくつもの 右往左往する 靴の間を
ゆっくりと縫って

まもなく 永遠に つづく軌道に入る
天の川を渡ってゆく 星々と
その下を飛びながら 橋掛ける翼
滑らかな背と首
ゆっくりと進む音が かすかに
笹を揺らす 風に乗り
きこえる かもしれぬ

トム・トムソン Tom Thomson 風の夕暮れ Windy Evening summer 1914年 夏

薄く波紋を広げ 月光が窓邊に波立つ
なにか ばらばらと出てゆく
メラトニン の 分子結合のようなもの

透明な中に 仄赤い柘榴の粒と
かすかに青く翳った 柔らかな窪み
ひよめく羽搏きと きこえぬ囀り

たれかが 裾を長く曳きずり
水邊へ降りていった
泣きながら笑う ような
月が 雲の翳から 波間へ顔を背け
昏い枝で揺れているのを 手折ろうと
裾が縺れ 滑って

昏く まるで目と鼻の先に 壁が あるよう
それとも 胸の奥 頭の中に

海馬から松果体への 階段の
踊り場の天井 附近
大き過ぎる 抜け殻のような 青白い翳が
夜の 入道雲の 夢のように
内側で 雷を ゆっくり轟かせる

ほつれ破れた裾を捲り 覗いてみる
なにも 居らぬかに見え
だが ひっそりと 奥に居る
そっぽを 向いているようで
片目だけで

きらめく眸は 瞬きもせず
音と光を吸い込んで 色を吐く
しづけさの波紋
仄かな白に縁取られた 灰色
遺伝子の鳥たちが
かすかに羽毛を逆立て 膨らませている

月の光を浴びて 透き通り
逞しい脚が見える 振り返ると
布を透かし こちらを見つめる目が
入れ替わっている

霧に翳った 鏡の奥
のように どこまでも たわんだ枯木に
細い月明りが 一つ ゆらめき灯っている

夜半から深更までの どこかで
鳥たちが呟く声を聴いた
ためらう 息のような気配
かさこそ と 脚を踏み替える音

時の巻きひげから 長い一しずくが
滴りそうになって また凍りつく
明け方近く

時の澹から伸びた
巻きひげの か細い先が
赤錆びた 鉄塔の裾へ
撒きつこうとしている
水底深く 立つ 銅の塔の
青い かがやき

沈む 新月
細く開いたクレバスから
遙か氷河の青い 青い底深く
Jennifer Higdon - Legacy        

イーディス・ホールデン Edith Holden (1871 – 15 March 1920)

いっせいに 飛び立つ音

すると 失われた 兄弟が 佇んでいる
ひっそりと 翳も無く
あるいは 翳だけで かすかに息を呑み
吐息を洩らす 氷河の奥の 反映のように
海の底の 鏡のように 聲が きらめく

綻びし 袖縢る糸 棚引きて
母のしづけき 気配する朝
古き岸邊 新たな遺伝子の鳥たちが
やって來る かすかな 囀り

わたしたちは 変われるだろうか
いつか 遙かな記憶の 潮汐の裡に
見つめ合う 目に すべてが重なり合った
同じ ひとつの命が 宿っている ように

涕し 笑い 唄い 默す 聲が 数多
同じ ひとつの響きへ 和してゆく ように
ひとりで ふたりの
数多の 全き命を 生きる ように