月の 中に 掬(すく)われ
探していた わけ では ない が、 氷山の 下を 触り ながら 潜(くぐ)り 抜け、 顔だけ 出して
海の 中へ 浮かんでいる と、 とても 大きい、 信じられない くらい 大きい 氷山 が
進んで 来る のが 見えた 思っていた ところ より ずっと 上に 天辺(てっぺん)が
あった ので 雲が ない のに 月が 隠れ なければ 気づかない ところ だった
疵(きず) だらけ で ずっと 漂っていた に 違い なかった 小さな 氷山の 群れに
突っ込んで、 ゆっくり に なる のを 待って 触って みて 隅の ほうへ 攀(よ)じ 登った
坐(すわ)って 海面を 見 下ろした 途端 途方も なく 分厚く 氷が 張っている が
舟 だ と 感ぜられた じっと 見ている と そこ だけ 氷が 澄んでいき
木目が 浮かんできた 上へ 辿(たど)って 横へ 動き、 下に 降り、 また 横へ
戻る 途中で、 窓 という 言葉 が 軋(きし)む ような 音と ともに 胸に 開いた
それは 何か を どっと 押し 流していった 抑える 間も なく
海面が 近づいて 来る 息が できない 頭が 内側へ 押し 潰(つぶ)される 誰か
励ます 一緒に 苦しむ 遠い 息吹 と 汐(うしお) に しがみ つき、 ただ ついて いった
狭 過ぎる 氷の 孔(あな) から 小さ 過ぎる 氷の 骨を 通って 躍(おど)り 出た
身体(からだ) 中 に 灼(や)け 悴(かじか)んだ ような 氷の 矢が あって
内 から 肌を 刺す Y は 三つ の 力 解き 放たれた 矢 往(ゆ)かねば
どこ までも X は 三つ の 力 を 留(とど)める 力 蹲(うずくま)る
四つ 足 二つ の 手 を 広げ、 二つ の 足 で 立つ 人の 兆(きざ)し
二つ の 眼差(まなざ)し が 一つ に 交わり 逆さに 映り 還(かえ)る 右 は 左 へ
左 は 右 へ 上 は 下 前 は 後ろ 廻(まわ)る 進む 還(かえ)る
X が 二つ 重なると 留(とど)まり 更に 内に 深く 退(しりぞ)いて 生み 出す
力を 秘める X に Y を 重ねる と それは 重ならず 矢は 身を 二つ に
割り 裂いて 放たれ、 どこ までも 進む 往(ゆ)く いづこ へ か 還(かえ)る まで
私たちは 光 の 子 どこ までも 重なって 闇に 映る 翳(かげ)を 纏(まと)い
いつ しか 僅(わず)かな 重さ と 空間 を 持った X と Y 初めの 同じ 一つ の
X の 上に 重なっている それは 氷晶、 光 だった 時 と 同じように 重なっていて
見えない もう 光 では ない から どちらか 一つ しか 重なれぬ 私たちは
皆 往(ゆ)き、 留(とど)まり、 還(かえ)る 独り ずつ 皆
気が つくと、 いつ までも、 鎖(とざ)された 窓を 叩いていた 耳を 圧しつけると
耳 朶(たぶ)の 藤壺(フジツボ)や 垂氷(たるひ)が、 からから と 鳴って 砕け 落ちていった
中に 居た としても 生きている だろうか このように 密閉され、 空気は どうなる のか
周りを 廻(まわ)って みても、 底を 触り ながら 横切っても、 どこ にも 入り口は なく
どんな 隙間(すきま)も なかった
息が できず、 胸が 千切れ、 泣き 喚(わめ)き、 それで 少し 具合が よく なって きた
足は ふやけ 皺(しわ)だらけで ぶるぶる 震え 立てない 孔(あな) から 内 に
出る 時 締(し)めつける 氷の 肋(あばら)に 囚われて 一瞬 宙吊り に なり
それを 割った 時 魚の 仮面も 一緒に 砕け 散り 人の 姿に 戻った
震える 拳を もう 失くす まい と 握り 締め 引き 寄せて 永(なが)い こと 眠った
月 の 夢 の 中 海 の 記憶 の 中 すべて の 底 の 氷晶 の 鏡 の 中 で
入れない 窓の 下に 出っ張りが あって、 坐(すわ)るのに ちょうど よかった 結局
これが 墜(お)ちた 窓 とは 限らない そこに 坐(すわ)って、 揺れ ながら 南の
海 で 採(と)ってきた 貝を 食べた 捨てた 貝殻が、 水の上に 点々と 落ちて
持ち主の いない 草履(ぞうり) の ように 散らばった
大きな 貝 ばかり 集め、 互い 違い に なる よう 投げ 捨てて いった やがて 雲が 切れて
光が 差し込み、 あまりにも 明るく なった ので、 漸(ようや)く 朝に なった ことが わかった
眩(まぶ)しく 瞼(まぶた)を 半ば 閉じかけ 波間に 目を 落とすと 貝殻は どれも
光を 一杯に 受け やがて 来る 人 の 足跡 の ように、 ゆらゆらと 耀(かがや)いていた
暫(しばら)く 前から、 食べた 貝から 伝わって くる 情報が そこに 光の 文字と なって
湛(たた)えられ、 揺れる 度(たび)に 幽(かす)かな 聲(こえ) を 発して いた それは
誰か 氷の 小舟に 乗り 漁(すなど)り ながら 方舟(はこぶね) を 追って 来る 者 が いる
と 聴こえた 舟の 角(かど)を 握り 締め 風の 中へ 顔を 突き 出した 水平線を
明るく 縁取り 空に 満ちた 光の 中で 遠く の ほう から 小舟が やって来る
その 人が 来たら 舟が 開く の かも しれない じっと 待っていたら 顔の 内側で
何かが 融(と)ける ような 気が して 気づいたら 足が 戻っていた
初めに 泳ぐ その 人を 見つけた 時の ように、 窓の 縁に 立ち上がって いた
方舟(はこぶね)の 反対側では、 今まで 影も 形も なかった 扉が 開いて
大海鴉(オオウミガラス) が 姿を 現した ところ だった 背後の 暗がりから
いろいろな 聲(こえ)が その名を 呼んで 波のように 騒(ざわ)めいた ノア ノア と
肩に 一番(つが)いの 旅行鳩(リョコウバト) が 止まっており、 かつて 大空を 埋め尽くし
海を 渡って 旅した 祖先が 流れる 雲の 端々に 現れては 消える のを どこか
松果体 の 底 深くで 追っていた 月が 唄った その 物語が 灰色の 翼を 青々と
染め抜いてゆき 再び 力強く 開かせた 暫(しばら)く 前、 オリーヴ の 葉 を 持ち 帰る
道すがら 月に 頼まれ、 もう 一方が 携え 咥(くわ)えた 白い 花 の 房 を
海に 映る 月影 の 上へ 落とした それも 別な 物語を 唄い ながら 放れていった
水底より 蘇(よみがえ)る 大地 と 遠ざかり 退き ながら 深く 満ちる 海
廻(めぐ)り それぞれの 深奥の 背後 より 甦(よみがえ)る 季節の
やがて 力強く 羽搏(はばた)いて 飛び立ち、 日の 沈む 方へ 飛んで行った 次々と
鳥や 獣が、 方舟(はこぶね) の 座礁している 深い 霧に 包まれた 山頂 へと 降り立って
いった やがて 向う側に 居た 二人も、 揺れの 収まった 方舟(はこぶね) の 上を
廻(まわ)って 陸(おか)に 気づき、 山を 下りていく はず だった 現に、 傍(かたわ)らに
佇(たたず)む 大海鴉(オオウミガラス) には 全く 気づかず に、 舟の 角を 廻(まわ)ってきた
方が 凍りついた 巨大な 森 目指し、 飛び 立った、 白い 背と 暁(あかつき) の ような 翼を
見て 鴇(トキ) と 呟(つぶや)いた それは 月の 聲(こえ) に 似ていた が、 少し
咳嗄(しわが)れて いた 後ろから 来る 人は、 前の、 軽く ふわふわ した
覚束(おぼつか) ない 足取り と 自分 の 無骨(ぶこつ) に よろめく 足取り が 気になって
目を 上げた だけ だった 聲(こえ)も 眼差(まなざ)しも 失われて は いなかった
手足は ただ、 彼らが 二人 共 生き 残る ことを 不 確定 性 から 守る ため
かつて 水底に 鏡を 遺(のこ)した 月に 預けられていた だけ だから
一聲(こえ) 高く 啼(な)いて、 枯れ枝に 霧と 氷の びっしり 纏(まと)わりついた 白い 森
の 中へ、 鴇(トキ) は 滑り込んでゆき、 遙(はる)か その下で 二つの 人影が、 互いに
頻(しき)りと 躓(つまづ)く のを 助けよう として、 よろめき ぶつかり 転げる のに
懲(こ)りて、 つかず 離れず、 麓(ふもと)へ 続く 道を ゆっくりと 辿(たど)っていった
探していた わけ では ない が、 氷山の 下を 触り ながら 潜(くぐ)り 抜け、 顔だけ 出して
海の 中へ 浮かんでいる と、 とても 大きい、 信じられない くらい 大きい 氷山 が
進んで 来る のが 見えた 思っていた ところ より ずっと 上に 天辺(てっぺん)が
あった ので 雲が ない のに 月が 隠れ なければ 気づかない ところ だった
疵(きず) だらけ で ずっと 漂っていた に 違い なかった 小さな 氷山の 群れに
突っ込んで、 ゆっくり に なる のを 待って 触って みて 隅の ほうへ 攀(よ)じ 登った
坐(すわ)って 海面を 見 下ろした 途端 途方も なく 分厚く 氷が 張っている が
舟 だ と 感ぜられた じっと 見ている と そこ だけ 氷が 澄んでいき
木目が 浮かんできた 上へ 辿(たど)って 横へ 動き、 下に 降り、 また 横へ
戻る 途中で、 窓 という 言葉 が 軋(きし)む ような 音と ともに 胸に 開いた
それは 何か を どっと 押し 流していった 抑える 間も なく
海面が 近づいて 来る 息が できない 頭が 内側へ 押し 潰(つぶ)される 誰か
励ます 一緒に 苦しむ 遠い 息吹 と 汐(うしお) に しがみ つき、 ただ ついて いった
狭 過ぎる 氷の 孔(あな) から 小さ 過ぎる 氷の 骨を 通って 躍(おど)り 出た
身体(からだ) 中 に 灼(や)け 悴(かじか)んだ ような 氷の 矢が あって
内 から 肌を 刺す Y は 三つ の 力 解き 放たれた 矢 往(ゆ)かねば
どこ までも X は 三つ の 力 を 留(とど)める 力 蹲(うずくま)る
四つ 足 二つ の 手 を 広げ、 二つ の 足 で 立つ 人の 兆(きざ)し
二つ の 眼差(まなざ)し が 一つ に 交わり 逆さに 映り 還(かえ)る 右 は 左 へ
左 は 右 へ 上 は 下 前 は 後ろ 廻(まわ)る 進む 還(かえ)る
X が 二つ 重なると 留(とど)まり 更に 内に 深く 退(しりぞ)いて 生み 出す
力を 秘める X に Y を 重ねる と それは 重ならず 矢は 身を 二つ に
割り 裂いて 放たれ、 どこ までも 進む 往(ゆ)く いづこ へ か 還(かえ)る まで
私たちは 光 の 子 どこ までも 重なって 闇に 映る 翳(かげ)を 纏(まと)い
いつ しか 僅(わず)かな 重さ と 空間 を 持った X と Y 初めの 同じ 一つ の
X の 上に 重なっている それは 氷晶、 光 だった 時 と 同じように 重なっていて
見えない もう 光 では ない から どちらか 一つ しか 重なれぬ 私たちは
皆 往(ゆ)き、 留(とど)まり、 還(かえ)る 独り ずつ 皆
気が つくと、 いつ までも、 鎖(とざ)された 窓を 叩いていた 耳を 圧しつけると
耳 朶(たぶ)の 藤壺(フジツボ)や 垂氷(たるひ)が、 からから と 鳴って 砕け 落ちていった
中に 居た としても 生きている だろうか このように 密閉され、 空気は どうなる のか
周りを 廻(まわ)って みても、 底を 触り ながら 横切っても、 どこ にも 入り口は なく
どんな 隙間(すきま)も なかった
息が できず、 胸が 千切れ、 泣き 喚(わめ)き、 それで 少し 具合が よく なって きた
足は ふやけ 皺(しわ)だらけで ぶるぶる 震え 立てない 孔(あな) から 内 に
出る 時 締(し)めつける 氷の 肋(あばら)に 囚われて 一瞬 宙吊り に なり
それを 割った 時 魚の 仮面も 一緒に 砕け 散り 人の 姿に 戻った
震える 拳を もう 失くす まい と 握り 締め 引き 寄せて 永(なが)い こと 眠った
月 の 夢 の 中 海 の 記憶 の 中 すべて の 底 の 氷晶 の 鏡 の 中 で
入れない 窓の 下に 出っ張りが あって、 坐(すわ)るのに ちょうど よかった 結局
これが 墜(お)ちた 窓 とは 限らない そこに 坐(すわ)って、 揺れ ながら 南の
海 で 採(と)ってきた 貝を 食べた 捨てた 貝殻が、 水の上に 点々と 落ちて
持ち主の いない 草履(ぞうり) の ように 散らばった
大きな 貝 ばかり 集め、 互い 違い に なる よう 投げ 捨てて いった やがて 雲が 切れて
光が 差し込み、 あまりにも 明るく なった ので、 漸(ようや)く 朝に なった ことが わかった
眩(まぶ)しく 瞼(まぶた)を 半ば 閉じかけ 波間に 目を 落とすと 貝殻は どれも
光を 一杯に 受け やがて 来る 人 の 足跡 の ように、 ゆらゆらと 耀(かがや)いていた
暫(しばら)く 前から、 食べた 貝から 伝わって くる 情報が そこに 光の 文字と なって
湛(たた)えられ、 揺れる 度(たび)に 幽(かす)かな 聲(こえ) を 発して いた それは
誰か 氷の 小舟に 乗り 漁(すなど)り ながら 方舟(はこぶね) を 追って 来る 者 が いる
と 聴こえた 舟の 角(かど)を 握り 締め 風の 中へ 顔を 突き 出した 水平線を
明るく 縁取り 空に 満ちた 光の 中で 遠く の ほう から 小舟が やって来る
その 人が 来たら 舟が 開く の かも しれない じっと 待っていたら 顔の 内側で
何かが 融(と)ける ような 気が して 気づいたら 足が 戻っていた
初めに 泳ぐ その 人を 見つけた 時の ように、 窓の 縁に 立ち上がって いた
方舟(はこぶね)の 反対側では、 今まで 影も 形も なかった 扉が 開いて
大海鴉(オオウミガラス) が 姿を 現した ところ だった 背後の 暗がりから
いろいろな 聲(こえ)が その名を 呼んで 波のように 騒(ざわ)めいた ノア ノア と
肩に 一番(つが)いの 旅行鳩(リョコウバト) が 止まっており、 かつて 大空を 埋め尽くし
海を 渡って 旅した 祖先が 流れる 雲の 端々に 現れては 消える のを どこか
松果体 の 底 深くで 追っていた 月が 唄った その 物語が 灰色の 翼を 青々と
染め抜いてゆき 再び 力強く 開かせた 暫(しばら)く 前、 オリーヴ の 葉 を 持ち 帰る
道すがら 月に 頼まれ、 もう 一方が 携え 咥(くわ)えた 白い 花 の 房 を
海に 映る 月影 の 上へ 落とした それも 別な 物語を 唄い ながら 放れていった
水底より 蘇(よみがえ)る 大地 と 遠ざかり 退き ながら 深く 満ちる 海
廻(めぐ)り それぞれの 深奥の 背後 より 甦(よみがえ)る 季節の
やがて 力強く 羽搏(はばた)いて 飛び立ち、 日の 沈む 方へ 飛んで行った 次々と
鳥や 獣が、 方舟(はこぶね) の 座礁している 深い 霧に 包まれた 山頂 へと 降り立って
いった やがて 向う側に 居た 二人も、 揺れの 収まった 方舟(はこぶね) の 上を
廻(まわ)って 陸(おか)に 気づき、 山を 下りていく はず だった 現に、 傍(かたわ)らに
佇(たたず)む 大海鴉(オオウミガラス) には 全く 気づかず に、 舟の 角を 廻(まわ)ってきた
方が 凍りついた 巨大な 森 目指し、 飛び 立った、 白い 背と 暁(あかつき) の ような 翼を
見て 鴇(トキ) と 呟(つぶや)いた それは 月の 聲(こえ) に 似ていた が、 少し
咳嗄(しわが)れて いた 後ろから 来る 人は、 前の、 軽く ふわふわ した
覚束(おぼつか) ない 足取り と 自分 の 無骨(ぶこつ) に よろめく 足取り が 気になって
目を 上げた だけ だった 聲(こえ)も 眼差(まなざ)しも 失われて は いなかった
手足は ただ、 彼らが 二人 共 生き 残る ことを 不 確定 性 から 守る ため
かつて 水底に 鏡を 遺(のこ)した 月に 預けられていた だけ だから
一聲(こえ) 高く 啼(な)いて、 枯れ枝に 霧と 氷の びっしり 纏(まと)わりついた 白い 森
の 中へ、 鴇(トキ) は 滑り込んでゆき、 遙(はる)か その下で 二つの 人影が、 互いに
頻(しき)りと 躓(つまづ)く のを 助けよう として、 よろめき ぶつかり 転げる のに
懲(こ)りて、 つかず 離れず、 麓(ふもと)へ 続く 道を ゆっくりと 辿(たど)っていった