hazar  言の葉の林を抜けて、有明の道  風の音

細々と書きためたまま放置していた散文を、少しずつ書き上げ、楽しみにしてくれていた母に届けたい

  月  (一/二)

2015年05月31日 | 散文詩
誰か が 犬を 連れて 夕日の 濱(はま)を 歩いて居(ゐ)
寄せては 返す 波の 音が 遠く 近く 響く
から 
(みどり) (色名の項) から 群青(ぐんじょう)
重なり 翳(かげ)り 広がり
(はなだ) から 鴨の 羽(かものは)
移ろい 岐(わか)れ 滑(すべ)ってゆく
水面(みなも)に 映る 天空の 金沙の (あはひ)

透き通り 鎖(とざ)されゆく 大気の瞼(まぶた)の 縁(ふち)
過ぎ越してゆく 風の 軌跡の 網目を 潜(くぐ)
(ほの)(あか)き 息を 棚曳(たなび)かせ
落ちゆく 涙の珠(たま)を 受け止(と)めん と
指を 広げ 草草が 揺れ靡(なび)

(またた)くことなく 逸(そ)れていった 緑閃光
(こだま)が 子午線 を 廻(めぐ)
草草を 螺旋(らせん)に 伝い昇ってゆく と
遠く 近く 星星が 煌(きらめ)

暗闇の 寄せ退(ひ)き 鏡なす (まば)らの淵(ふち)
(こうべ)を垂れ 草草は
天空に 映り 暁(あかつき)に 辷(すべ)る 雲雲の舟が
星星の 煌(きらめ)き 降(ふ)り 織る 漣(さざなみ)の 音に
(つな)がれた まま  揺蕩(たゆた)い 眠る の を
(つゆ)の 珠(たま)へ 紡(つむ)
誰も 居(ゐ)なくなった 濱(はま)で 視線が 影たちと 踊る

火事が あった の か
内へも 外へも 目を 向けず ただ 動く 足の 帰る 途上
視野の縁(ふち)が 不意に 拡(ひろ)がり
(ひら)けた処(ところ)から 大きな月が 昇った
想わぬ処(ところ)に 月を 見る と 想い出す
待って居(ゐ)た 背の 真っ直ぐな 椅子で ふと 身を 起こす と
深い 黙(しじま)に 明り が 皓皓(こうこう)と 差し
(せま)い 窓の 隅(すみ)に 満月が
(にじ)んだ 長い 角(つの)を 生やして

モップを動かす 手を止め 腰を伸ばすと 突き当たりの水槽で
アリアドネー が 立ち泳ぎを したまま 漂(ただよ)って居(ゐ)る の が 見えた
ステラー カイギュウ と 云(い)う 痛痛しい 目と 膚(はだ)を した
巨大な 灰白色の 生き物で スノウ ホワイト と 云(い)う 名が ついて居(ゐ)

が シンデレラ は 何処(どこ)ですか と 訊(き)かれる こと も 多い
昼間 小さくて黒っぽい 七匹 に 取り上げられ ぼろぼろ に なった
玉を 独(ひと)りに なった 夜更(よふ)け 底の方で 転がして居(ゐ)る ので
話を うろ憶(おぼ)えて居(ゐ)た 夜の 職員が アリアドネー と 云(い)う 名を つけた

(つぶ)れた 冬瓜(とうがん) で 雑巾 掛(ぞうきん が)け する 灰被(かぶ)
か 機織(はたお)り 歌い 攫(さら)われて 戻らぬ 瓜子 姫(うりこ ひめ)
(けもの)の皮を 被(かぶ)り 鉄(かね)の沓(くつ)が 磨(す)り減るまで
彷徨(さまよ)う 娘も 居(ゐ)た  あの娘 は 何と 云(い)ったか
真っ赤に 灼(や)けた 沓(くつ)で 踊り続けた のは
雪白娘の 継母(ままはは)の最期だったか  話が うろうろ と
彷徨(さまよ)う 間 アリアドネー は 何を 探して居(ゐ)る の か 今 も

外に出ると ビルの峪(たに)間から 月が 見える こと も ある
冷たい風の中で 煙草(たばこ)に点(とも)る 灯(あか)りに
オタリア の仔(こ)が 濡(ぬ)れた鼻面(はなづら)を 寄せて來(く)る こと も
落ちて反響する 指輪から 霰(あられ)が降る の を 想い出す よう に
黄昏(たそがれ)に 煌(きらめ)き 揺らめく 海面 や
夜更(よふ)けの 遠い 火柱(ひばしら)
(ひとみ)の裡(うち)で 見て居(ゐ)るかも知れぬ

其処(そこ)から だ と 高く昇って から しか 月は 見えぬ
中では 高く昇って 何処(どこ)から か 何かに 反射しなければ
見える こと は ない  が 記憶の汐(しお)の 満ち干で  皆 知って居(ゐ)
夢の底へ 降り注ぐ 月明りは 捕食者の徘徊する 海の底の 岩蔭でも
ビルの屋上の 水槽の奥でも 同じかも知れぬ
何処(どこ)も 彼処(かしこ)も いつか そう なるだろう
想いがけなく 月の顔を 見た ものは 一体 何か とも 想わぬだろう
鏡を 覗(のぞ)いて 其処(そこ)に 自分の顔 で なく
解けゆく月が 映って居(ゐ)た と して も

七億年前 全球凍結 が 起こる時
月は 鏡に映る 白い顔を 見たかも知れぬ
超流動 に も 似た 満ち干に 伝わって來(く)る  氷に 鎖(とざ)された
夢の 胎動が  大量絶滅 を 経て それを 融かし 罅(ひび)割れさせ
息を吸い 吐く 細かな群れに 岐(わか)れ 拡(ひろ)がり 満ちて
卯酉線 を 廻(めぐ)る 風 と なる の を 聴いたかも知れぬ

(ひろ) を 二千年 近く かけ 廻(めぐ)る 深層流 (海流の項)
記憶が 重力へ 満ちる 遅さを  耀(かがや)きが 響き と なって
闇に 留(とど)まる 冷たさを  憶えて居(ゐ)るかも知れぬ

ステラー カイギュウ は 氷の海で その歌を 聴いたかも知れぬ
最後の波が 凍る  廻(めぐ)り 流れる 深い 記憶の歌が
風の中へ 解き放たれる まで の  永(なが)く 短い
(まばゆ)く 昏(くら)い  夢に 鎖(とざ)された 時を
月が  灰白色の 自(みずか)らに 瓜二(うりふた)つの 雪白の
面差(おもざ)しに 魅(み)せられ  その夢を 手繰(たぐ)り寄せる の を

オタリアの 目に 誰か 映って居る(ゐ)気が した
遠くから 還(かえ)って來(き)たのに 全(すべ)てが 逸(そ)れゆく
視野の縁(ふち)で  時空の 澹(あはひ)に 耀(かがや)き 消えゆく
(たたず)んだ ままの 姿
振り返った が  虚空に 遠ざかる 月の 映像の 反射と
氷柱(つらら)の 育ってゆく 水槽の よう な  昏(くら)い ビル群が ある だけだった

空を 月 渡る 時 日の 亘(わた)る 海 渉(わた)る 夢 朧(おぼ)
(こほ)れる 海に 月 溺(おぼ)る 夢 日は 遙(はる)

幻日(げんじつ) 舞い 幻月(げんげつ)(と)
(ひら)かれゆく 双曲面 スプライト (超高層雷放電) の 途(みち)
(さかのぼ)り 手繰(たぐ)り 捲(ま)き 消え  共に 還(かへ)らむ

山深き 洞穴(ほらあな)の 池に 棲(す)む と 云(い)う 神蛇が
人の姿で 夜毎(よごと) (かよ)った と 云(い)う 娘は 子を 宿し
母の教え に 苧環(おだまき)の 糸を 針に 通し 帰る人の 襟(えり)
刺し 僅(わず)か に 巻き残った 糸を 手繰(たぐ)って 後を 追う

苧環(おだまき) は 糸車に 巻き取った 糸の 輪束の こと だが
糸車に似た 角(つの)の生えた ような 草花の こと も 云(い)
また 中空(ちゅうくう)の 朽(く)ち木 や
枯れ木立(こだち) の こと も 云(い)った

糸の 入りゆく 深き 岩屋の 奥より  喉笛(のどぶえ)
針に 刺し貫かれた 蛇が 男児 が 生れる と 云(い)って 息 絶える

谷深く 立つ 苧環(おだまき)は 我(われ)なれや 思ふ心の 朽(く)ちて 已(や)みぬる
(く)ちね ただ 思ひくらぶの 山 高み 立つ 苧環(おだまき)は 知る人も なし
   苧環(糸車)/(花)

うたたねの 夢も あらしの 山さとに 槇(まき)の葉 伝ひ 霰(あられ) 降るなり (夫木和歌抄 廿九)
さ夜ふかき 軒(のき)ばの草に 露(つゆ)おちて 秋を かけたる うたたねの 夢    (道家 百首

後に その 神蛇の玄孫(やしゃご) が 敵の 逃げ込んだ 寺に 火を 放った 折(おり)
炎に 包まれた 堂内より 千手 観音(せんじゅ かんのん) 像 が
相良 飛蔓(あいら とびかずら) へ 飛び移り
(また) その 武将 が 馬を 飛ばし 坂を 駈(か)け下(くだ)り 落人(おちうど)に 迫る を
飛蔓(とびかずら)と なりて 絡(から)みつき 落馬させた と も 云(い)
相良 飛蔓(あいら とびかずら) は 太き 蔓(かずら)に 大いなる 暗紅の花房
数多(あまた) 咲く  角(つの) 生え 爪(つめ)(とが)りし 千手(せんじゅ)の 花

薄明(はくめい) に 連なり咲ける 蔓(かずら)花 災(わざわ)い 転じ 万花 廻(めぐ)らす
杜鵑(ほととぎす)(もだ)し 花 馨(かを)る 薄闇(うすやみ)(うた)ひ 風 さざめきて 已(や)

わたの原 雲居(くもゐ)の涯(はて)を 亘(わた) 潜(くぐ)りて 消ゆる 影 探す 月

足が 凍る よう に 冷たくなり  不意に 何処(どこ)
(くら)い 海溝の よう な 処(ところ)へ 沈んでいった
地下鉄の 吊(つり)広告が  ベーリング海 と 云(い)う 表示に 重なる
海溝では なく  水族館に 居(ゐ)るのだった
水が 冷た過ぎる  そう 想ったが  あの時は  子を 探し
氷の海を 泳ぎ廻(まわ)っていて 捕えられた から だ と 判(わか)って居(ゐ)
小さな目をした アザラシたちが 頻(しき)りに 身体(からだ)を 突つく
椅子の 隅(すみ)で 背を 折り曲げる

アリアドネー は 迷宮の 長い壁に沿って 糸玉を 転がす
勇者 は 來(こ)なかった
難破し 打ち上げられた 男は  魘(うな)されていた
アリアドネー は 男が 隠し持って居(ゐ)た 剣に 触れた
両刃(もろは)の 斧(おの) の ような
聖なる 牛を 屠(ほふ)る  男は 持てぬ  斧(おの) の ような
だから 昏倒した  持っては ならぬ 物を 持った ので

水面(みなも)に 映る 曇(くも)った 空の よう に
冷たく 蒼(あお)く 幽(かす)かに 紅(あか)
耀(かがや)き 息づく  そのような 斧(おの)
おまえに 一討(ひとう)ちに されたい もの だ と  兄は
途切(とぎ)れ 途切(とぎ)れに  岩壁 越しに  深い 割れ目に
光の 失せた目を 圧(お)し当て  血の 混じる息で 呟(つぶや)かなかったか

どうしたの また 口の中を 噛(か)んだの
(おれ)の口に 中なんて もう 無い の さ
(きば)が  脈(みゃく)打つ ものを 深深と 噛(か)み締(し)めん と
何処(どこ)までも 延(の)びてゆく

喉元まで 七つに 裂(さ)けた が 先を 争い 押し退(の)け合い
(きば)が  喰(く)らいついた もの を 咀嚼(そしゃく)せん と
反転され 裏返された  偕老 同穴(かいろう どうけつ) と
洞穴 海老(どうけつ えび) の よう に  脆脆(もろもろ)
(ひび)割れた 柔らかい 孔(あな)を 拡(ひろ)げ 震(ふる)わせる

(おれ)は 毀(こぼ)れ 零(こぼ)れゆく 海 かも知れぬ
が  今は 未(ま)だ  外が 腑(はらわた)
目や 耳は 内に 向かって居(ゐ)
生きた 迷宮  裏返された 死

松果体 と 云(い)う 処(ところ)へ 立て籠(こ)もって居(ゐ)るんだ
エジプト人たち も 最期は 其処(そこ)へ 往(い)った
が   もう  後が 無い




(次回へ 続く : 次回の 更新は 6 月 15 日 の 予定です)