hazar  言の葉の林を抜けて、有明の道  風の音

細々と書きためたまま放置していた散文を、少しずつ書き上げ、楽しみにしてくれていた母に届けたい

ゆらめく水

2016年08月29日 | 散文詩
青いまま 暮れる
水に浮く 青い落葉を遠ざけた
黄昏の風

(みぎわ)を奏で
白く漂う

白いまま 消える
水に沈く 縞の貝殻を解いた
夜更けの波

(ふち)に たなびき                          Ola Gjeilo - Madison
青く渦巻く                         (photo & video:Trym Ivar Bergsmo

    葛飾 北齋  
諸国瀧廻り 木曽路ノ奥 阿彌陀ヶ瀧  
砂に溜まった                     Katsushika Hokusai Kiso Road Amida Fall
水の足あとが 海原を渡る

(そび)える雲の背後で 沓(くつ)を脱ぎ
足ゆびは 雲の梯
(かけはし)を登り
踵は 影の階
(きざはし)を降り

白く眩
(まばゆ)き 雲の高嶺に
青き翳
(かげ)差す
水平線の霞
(かす)む下

過去と未来が
いまを境に 手を触れ合い
たがいの うつし身を眺めやる

瞼の裏で群れなす青の
深き小冥
(おぐら)き陰に
(くら)く明るむ水鏡

(おぼろ)に射し込む
光に浮かび 回り 滑り

鏡の中の映像の傍らに
時折 見える
かすかに

並び 佇
(たたず)むと
遙かに高く 果てしなく 遠くまで
歩める

(いだ)ける
幾重にも潜り抜け 埋
(うづ)もれ凝(こご)
深奥の 間近まで

静けさの中で 聲
(こえ)が よみがえり
微笑み 唱
(うた)

たゆたう沓
(くつ)は 日差しを浴び
透きとおった 空
(から)葵貝 に なり

(さざなみ)の譜へ 鏤(ちりば)
白き波頭へ おし昇り

重なり凭
(もた)れ 波間に揺れ
連なり放れ やがて日暮れ
月となり 渉
(わた)り 影となり 響(とよ)

いつか また逢えるのか
さまよい 凍った鏡の
(ひび)割れ 濁った面(おもて)を 覗(のぞ)

なにも映らぬ鏡の 果てなき彼方で
手を触れているだろうか

すべてが その手を伝い
鏡が澄みわたるのを 待ち

砕け 踏み拉
(しだ)かれ
枯れ灯っていた鏡が どこかで
(くら)く瞬き 消えてゆく

間に合わぬ 切りがない
それでも

恐れず 疑わず 迷わぬ
白い手は 差し出され

恐れ 疑い 迷い 遅れ
蒼ざめ こわばった手を
伸ばす                                    Ola Gjeilo - Tundra  

今井 高嶺   静寂寂――黎明の 大正池     
水面や鏡の おもてと背後の          Takane Imai  (上高地 博物誌 森のいのち
間にある 絶え間なく雪降る
狭間

はっきりと想い描かれず
忘れられた夢が
灰と砕ける ところ

(から)葵貝 の縁に
鏡が満ちる夜
内側だけが
絶対零度 まで巻き下りてゆく

零点振動 が静かに
耳の奥の朽ちた 水琴窟 を鳴らす

かすかな吐息のような音がして
雪が降りしきると
鏡は曇って見えなくなる

今井 高嶺      薄墨 大正池         
風が                         Takane Imai (上高地 博物誌 森のいのち
なにかを探して渦巻く
鏡の内側で 縁を
真っ白な蝉が動いている

糸のように か細い肢を動かして
そろそろと進む

前肢を上げて鏡に触れると
息のような かすかな音がして
割れる

薄いセロファンのように
そこだけが破れ
(まぶ)しい涙のように
幻日 が昇る

蒸気で鏡の欠片が
風に揺れる

なにかを包んで
いってしまった

(から)葵貝 の月夜                                Coptis japonica
墓地の遠近
(おちこち)
銀色に ゆらめく土から
小さな裏返しの沓
(くつ)が片方ずつ
出てくる

ほつれ糸のような爪先を
繰り出し 卒塔婆や
円みを帯びた古い墓石を登る

土より出でて 地を歩み
水を渉
(わた)り 火を越えて
風に托
(たく)し 身を脱ぎ捨て

薄闇と薄明が
(はね)の おもてと裏を
(したた)り落ち 腹に きらめき

天に響
(とよ)もし
さざめき笑う声が
満ちるのを待つ

    セリバオウレン   
鏡の内は 地吹雪の砂時計                              Coptis japonica
凍った砂が濛濛と
下から上へ噴き上げる

無へと吹き寄せられてゆく 繭
(まゆ)の底
とじ込められた夢は 凍れずに のたうつ
ひっくり返り 吹き荒び
また ひっくり返り 下から上へ

(はね)は出ず 額のかすかな裂け目から                  Euricania facialis   
打ち棄てられた夢が
角のように淡い光を放ちながら
ゆらりと聳
(そび)える
オリオンの雲 のように

内には びっしりと星や胞子がつき
砕けると 踏み拉
(しだ)かれて
(まばゆ)く光を反射した
霜柱の間で 蝉になる

鳴かないで ただ
鏡の内を這ってゆく
日の昇るほうを探し
ゆっくりと這ってゆく

天も地もなく                                 Euricania facialis Larva
薄昏
(くら)い狭間を落ち続ける
雪に打たれ

夢は帰って來ようとしている
明け方
鏡の傍らに居る

淺く広がる水が 流れ出す
低く 枯葉と小石の散らばる
深い森の 溪
(たにがわ)

割れた鏡の向こう
小石と 鏡の縁に
肢をかけ

息を呑む その深い孤独と                          Epipomponia nawai Larva
うらぶれた姿に
ただ手を拱
(こまぬ)くと
それは 唱
(うた)おうとしている

(しろ)く透きとおった蝉の中で
(あお)く澄んだ水に 翠(みどり)の翳(かげ)
灼然
(いちしろ)き光が ゆらめく

青い落葉は
忘却の水路の柵を すり抜け
遠ざかる

朽ち果てることもなく
果てしなく遠ざかり
風も波もなく流されて

消えるように見え
なお遠ざかる

遠ざかって遠ざかって
なおも呼びかける

今井 高嶺  着氷(秋の置き土産)大正池 上流付近   
鏡の奥で                   Takane Imai    (上高地 博物誌 森のいのち
山々に抱かれた池を
風が吹き貫く 果てもなく

立ち枯れた枝に飛沫を打ちつけ
透きとおった
氷の足うらが吊り下がってゆく

はたと風がやみ
入り日の伝う
滴を垂らしたまま

凍った足ゆびが
水面を滑り延びる
波紋に触れそうになる

今井 高嶺   露衣(トンボと露)田代湿原      
鏡が凍らぬうちに               Takane Imai  (上高地 博物誌 森のいのち
びっしりと露のついた翅
(はね)を振るい
肢で枝に しがみつく

隣りにいる白い蝉は
不思議そうに
こちらを見ている

角が外れて落ち
星のように花咲く
夢は いつも唱
(うた)っていた ここで

渺茫と白く霞
(かす)
目の前を遠く 透かし見て
(まつげ)に下がる 凍った滴(しづく)を払い

地が鳴り響き 空が翅
(はね)で覆(おお)われ
(から)の貝殻から
ぐるぐる回り 出た

土の深くへ落ち
地を這い 水を渉
(わた)り 火を越え
風に抱かれ 空へと到り
そこに 夢の片割れがいる

もう片方の沓
(くつ)
葵貝 の月に乗った 白い蝉
夢が 手を差しのべる

風に翅
(はね)を広げ
水の上を 雪の中を
氷の果てを 唱
(うた)い進む

天地を響
(とよ)もし
満ち曳く 風が熾
(おこ)
凍れる火が 波と翳
(かげ)に 躍る

波紋が遠のき 水音がゆらめき
木洩れ日が瞬く 辺り一面

凍った夢がとけ 鳴り響く
(しづく)で できた 大きな貝殻となって
浮かび 降り注ぐ

常夏の碧翠
(あおみどり)
灼然
(いちしろ)き深奥が 披(ひら)
あなたの
(うた) が 聴こえる           Ola Gjeilo - Sunrise Mass  

今井 高嶺     彩雲――奥穂高岳 山頂             
Takane Imai  (上高地 博物誌 森のいのち)